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勝者の宴

フリード暦2001年4月9日 ブダペスト ハンガリー貴族連合本部・集会場

アールパード・トート


煌びやかなシャンデリアの下、私は壇上に立ち、グラスを掲げた。


「皆、今回の勝利に乾杯しよう。ハンガリー万歳!」


「ハンガリー万歳! マジャール万歳! トート閣下万歳!」


 


声はよく響いた。反応は上々。まずは順調な滑り出しだ。

ほんの三日前まで死を覚悟していた自分が、今ここで祝杯をあげていることが不思議でならない。

高揚感に押し流されそうになりながらも、どこか冷めた自分が、それを見下ろしていた。


 


「トート総統閣下、本日はお疲れ様です」


背後から声がした。振り返ると、トランシルヴァニア方面軍を率いるカーロイ・ナジ将軍だった。


「おお、ナジ殿。西方の防衛任務はどうなされた?」


 


「信頼できる部下に任せてきました。急ぎ戻る手筈も整えておりますので、ご安心を」


 


「それは何よりだ。貴殿のおかげで、我が軍は湖畔にて帝国軍と正面から戦えた。感謝している」

 


「任務を果たしたまでです。……先日の戦にご同行できなかったのが、惜しい限りです」


 


礼を交わすうちに、ナジの背後から青年が近づき、彼に耳打ちした。

ナジ殿は小さく頷くと、私の方へ向き直った。


「あれは?」


「秘書です。失礼、そろそろ出発の時間のようです。前線のデブレツェンの、作戦会議室に戻らねばなりません」


 


「お忙しいところ、わざわざ顔を見せてくれて感謝する」


「いえいえ、こちらもこの熱気を浴びれてよかったですよ。では、またいつか会いましょう」


ナジ殿は軽く頭を下げ、足早に会場を去っていった。

――やはり、再び諸民族独立戦線が動いたか。


奴らは、危険だ。余りにも、急進的すぎる。それにトランシルバニアの独立を叫んでいる。


奴らと我々が共存できることはない。いつか、滅ぼさなくてはいけないだろう 


私はその後、貴族たちとの会話に適当に付き合いながら、宴を終えた。

会場の片付けを部下に任せ、自室へ戻る。

 


執務室に入って間もなく、扉がノックされた。


 


「失礼いたします。執事のレキです」



「夜まで働き詰めとは、まるでワーカーホリックだな」


 


レキはわずかに眉をひそめた。冗談は気に障ったか。

 


「意味の分からない外来語はご遠慮ください。……こちらがご依頼の資料です」


 


机に置かれた資料は、乱雑ではないが、レキにしてはやや手荒だった。

少し疲れているのだろう。後で休暇を取らせるべきか。


 


「……これが戦果か」


 


「はい。斥候とスパイの情報を照合したものです。敵軍の被害は、方面軍単位でほぼ壊滅と見られます」


 


思った以上だ。半壊どころではない。しかも、王と皇太子までもが――。


 


「……これは攻勢に出るべきかもしれんな。だが、後継はどうなった?」


 


「第二王子、ヨーゼフ・フォン・ハプスブルクが即位したようです。ヨーゼフ一世、と」


 


「即位、だと? 早すぎる」


 


王位継承には本来、教会儀式と国内手続きが必要なはずだ。あまりに唐突すぎる。


 


「噂によると……宰相が市場で買ったようなオリーブオイルを頭にかけ、傍にいた将軍が王冠を乗せたとか」


 


「…………」

 


理解不能だ。何かの悪い冗談か。いやそれにしても、理解ができない。

冗談ならこれを書いた奴は、馬鹿だ


 

「お気持ちは分かります、私も混乱しております」


 


即位自体は想定内だ。だが、この流れはあまりに粗雑すぎる。


 


「そのオイル、まさか……ヨルダンの近くのものとかじゃないのか?」


「いえ、ただの市場の品かと。しかも安物です」


――これは、まともではない。いったい何が起きている?


「……ヨーゼフという人物、徹底的に調べ上げろ。斥候を総動員しても構わん」



「承知しました。斥侯を10名ほど派遣致します。」


フリード暦2001年4月11日 ウィーン宮殿

ヨーゼフ一世


「……なんだか最近、誰かに見られてる気がするんだよね。宰相、何か知ってる?」



「さあ。そんなことより、さっさと書類に目を通してください」



「はーい……」


 


同時刻 ブダペスト ハンガリー貴族連合・総統執務室

アールパード・トート


 


「おかしい……おかしい……」


 


目の前の資料をにらみながら、私は呟く。

どう考えても、あんな即位の仕方をする人物が、「ただの青年」で済むわけがない。


 


「……もっと探れ。もっとだ。何か裏があるはずだ」


 


 


――ヨーゼフの「誰かに見られている気がする」という感覚は、それから約一ヶ月、続いたという。

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