「ナンナイッチャ」
私はまだ、夢の中にいるようだった。
焚き火の光がぼやけて見える。
体が熱く、喉が焼けるように渇いていた。
(うう……彼らは、何をしている……?)
視線を動かすと、古代人たちが鍋を囲んでいた。
焚き火の炎に照らされた三人。
一人は丸い体つきで、太い腕をしている。
もう一人は背が高く、肩に獣の毛皮をかけていた。
そして中央にいる少女――あの仮面の娘。
丸い男が低い声で何かを言う。
「コイバカナノ、ツボジャナカカ?」
長身の男がうなずき、笑った。
「サスガ、カミサンジャナ」
(……言葉が……少しだけ、分かる?)
鍋の中では何かが煮立っていた。
少女は腰の袋から丸薬を取り出し、カラカラと鍋に落とす。
ぶくぶくと泡立ち、強い香りが広がる。
それを土器の器に移した長身の男が少女に渡した。
「サア、デキタゾ」
少女は静かにうなずくと、私の体を起こした。
支えている腕の力は意外に優しい。
「ノメバイ」
唇に土器の器が押し当てられた。
苦い匂い。
私は思わず顔をしかめた。
「う……」
「ミナノメ!」
少女の声が鋭く響く。
「ノコスナ!」
逃げ場のない強さ。
飲み込んだ瞬間、舌が痺れた。
「ゲホッ、ゲホッ!」
喉の奥に熱が走る。
意識が遠のき、視界が白く染まった。
少女は微笑んで言った。
「ナンナイッチャ」
(……笑ってる?)
そのまま私は倒れ、闇に沈んだ。
◇
どれくらい時間が経ったのだろう。
目を開けると、焚き火のそばで少女が指示を出していた。
「ノコッタトバ、ヌッテヤレ」
丸い男が鍋に残った黒いどろどろをナイフでこそぎ取る。
それを私の腕の傷口に塗りつけた。
強烈な匂いと痛み。
長身の男は布を持ち出し、丁寧に巻いていく。
ユキヒコが少し離れたところで見つめていた。
不安と、興味の混ざった眼差し。
(彼らは……私を助けているのか?)
◇
その後、古代人たちは一晩中、私の看病を続けてくれた。
私は何度も目を覚ましては、何か苦いものを飲まされ、
また眠りに落ちた。
熱の中で、声が遠く響く。
「クスリバ、ヨーケ、キイチョルンヨ」
(薬……効く? あの娘の声だ……)
◇
朝。
陽の光が差し込む。
私はまた眠っていた。
その傍らで、ユキヒコと少女が並んでいた。
ユキヒコが言った。
「また寝ちゃった」
少女が微笑む。
「ヨーケ、キイチョルンヨ」
二人の間に、少し沈黙が流れた。
「……ぼ、僕の名前はユキヒコ」
少女は首をかしげる。
「お父さんはタカシ」
「……」
「君の名は?」
少女が目を見開く。
長身の男と丸い男が顔を見合わせた。
「ワノナ?」
ユキヒコは頷いた。
「そうだよ! 僕の名前はユキヒコ。お父さんがタカシ」
男たちは笑って繰り返した。
「ユキヒコ、タカシ!」
そして丸い男が嬉しそうに叫んだ。
「カミサンガ、ナバ、モラシタッ!」
少女は少し考えてから、彼らに短く指示を出した。
「ナラバ、ワラモ、ナバ、アカソカイ」
朝日が森を照らす。
少女は振り返り、まっすぐユキヒコを見た。
「ワノナハ、カヤッタイ」
「……カヤ?」
「カヤヒメト、ヨビナッセ」
少女は少し照れくさそうに笑った。
ユキヒコの胸が熱くなる。
「カヤ姫……」
言葉が自然に口をついて出た。
少女――カヤ姫はうっすらと頷いた。
丸い男が名乗る。
「ワノナハ、マグリジャ」
長身の男も胸を張る。
「ワシハ、ドグリッタイ!」
「ドグリ……マグリ……!」
ユキヒコは笑った。
「……カヤ姫」
カヤが小さく頷く。
その瞬間、火の粉が空へ舞い上がった。
◇
――私が意識を失っている間、
ユキヒコは古代人たちと交流を深めていた。
思えばこの出会いこそが、
私とユキヒコの運命を分ける最初の分岐点だったのかもしれない。
◇
カヤ姫は12歳です。




