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短編

判決は悪役令嬢転生!

作者: 橘 千秋

 わたしの名前は森川もりかわ陽奈乃ひなの


 サッカー好きの両親の元に生まれ、初めて遊んだ玩具はサッカーボール。5歳の頃にはクラブに所属してサッカーを始め、それからはずっと朝から晩までサッカー漬けだった。


 夢はプロサッカー選手になって活躍し、オリンピックに出場して優勝すること。


 身長はあまり伸びなかったけれどスピードとテクニックを認められ、プロのサッカークラブからも練習生として声がかかり、高校最後の大会で良い成績を取れればプロになることも夢ではない。


 そう、夢への大きな一歩を踏み出そうとしていたその時、わたしは挫折した。



「あーあ、もうサッカーできないなんて」



 左足に付けられたギプスはは重いが、持ち前の全身の筋肉を使い松葉杖で身体を支えていた。


 試合中の接触事故で足を痛め、医者にはリハビリしても普通に歩けるようになるだけで以前のようには走れないと言われている。



「……サッカーができない人生なんて耐えられるのかな」



 あまりに自分の人生にサッカーが入り込みすぎて、今は絶望感しかない。


 けれど、怪我で離脱した選手を見てきたわたしは、これからの自分の人生を簡単に思い描ける。


 受験勉強をそれなりに頑張って、適当な大学に進学して、ありふれたキャンパスライフを送り、普通の会社に入って、無感動のまま生きていく。



「健康な身体になりたいな」



 プロの選手になれなくてもいい。ただ、サッカーができたら――――


 そんなわたしの願いも空しく、周りの車から一斉にクラクションが鳴り響く。


 何事かと見れば、大きなトラックが赤信号なのにスピードを上げて歩道へと――――わたしの元へ突っ込んでくるではないか。



「え、嘘。こんなのって……ケガしてなくても無理だって!」



 当然のことながら避けきれないだろう。トラックのまぶしい光で視界がいっぱいになった瞬間、わたしの目の前の風景が建物の中に切り替わった。



「……へ?」



 こげ茶色の木製の壁。紫色の布に金糸で刺繍のされた高そうな垂れ幕。ヒールが沈み込むほどのベルベットの絨毯。古めかしいが豪奢な服やドレスを着た紳士淑女。


 目の前にある腰ほどの高さの柵と、わたしを見下ろす偉い学者のような服を着たオジサン。



「ほら、ちゃんと聞かないと」



 耳元で囁かれ、ギョッとして振り向けば金髪のイケメンがいた。


 しかし、彼にときめくことはない。何故なら、彼はわたしの腕をガッチリと掴み拘束しているのだ。



「判決は、悪役令嬢転生とする!」



 木槌を叩き、オジサンがわたしを睨みつけた。


 なんだ、この光景。まるで裁判みたいじゃん。



「詐欺、恐喝、婦女暴行、放火、薬物売買、大量殺人、人身売買。さらには王太子殿下の婚約者に対する嫌がらせの域を超えた所業の数々……貴様のような悪役令嬢は生かしておけない。よって極刑とする!」


「きょきょ、極刑!?」



 極刑って、死ぬっていうことだよね。これは夢じゃないの?


 慌てる私は冷や汗をかき、あたふたと辺りを見渡す。


 すると傍に不自然なかたちで置かれた大きな鏡が目に入った。


 そこに映っているのは、腰まである豊かな黒髪に、赤い目をもったド迫力な美人だ。


 

「今更、慌てても遅いぞ。お前が奪ってきた命、そしてこれから奪い返される命のために死んでもらう」



 オジサンは眉間に皺を寄せながら言った。


 そういえばわたし、トラックに引かれる直前だったよね? これって事故った衝撃で記憶が抜けているだけで、わたしは既に死んでいるんじゃない?


 あれだ。アニメとかで見る異世界転生ってヤツじゃないの!?


 ついでに悪役令嬢転生ものってやつじゃない? 


 普通は幼少期とか、嫌がらせをする前に転生するんじゃないの!



