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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第三章 竜の名付け親

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第九十九話 アクィラの従士

 先を歩くアクィラに従い、ルドルフたちは間もなく再び死霊国の荒涼とした大地に足を踏み入れた。行く手はどんよりと曇っていて、ときどき小雨が降ってくる。


「探し物って何なの?」


 ふとラエルが尋ねる。ラエルは今までアクィラの目的について詳しい話を聞いていなかった。同じくだったバルドも耳をそばだてる。


「アタシの従士たちの遺品さ。戦場でいつの間にかいなくなっていたあいつらの、せめて遺品だけでも故郷に帰してやりたいんだ」


 答えるアクィラは遥か遠くを見て、いつになく静かな顔をしていた。


 アクィラの三人の従士は等しくアンデッドにされてアクィラと行動をともにしていたが、六十年ほど前に大挙してやってきた極北の軍勢との戦いで全員いなくなってしまったらしい。


 従士らもアクィラと同様、ヨミガエリという高位のアンデッドだったはずで、そこいらの低級なゾンビなどとは格が違う。それが全員まとめていなくなるとは、だいぶ激しい戦いだったのだろう。


 目撃した者の話では、魔物にバラバラにされ踏みつぶされて消えたのは確実だという。だがその最期の場を確認する間もなく次の戦場へ駆り出されたアクィラは、そのことをずっと未練に思っていた。


「まあ見つかるかは正直、分の悪いとこだ。だいぶ昔のことだしな。目当ての場所で数日探して見つからなければ諦めるよ」


 アクィラたちのかつて戦った戦場は、獣人集落から南東に歩いて二日ほどのところにある。


 その道すがら、アクィラは自分の従士たちについて語った。あまり過去の話をしないアクィラにしては珍しいことだった。


 大口叩きで逃げ足随一の戦士トール。


 飄々としてしょっちゅう口が災いのトラブルを起しては、いつの間にか自分だけちゃっかりいなくなっているので、アクィラはいつも腹を立てていた。その逃げ足は神がかっており、時には怒り狂ったアクィラの本気の炎からも逃げおおせて見せた。が、そういう仕方のない奴であるのを差し引いても、仲間思いで戦士としては一流だった。目端が利くのにアクィラたち一行が助けられたことも数えきれない。


 世話焼きの魔術師カドーラ。


 いつも無表情で澄ました顔をしながら、とにかく人のことを放っておかない面倒見の良さ。重度の心配性。お節介。胸焼けするほどのそれは姉気取り、いや母親気取りと言った方がいいかもしれない。卓越した魔術師であった彼女は戦いにおいても人一倍頼もしかったが、それよりなにより、どんな時でも側にいるだけで安心できる女性だった。


 男のくせに泣き虫で仕方のなかった魔剣士ルカ。


 パーティのいじられ役。女みたいな顔をしているのでからかってやると、顔を赤くして怒っては、居心地悪そうにしていた。アンデッドになってからは顔が赤くなることはなかったが、相変わらずからかい甲斐のある仲間だった。しかしその魔剣士としての腕前は確かで、彼を甘く見て絡んできた者も雷剣のルカと知ればすごすごと引き下がった。


 語るアクィラの顔は本当に楽しげだった。


「クソッたれの使命に巻き込んでしまってすまねえと思うが、アンデッドになっても拍子抜けするほど変わらない調子でな。あいつらがいたおかげで、リッチキングにこき使われてる間もまあ退屈だけはしない毎日だったよ。まさか死んだ後も二百年近い付き合いになるとは思わなかった」


「その人たちとはどうやって出会ったんですか?」


 バルドが聞いた。ここのところ従士探しをしているバルドにとっては気になるポイントのようだ。


「……そうさなぁ。そんな参考になる話でもねえと思うが」


 出会いに関するアクィラの話は実際あっさりしたものだった。エルフからの紹介でたまたま馬が合ったトールとカドーラ。冒険者として武者修行しているうちに、たまたま同行する機会があって意気投合したルカ。


「腕もそうだが、長く付き合うことになるんだ。何より気が合うことが重要だと思うぜ」


 そうアクィラは言った。


「俺も従士を今探しているんですが」


 アクィラの話を聞いたバルドは次に己のことを語った。従士探しのためにマルクと色々な冒険者と組んでいることや、それからラエルが従士になると言い出した経緯を話した。ラエルのことは「そんないい加減な選び方でいいのだろうか」とバルドは真面目に考え込んでいる。


 バルドがラエルとこっそりと赤竜の火山までつけてきた時の詳細を、アクィラはかなり楽しそうに聞いていた。


「まあ悪くないんじゃねえか。お前が命を預けられると思えれば、きっかけはどうだって」


「命を預ける……」


 だがそのアクィラのひと言にバルドはますます考えこんでしまったようだ。わかる。ラエルだからな。


「僕がいっしょに行くんだからどーんと大船に乗ったつもりでいればいいんだ! 何を心配することがあるって言うのさ」


 考え込む相棒を前にラエルが請け合ったように自分の胸を叩く。


「その調子の良さが心配なんだ」


「なんだよー。素直じゃないやつだなぁ」


 ラエルは深く考えずにすっかりその気だが、バルドはそんなに気軽なことじゃないぞ、と言っている。だが実際のところラエルがそう言ってくれることは、バルドの気をだいぶ軽くしているように見えた。


