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「お父さんっ!! 死なないで! お願いだよ!」

「お父さんっ!! 死なないで! お願いだよ!」


ユキヒコの叫びが、森の奥へ吸い込まれていく。

焚き火の炎が揺れ、夜の風が肌を撫でた。

父の胸は、かすかに上下している。だが、その呼吸は浅い。


「お父さん……」


涙が頬を伝い、地面に落ちたそのとき――


ガサガサッ。


背後で、草をかき分ける音。

ユキヒコの全身がこわばる。


(……何かいる)


槍を握りしめ、藪の方を睨んだ。

闇の奥から、湿った風が吹きつける。


「誰だっ……!」


声が震える。

火の粉が舞い、影がざわめく。


闇の向こうから、手が現れた。

そして――人の気配。



木の影から三人の姿が現れた。

仮面をつけた少女と、二人の男。

一人はずんぐりとした丸い体型で、肩幅が広く、まるで小熊のよう。

もう一人は長身で、背筋が真っ直ぐに伸び、手に槍を携えている。

その佇まいは、夜気の中に浮かぶ彫像のようだった。


(……古代人!)


ユキヒコの喉が鳴る。

父の前に立ちふさがり、槍を構えた。


「ど、どうするつもりだ!」


少女は黙って彼を見つめていた。

焚き火の光に、仮面の輪郭がゆらめく。


そして、静かに仮面へ手をかけた。


「……!」


ぱさりと音を立てて、仮面が外される。

現れたのは、月明かりの中で光る少女の素顔。

褐色の肌、深い瞳。

美しさよりも、神聖さのような静けさをまとっていた。


ユキヒコは息を呑んだ。


その瞬間、背後から荒い息。

長身の男が素早く動き、ユキヒコの槍を掴み上げた。


「うわっ!」


槍が奪われる。

そのまま力任せに抱き上げられ、ユキヒコの足が宙に浮く。


「離せっ!」


必死にもがくが、腕の力が岩のように固い。



少女と子熊のような男が父のそばにしゃがみ込む。

ユキヒコは叫んだ。


「な、何するんだ! お父さんに触るな!」


少女は答えず、腰の剣を抜いた。

焚き火の光を受け、刃が赤く染まる。


「やめろおおおおお!!!」


ユキヒコの叫びが夜に響く。

だが少女は迷いのない手つきで剣を焚き火に差し入れた。


鉄の匂いが漂う。

刃が真っ赤に焼ける。


ユキヒコは息を止めた。


(……何をする気だ?)


少女は、焼けた剣を父の腕の上にかざした。

長身の男がその腕を押さえる。

ブツリ、と肉の焼ける音。

少女の頬に血と膿が飛び散る。


「うっ……!」

父の体が跳ねた。


「シボレ」

子熊のような男が力任せにタカシの傷口を中心に腕をひねる。

いわゆる雑巾しぼりだ。

ボトボトと傷口から、さらに大量の血と膿が搾り取られる。



ユキヒコは混乱のあまり声を失った。


(な、何を……!?)


だが次の瞬間、少女は短く叫んだ。


「アラエ!」


今度は丸っこい男が瓢箪を取り出し、水を注ぐ。

傷口が染みるのか、父が苦しそうにうめいた。


「ぐうう……!」


それでも――呼吸が戻った。


「お父さん!」


ユキヒコが駆け寄る。



ぼやけた視界の中で、私は目を開けた。

仮面の者たちが見える。

(な、なんだ……アカリ? 夢か? 現実か?)


記憶が交錯する。

東京。病室。夜のアパート。

だが今、目の前には……古代の火。


(そうだ。私は猿に噛まれ……)


「ユキヒコ……!」


「お父さん!」


「……彼らは?」


「わからない。でも、多分お父さんを助けてくれたんだと思う」


私は頷き、息を整えた。

少女が竹の筒を取り出し、長身の男から小袋を受け取った。


中から、小さな丸薬がこぼれる。



――丸薬。

その歴史は古い。

複数の薬草を組み合わせ、すり潰し、丸めて天日で乾かす。

縄文の時代にも、薬を携行するための知恵がすでに存在していたという。




少女が丸薬を掌に載せ、言った。


「コリャ――ユルメチ、ノマセッゾ」


ずんぐりした男と長身の男が頷く。

意味は分からない。

だが、その目の優しさが伝わった。


ユキヒコは父の手を握った。


「……お父さん、きっと大丈夫だよ」


私は、ゆっくりとまぶたを閉じた。

森の匂いと、土の温もりが、意識の奥へ溶けていく。





タカシは死にませんでした

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