「わたしは悪役令嬢じゃないんですって! 中身は平凡な異世界人ですからぁあああ」



 死を目前にすると、人の思考はフル回転するらしい。


 けれど、テンパったままのわたしは再びの死の恐怖から戦略もなく叫び声を上げた。



「『いいからさっさと転生させなさい、ゴミ共が』と言わない、だと!?」


「『このわたくしが悪役令嬢転生ごときで死ぬとでも? 後悔させてやるわ。震えて待っていなさい』じゃないなんて!?」


「『今から楽しみだわ。お前たちの亡骸がわたくしの前に跪く姿が』ではないじゃと!?」



 会場のあちこちから困惑の声が上がった。



「あー、皆さん。もう処刑は終わっています。悪役令嬢は転生しました」


「本当か、宮廷魔術師長」


「はい」



 金髪イケメン――――宮廷魔術師長とやらが、わたしの拘束を解いた。


 へなへなとしゃがみ込むわたしに、宮廷魔術師長が微笑む。



「びっくりした?」


「何がどうなって……」



 怒る気力もなく、説明を求めるためにオジサンを見上げた。


 オジサンは咳払いをすると、先ほどとは打って変わって優しい笑みを浮かべる。



「驚かせて申し訳ございません。ここはあなたが生きていた異なる世界です。我が国の法に則り、悪役令嬢転生による処刑を行いました」


「悪役令嬢転生が処刑方法……なんですか?」


「処刑するなら異世界に迷惑をかけずに、お前たちでギロチンを落とすなりなんなりしろと言いたいのは分かります。けれど、相手は悪役令嬢なのです」



 困惑するわたしに、オジサンは真剣な目を向けた。



「悪役令嬢とは恐ろしい存在です。国を世界を動かす頭脳と身体能力を持ち、生まれる家は必ず名家で権力を持っています。幼いながらに辣腕を振るい、我欲の赴くまま生きていく。躊躇なく犯罪行為に手を染め、人々は恐怖に落ちていきます」


「それなら逮捕して……その罪を償わせればよいのでは?」


「悪役令嬢が最も恐ろしいのは、死んでも終わらないということです。例えば首を切り落として悪役令嬢が死んだとします。すると悪役令嬢は別の令嬢の肉体に憑依をして復讐に来たり、回帰して幼少期からやり直して自分を処刑させた連中に復讐したりするのです」



 オジサンがそう言うと、周りの紳士淑女たちの顔が青くなる。



「あの……別の令嬢の肉体に憑依するのは気づけるとは思うんですが、回帰って時間を遡るってことですよね? そうしたら、みんな覚えていないんじゃ……」


「疑問に思うのも分かります。悪役令嬢は死をトリガーにして、無意識に莫大な魔力を使って憑依や回帰を行います。当然、普通の人間には感知できません。しかし、悪役令嬢に匹敵する魔力とそれ以上の技術を持つ者がいれば、無理やり捻じ曲げられた世界を認識できます」



 オジサンは宮廷魔術師長を見た。



「あ、俺の名前はキリアン・べラス。23歳独身。宮廷魔術師長をやっているから、結構な高給取りだよ」


「……そうですか」



 それ以外になんと言えば?



「死んでも不死鳥のように蘇る悪役令嬢を裁くには、悪役令嬢転生しかないのです」


「ようは、異世界にいる死にかけの魂と悪役令嬢の魂を入れ替えて殺すってこと」



 キリアンの補足にわたしは首を傾げた。



「でも、悪役令嬢は死んでも憑依か回帰をするんですよね?」


「莫大な魔力があればできるだろうね。ところで君の本来の肉体って、莫大な魔力を持っていた?」


「魔力なんて空想の存在だし……科学が発展した世の中で見つかっていないのなら、魔力を持った人間なんて存在しないんじゃないかな」



 わたしがそう言うと、会場の空気が緩む。みんな安堵しているのが伝わってきた。



「差し支えなけば、あなたの死に際を教えていただいても?」


「トラック……えっと、大きな荷馬車? に轢かれる寸前でした。物凄いスピードだったし、左足を怪我していたから避けることは不可能じゃないかな」


「あはは! 悪役令嬢転生なんてぬるい処刑法だって自信満々だったのに、アイツ死んでるじゃん」



 大笑いをするキリアンに若干引きつつ、わたしは問いかける。



「死にかけの魂と入れ替えるんだから、悪役令嬢転生って普通に死刑でしょ」


「生まれた時から恵まれた環境と才能を当たり前に持って、自分の思い通りに世界を動かしてきたんだ。異世界に転生したって、同じように恵まれたと才能を持っていて当然と勘違いをしているのさ。悪役令嬢は自分が平凡な人間になるなんてこれっぽっちも想像していないんだ。だから、死に際の肉体に転生しても、自分の力で死を回避できると信じている」