 バルドやラエル、それにセラまでもが自分の従士たちの話を興味深そうに聞く様で気をよくしたのか、アクィラは四人で色々な場所を冒険した時の話も聞かせてくれた。


 その話のついでに、アクィラたちが死霊国で敗北して命を落とした時の話も、セラたちは初めて耳にした。


 およそ二百五十年前のことだ。アクィラたちはイーリスと言うもう一人の神子およびその従士らとともにリッチキングの討伐に向かった。イーリスは鉄壁の神子と呼ばれた守りに特化した神子で、その名の通りどんな攻撃にも傷つくことがなく、受け止め弾くと言う異能を持っていた。


 炎でアンデッドを焼き尽くすアクィラを矛として、絶対の守りを誇るイーリスを盾として、攻守万全の布陣で挑んだのである。


 だが蓋を開けてみれば結果はあっけない惨敗。勝負は死霊国ウルムトの城壁内に侵入した瞬間に決していた。


 イーリスが守る間もなくアクィラは胸を大剣に貫かれて絶命。瞬間移動したかのように風を切って現れたエゼルは、残った従士たちが何もできないでいるうちにこれを横薙ぎにして一掃。辺りは文字通り瞬きをする間に死屍累々の有様となった。


 その悪夢のような様子を遠見の魔道具でうかがっていたエルフたちは、この時点で初めて怪腕の神子エゼルが敵の手に落ちてアンデッドになっていたことを知る。


 最後にたった一人残ったイーリスはエゼルに何度大剣を叩きつけられても無傷であったが、守る力しか持たない彼女にそれ以上なすすべはなかった。仲間の全滅に心の折れたイーリスはやがて群れ成すアンデッドたちに捕まって敗北したのである。


 この敗北はエルフや神殿はもちろん、当時のすべての人々に大きな衝撃を与え、死霊国が長らく不可触案件とされる契機となった。


 歩き初めて二日。


 たどり着いた目的の場所は、もともとオークの集落があったところで、百年ほど前は奪還を計るオークたちが攻めてくることもよくあったと言う。しかし今の前線はもっとずっと西の方になっている。


 そこは今やだだっ広い荒野で、草も木も生えない、砂礫の土地。そこかしこに破壊された武具や粉々になった骨の欠片、魔物たちの角や牙などあらゆる残骸が散らばり埋もれている。


 一見しただけでルドルフにはここから五十年だとか六十年前の何かを探すのはとても無理だと思われた。


「たしかこのあたりに小さな祠があったはずだ。まずはその祠を探そう」


 だがアクィラにもいくらかの手がかりはあったらしい。その言葉に従って一日手分けして探すと、ようやくその祠らしきものを見つけ出すことができた。石を削って作られたと思しきその祠も半ば砂に埋もれていて、最初はただの岩と見分けがつかなかった。


 ラエルが精霊に頼めば掘り起こすのはあっという間だった。中に入り込んでいた土もきれいにすべてどけると、そこには剣を持った上半身半裸の戦士の像が鎮座していた。いくらか摩滅していながらも、大口を開けて目を見開いたその威容にはいかにも魔除けの効果がありそうだ。


「これは何の祠なの?」


 ラエルが聞いた。


「さあ?」


 アクィラはあまり興味なさげである。彼女にとってこの祠に目印以上の意味はない。


「闘神の像だな」


 代わりにルドルフが答えた。


 闘神とは言うが神ではなく、とある英雄の二つ名である。ルドルフも名前の方は思い出せないが伝説上の偉人だ。流浪の旅の中で多くの苦難を乗り越えてたくさんの人々を助けた冒険譚と、軍を率いては負けなしの強さで一国を打ち立てた英雄譚で知られている。この大陸ではそうした偉人の遺徳をしのんで小さく祀っていることがある。この土地が死霊国となる前に祀られた祠だろう。何を思って祀ったのかまではすでにわからない。


 それから一同はその祠の近辺に絞って捜索を行った。


 ルドルフとセラはところどころで立ち止まってセンスマジックの魔術をかけていく。従士なら何らかの魔道具を使っていた可能性が高いからだ。


 ラエルとバルド、そしてアクィラはそのセンスマジックを目当てにしたり、勘で適当に目星をつけたりしたところを掘り返している。


 それぞれが時折何かを掘り当てるたびにアクィラはものすごい勢いで走り寄ったが、出てきたものはいずれもアクィラの見覚えのあるものではなかった。道具としても完全に壊れていて、魔力のこもったものも、単なる魔力の残滓をまとったガラクタにすぎない。


「こりゃどうにも見つからねえな。たぶんそろそろ頃合いだ」


 祠を中心に探し始めて三日目の終わりにアクィラが言った。


「無駄骨に付き合わせて本当に悪かったな。アタシも気持ちの整理はついた。せめてこのあたりの土でも持って帰るさ」


 アクィラはすっかり吹っ切れた様子だったが、セラやラエルはどこか諦めきれないような顔をしている。


 そんな時バルドの耳が遠くからやってくる多数の足音をとらえた。メアには及ばないが、彼もなかなかの地獄耳なのだ。


「何か来るみたいです」


 一同がバルドの視線の先を追うと、遠くにオークの一団がこちらに向かってくるのが見える。方向は西側ではなく東側である。つまりあのオークたちは確実にアンデッドであるということだ。


「やっとお出ましか。さて、思い通りに当たりを引けるかな」


 アクィラは遠くを見るように目の上に手をかざし、向かってくるオークの一団を誰が率いているのかを見定めた。

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