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オウノウツワ

草を踏む音がやけに響く。

暗闇の中、スマホのランプだけが頼りだった。


「だめだ……暗くてよく見えない!」


息が荒くなる。胸の奥が、じわりと熱くなる。

ヘッドライトは死んでいた。舗装も見えない。

一歩踏み出すたび、湿った草の感触が靴底にまとわりつく。


「スマホも通じない。田舎すぎるからか?」


焦りながら画面を見つめる。

アンテナは、圏外。時間だけが止まって見えた。


「そんな、ばかな……!」


そのとき、背後から声が飛んだ。


「お父さん!」

「ユキヒコ……!」


息子の声に振り返る。彼のスマホが、闇の中で光を放っていた。


「僕たち――西暦240年にタイムスリップしたんだよ!」


「は……?」


「これ見て!」


ユキヒコが差し出す画面に、思わず目を凝らした。

カレンダーアプリ。

表示された日付を見て、喉の奥が乾いた。


『A.D 240年 5月』


「……なんだ、この表示。バグだよ……!」


声が裏返った。

現実感が、砂みたいに指の間からこぼれていく。


「俺たちはハンドルを切り損ねて、ガードレールを越えただけだ」


「それはおかしいよ。だって、車、無傷じゃん」


「そ、それは――」


言葉が続かなかった。

思考のブレーキが効かない。

私はユキヒコの肩を押し、車の方へ戻した。


「と、とにかく……こんな暗さじゃ何も分からない。明るくなるまで車の中で待つんだ」


「……うん」



暗い車内。

ユキヒコは背を向け、静かに眠っていた。

私は窓の外を見つめる。


――とんでもない旅になった。

会社は、大丈夫だろうか。


社員は十五人。

今ごろ、月曜の会議をやっているはずだ。

(いや、いまはそんなこと……)


それでも、頭から離れない。

家族を守るための会社。

その会社を守るために、家族と離れてきた一年。



外の闇が少しずつ薄れ始める。

朝日が、車のボンネットを照らした。


――とにかく、朝になれば。


日がさした瞬間に私は車を降りて、崖の方にダッシュする。

そこかららな全てが見渡せるだろう。



「無い! どこにも道路がない!」


崖の前で叫んだ声が、自分でも震えているのが分かった。

目の前に広がるのは――古代の風景。

霧をまとった谷。木々の背丈。湿った土の匂い。

舗装も、標識も、電柱もない。


「ここは……どこなんだ!」


「だから言ったでしょ」


いつの間にか起きて車から降りていたユキヒコが背後に立っていた。

彼は得意げな笑顔を浮かべて言った。


「ここは西暦240年なんだよ」


今度は言い返せなかった。

私の周囲には言い返すための根拠が何もない。


そして彼は続けた。

「お父さん、多分ここは――

“邪馬台国”の時代なんだと思う」


頭の奥で、何かが弾けた。


「邪馬台国……ばかな」



思わず息を呑んだ。

だが、心の奥では別の自分が冷静に年表をなぞっていた。


(もし西暦240年なら……卑弥呼が死ぬ8年前――)


「……そんなこと、現実に起きるわけがない!」


そう言い切った私に、ユキヒコがまっすぐな目で言った。


「でも僕は、鹿の神様から聞いたんだ」


「……なに?」


「“時を遡り、冒険に誘おう”って」


「冒険……?」


ユキヒコは笑っていた。

まるで夢の続きを語るように。


「僕たちは、時を遡って古代日本に冒険に来たんだよ」


その言葉が空気を震わせた。


「し、鹿の神様って……昨日見た、あの光る鹿か?」


「いかにも!」


その瞬間、ユキヒコの身体が淡く光を放った。


「ユキヒコ……!?」


光は強まり、彼の輪郭を包み込む。

肌に文様のようなものが浮かび上がり――

それは、あの鹿の角の形に似ていた。



声が響いた。


――そなたの息子が願ったのは、冒険の旅。


耳ではなく、胸の奥に直接届く声だった。


「な、なんだ……誰だ!?」


――我はその願いを叶え、時を遡り、この地に導いたのだ。


ユキヒコの口が動く。

だが、そこから出ているのは明らかに別の存在の声だった。


「我が名は、時を巡る鹿の神――鹿光しかみつなり」


眩しい光の中で、私は思わず叫んだ。


「お願いだ、夢であってくれ!」


「夢ではない。我は神である」



ユキヒコ――いや、鹿光が、ゆっくりと浮かび上がる。

その光景を見ながら、声が震えた。


「本当に……神様?」


「いかにも」


「そなたら二人の願いを、神である我が叶えたのだ」


「ま、待て! ユキヒコはともかく、俺が何を願ったっていうんだ!」


「貴様も昨日言ったであろう」


鹿光の声が、私の記憶を掬い上げる。


“邪馬台国の時代に行けるんなら行ってみたい?”


――あの時、確かに私は笑いながら答えた。


「ああ」


それだけの冗談のはずだった。


(まさか、あれが本当になっちゃったってこと……?)


「……わかるぞ」


鹿光の声が重なる。


「お主の胸が高鳴っているのが」


「なっ……!」


心臓が痛いほど打っていた。


「父と子が願い、古代へとそなたらの肉体は誘われた」


「親子よ! 思うがままにこの時代を生き、知りたかった謎を解き明かすがよい!」


「いや、いやいや! 困る! 俺たちを元の世界に帰してくれ!」


「困る? なぜだ」


「だって私は会社が……ユキヒコには学校が――!」


「会社? お前が行っていたあの小さな営みのことか?」

「学校? あの、つまらなきを学ぶ童達の寄り合いが?」


「な、何を言って……!」


鹿光はゆっくりと微笑んだ。


「そんな瑣末なことは気にするな」


光がさらに強くなる。


「なぜなら――お前の息子は、我の依代にして」


空気が揺れる。


「王の器なのだから」


眩しさに目を閉じた瞬間、

地鳴りのような音が世界を満たした。

次回より古代日本サバイバル編スタート。二人の生き残るための戦いが始まります!

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