「裁かれた歴代の悪役令嬢たちも、自分ならば死を回避できると自信満々に『悪役令嬢転生』を受け入れ……そして、復讐をしに帰ってきた者は一人もいません」



 オジサンの言葉にわたしの背筋が冷たくなる。


 わたしの地球での肉体はもう……完全に死んでいるんだろう。



「悪役令嬢なんてどうでもいいからさ。君はこれからどうしたい?」


「どうって……」


「君の新しい身体は頭脳明晰で身体能力が高く、魔力も豊富だ。太い実家と権力はもうないけれど、きっとなんにでもなれるよ」



 キリアンに言われて、私はハッとした。


 今の身体には健康そのもので、わたしは久しぶりに両足で立っている。



「サッカーだ! 今こそサッカーがしたい!」


「サッカー? 何それ」


「そっかここは異世界か……仕方ない。わたしがサッカーを世界に広める! 異世界でプロチームを作って、最終的には国同士の世界大会を開く!」



 諦めていた夢が続いていくことに、わたしは希望を抱いていた。


 もう日本には帰れないのだから、切り替えて生きていくしかない。




「元気になって良かった。君を悪役令嬢転生させたのは俺だし、手伝うよ」



 ということは、キリアンが悪役令嬢を処刑したということだ。



「俺は宮廷魔術師長だからね。だいたいのことはできるよ」



 キリアンに若干の恐ろしさを感じたが、もうどうでもいい。


 もう一度、サッカーができるのなら!



「ねえ、君の名前を教えてよ」


「森川陽奈乃。よろしくね、キリアン」



 わたしがキリアンと握手をすると、会場で謎の拍手が響いた。







 悪役令嬢に転生したヒナノ・モリカワは異世界の歴史に名を刻むこととなる。


 王侯貴族、平民を巻き込んだ大人気スポーツ『サッカー』の伝道者であり、最も優秀な選手として。


 ヒナノが現れてから1000年以上経った今も、サッカーの人気は衰えず、ヒナノピックと名付けられた世界大会は人々を熱狂させている。





 さて、忌み嫌われ世界に不幸を振りまく悪役令嬢だが、一人だけ感謝している者がいた。


 彼の名はキリアン・べラス。


 悪役令嬢を凌ぐ魔力と卓越した魔術の腕を持つ、人間の皮をかぶったバケモノだ。


 莫大な魔力は無意識のうちに人々へ畏怖の念を抱かせ、キリアンはずっと孤独だった。


 唯一、キリアンと対等に話せる豊富な魔力を持った黒髪の令嬢は、生まれながらに悪辣で邪悪。趣味の悪い露出度の高い派手なドレスを好み、いつも人を見下した表情を浮かべていた。


 けれど、黒髪の令嬢の顔立ちはまあ……キリアンの好みであった。


 キリアンはとてつもない力があるのに、黒髪の令嬢の犯罪行為を止めなかった。むしろ、彼女が犯罪をしやすい環境を整えていたくらいだ。


 黒髪の令嬢はやがて悪役令嬢と呼ばれるようになり、およそ凶悪と呼ばれる犯罪を網羅した後……ようやくキリアンによって捕まった。



 黒髪の令嬢の実家はお取り潰しとなり、一族は処刑されて滅んだ。



 そして、黒髪の令嬢は前もって『悪役令嬢転生』をさせることが決まっており、刑を執行するのは宮廷魔術師長のキリアンの役目だった。


 キリアンはそれを利用して、魔力の存在しない異世界にいる『自分の好みの性格をした死にかけの女の子』を選び、悪役令嬢転生を執行したのだ。



「ねえ、キリアン! サッカーボールの試作品を早く見せてよ」



 悪役令嬢の白磁の肌は薄っすらと小麦色になり、特徴的だった長い黒髪は肩で揃えられている。派手なドレスは裁判以来着ておらず、動きやすい乗馬服を好んで着用していた。


 以前のような見下すような冷笑は鳴りを潜め、向日葵が咲くかのような満面の笑顔を浮かべている。


 もう彼女を悪役令嬢と呼ぶ者はいない。



「ヒナノ。急かさなくても、サッカーボールは逃げないよ」


「待ちきれないんだってば!」



 駆け出したヒナノを見て、キリアンの心の奥底から豊かな感情が溢れ出す。



「……ハッピーエンドに悪役令嬢は必要不可欠だよね」


「何か言った?」


「ううん。何も」


「ほら、早く行くよ」



 キリアンは愛しい少女に手を引かれ、心から今が一番幸せだと思った。






歴代の悪役令嬢も……ね。




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