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第3話「姉妹の王宮案内」

 アメリア・フォン・カレンベルクは、並んで歩く少女を静かに観察していた。

 母は女官長、兄は近衛騎士団長。

 自然と、王宮内の風聞にも敏くなる家柄だ。

 耳にしたのは、「シュタウフェン公爵邸に時折だけ姿を現す謎の侍女」の噂。


 しかも、王太子がその侍女に強い関心を寄せているという。

 さらに、兄マクシムまでもが口にしたのだ。


 「お前、見てきてくれよ。どんな子か、ちょっと気になるんだ」


 兄が“気になる”という時は、たいてい面倒なことになる。

 そう警戒しながらも、今日はこうして東屋のお茶会に参加し、案内役を買って出た。


 王宮の中庭を、三人の令嬢が並んで歩く。

 その中央にいるのが、マーシアという名の“侍女”。


 (でも、この子……)


 立ち居振る舞いは控えめで、姿勢は崩れない。

 笑みは絶やさず、受け答えも柔らかい――けれど、なぜだろう。

 感情の焦点が、どこか霞んでいるように見える。

 すべてが、遠くで鳴っている鈴の音のようだ。


 「ねえ、アメリア姉さま。あの子……ちょっと変わってない?」


 リリィナがひそりと声を寄せてきた。


 「どこが?」


 「“慣れてない侍女”って感じじゃないの。むしろ、ぜんぶ知ってて隠してるみたいな……そういうの」


 (……見抜くのは早いのね、リリィナ)


 アメリアは小さく微笑んだだけで、返事はしなかった。



 東の回廊を歩きながら、アメリアは何気ない調子で案内を続けていた。


 「ここは王族の即位や儀式の際に使われる通路なの。朝のうちなら、神殿騎士団長のオスカー様が通られることもあるのだけれど」


 「……そうなんですか」


 マーシアは、にこやかに相槌を打つ。

 だが、不思議だった。浮ついたところはないのに、存在感だけが風のように遠い。

 それでいて、言葉の一つひとつには知性の香りがあった。


 「この先は近衛騎士団の修練場につながっています。兄があちらにおりますので、最後に少し立ち寄りましょう。……まあ、兄に関しては多少、問題もありますが」


 「問題、ですか?」


 「ええ。出会えばすぐにわかります」



 温室、図書館、礼拝堂。

 マーシアはすべてに丁寧な関心を示した。

 が、どこか“感情”という絵の具を薄く引いたまま、輪郭だけをなぞっているようだった。


 それが、疲労か、距離感か、あるいは――



 北棟の国政庁へ続く廊下。

 普段は人通りもない静かな場所で、緋色の外套がゆっくりと歩いてくるのが見えた。


 「……ヴィクトワール殿下」


 アメリアが思わず声を抑え、リリィナも立ち止まる。


 マーシアの足も止まり、その表情がふっと揺れた。


 王太子はまっすぐに彼女へ歩み寄り、他の存在など見えていないように語りかける。


 「マーシア。来ていたのか」


 「申し訳ありません。ご挨拶もせずに……」


 「いや、いい。元気そうだな、それで十分だ」


 「殿下も……お変わりなく」


 「君が来ているなら、あとでニコの屋敷へ伺わせてもらうよ」


 何のてらいもなく、まるでそれが当然であるかのように。


 ――“ただの侍女”に、あの目は向けられない。


 王太子が去ったあとの廊下は、風の音ばかりが響いていた。


 「アメリア姉さま……今のって」


 「リリィナ」


 アメリアは、そっと妹の言葉を制した。


 「これはね、“気づいてはいけないこと”かもしれないの。だから、黙っておきましょう」


 「……うん。わたしも、そう思う」


 アメリアはマーシアの背に、そっと視線を向けた。

 彼女は笑っていた。けれど、その笑みは、誰にも届いていない気がした。


 (この子は――いったい、“誰”なのかしら)



 「最後に、近衛騎士団の修練場に立ち寄りますわ。屋内のほうに兄がいるはずです」


 屋内修練場の入口で手を振ると、マクシムがすぐに気づき、こちらへ歩いてくる。


 アメリアは一瞬、心の中でため息をついた。

 兄は家族想いで、面倒見もいい。……ただし、ひとつだけ、大きな問題がある。


 「君が、噂の侍女さん? ……うわあ、かわいいなあ。なるほど、これは話題になるね。今度、よかったらお茶でもどう?」


 そう、ナンパ癖が“たいへんに”ひどいのである。


 「ちょっと、お兄さま。ちゃんと紹介させてください」


 「おっと、そうだね。俺はマクシム・フォン・カレンベルク。ふたりの妹の兄で、近衛騎士団長をしてる。マーシアちゃん、神殿から来てるんだっけ? オスカーとも騎士学校の同期なんだよ」


 「“ちゃん”呼びはやめてください!」


 「アメリアは堅いなあ。どうせ神殿からの息抜きなんだし、ちょっとくらいこういうのがあった方が楽しいじゃないか」


 「楽しいのはお兄さまだけです!」


 そのやりとりに、マーシアがくすりと笑った。


 「ふふっ……とても仲がよろしいのですね。マーシアと申します。どうぞ、よろしくお願い致します」


 「こちらこそ、どうぞよろしく。予定ある? なければ送ってくよ」


 「いえ、こちらが最後の予定でしたので、公爵さまのもとへ戻るところです」


 「なら、決まりだね。ほら、お手をどうぞ、お姫様」


 勝手にマーシアの手を取って歩き出す兄に、アメリアは頭を抱えた。


 「お兄さまは、ほんとうに……! マーシアさん、嫌でしたら、つねっても構いませんからね!」


 「えっ、つねるのは痛いだろ?」


 「それくらいしないと、反省しないじゃないですか!」


 マーシアの笑みが、ほんの少しだけ、今度は目元まで届いていた。

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