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第7話「パンケーキと午後の来訪者」

 朝の陽射しが中庭に差し込むころ、マーシアは手に提げた小さな籠を大厨房に差し出していた。


 中には、先日皆で摘んだブラックベリーが山ほど詰まっている。

 さすがに一日では食べきれず、余った分を「お裾分け」にと持ち込んだものだった。


 厨房の奥、パティスリー専門のシェフは最初ぎょっとした顔をしたが、

 話しているうちに次第に打ち解け――最後には、彼女に粉と卵と牛乳を差し出してくれた。


 「これで、何か焼いたらいい。あんたの顔なら、きっと焼き色もうまくつくだろ」


 そう言って、レモンの皮のすりおろしまでそっと加えてくれたのが、なんだか少し嬉しかった。



 公爵家棟の小さなキッチン。

 午後になると陽が差し込む東の窓から、焼き上がる甘い香りがこぼれていた。


 「……よし、これで六枚目」


 マーシアはフライパンを外し、布巾の上にそっと置いた。

 焼きたてのパンケーキはふんわりと膨らみ、レモンの香りとバターの熱が混ざり合っている。


 お茶の準備も終えたころ、廊下の向こうから聞き慣れた声がした。


 「……ここにいるのはわかってるよ。入っていいかい?」


 緊張が、部屋の空気を変える。


 「……ヴィクトワール殿下ですか?」


 「そうだよ、マーシア。こんにちは」


 扉を開けて入ってきた王太子は、上等な外套を身にまとい、笑顔を浮かべていた。


 だが、その背後では、ワルキューレ二人の視線が鋭く光り、

 そっと立ち上がったニコは、わずかにマーシアの前に身を置くように立つ。


 「お茶の支度をしていたんです」

 マーシアが静かに言う。


 「それは光栄だ。……何の香り?」


 「パンケーキです。……少し多く作ってしまって」


 王子はにこりと笑う。


 「それは運がいいな」



 クリームを添え、ラズベリーを散らした皿が王子の前に置かれる。

 焼き立ての香りがふわりと立ちのぼり、王子はスプーンを手に取る。


 「……ああ、美味しい。甘さもちょうどいい」


 「ありがとうございます」


 マーシアは丁寧に頭を下げる。

 その後ろで、ユーリの目が細まり、クラリモンドの手がティーポットの取っ手にずっとかかっているのが見えた。


 「ブラックベリーか。……君たち、あの奥庭の茂みに行ったのか?」


 王子がぽつりと言う。


 「行ったよ」

 ニコが答える。

 「僕が見つけたんだ、子供の頃。でも……まさか、あんな現場に遭遇するとはね」


 「ふふっ、あそこは昔から、逢引の名所だよ」


 「……それ、僕以外は皆知ってたってこと?」


 「知らなかったのは君だけさ、ニコラウス」


 王子が楽しげに笑い、ニコはふてくされたように肩をすくめた。


 「……もう、あの場所はしばらく行かない」


 「でも、美味しいベリーだったよ」

 マーシアが静かに言う。


 「それは何より」

 王子が目を細めて、その声をひときわ静かに聞いていた。



 その後、短い談笑の時間を挟み、王子はそっと立ち上がった。


 「ありがとう。良いお茶の時間だった。……また、来てもいいかい?」


 「それは……」


 マーシアが何か言いかけたとき、ニコが先に一歩前へ出る。


 「公爵さまの許可があれば…」


 「そうか。……じゃあ、ニコラウス、よろしく頼んだよ」


 王子は振り返らずに部屋を出て行った。


 残された空気は、甘い香りと、わずかな緊張をそのままに残していた。



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