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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第三章 竜の名付け親

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第九十二話 魔王の卵

 パン、パン、パン。


 上の方からゆっくり手をたたく音がした。見上げるとこの空間の高みにある岩のくぼみに、見下ろすダークエルフとのぞき込む少女の姿が見える。文字通り高みの見物を決め込んでいたのだ。


「素晴らしい! 実に面白い戦いでしたよ」


 ルドルフは真っ先に「こいつ嫌い」と思った。まともに話したくない相手として認定する。


 次の瞬間、ダークエルフと少女は今いた場所からフッと姿を消すと、転移の光とともに赤竜のむくろのすぐそばに姿を現した。


「ギギゼラさん……動かない。し、死んでしまったんですか?」


 その死の大きな原因を作った少女は愕然としてギギゼラの骸を眺めている。


「ええ、ヌイ。残念ながら死んでしまいました」


 ダークエルフは例のごとくニコニコしている。


「いっしょに来てもらわないと、駄目だったのに。どうしたらいいですか?……お仕事はもう、失敗ですか?……ヌイはどうしたら、あぁ……」


「大丈夫ですよ。まだほかの竜がいますからね。大丈夫。ヌイのお仕事はまだあります」


 ダークエルフが口にした「ほかの竜」という言葉にセラが反応した。これはルドルフも無視するわけにはいかない。おそらくこいつはわかっててわざと口にしている。極めて腹立たしいことである。


 ダークエルフと少女の方を見ていたルドルフの肩を誰かがちょいちょいとつついた。


「わりぃけど、服出して欲しいんだけど」


 アクィラである。彼女は竜のブレスを食らってからずっと裸のままでいた。肌はまだ熱を帯びているが、色は白に戻っている。特に恥じらう様子はないものの、さすがにずっと全裸でいるつもりはないようだ。


 方々の町で色々な服を買いこんだアクィラは、次元収納の魔術が使えるルドルフをクローゼット代わりに使っている。ルドルフが一応リクエストを聞くと、とりあえずなんでもいいと言うので、適当に動きやすそうな服を出してやった。


「もし」


 不意にダークエルフが声をかけてきた。いつの間にか近づいてきている。ギリギリで戦いの間合いに入らないくらいの距離である。ルドルフは警戒に目を細めた。


「挨拶がまだでしたね。私の名はディアドロ。こちらはヌイと言います」


 ディアドロはうやうやしく頭を下げ、ヌイと呼ばれた少女は慌ててそのディアドロの影に隠れた。


「はじめまして、ルドルフ殿。殲滅の神子の元従士。そして今は不死の神子の下僕ですか」


「調べは付いているぞ、というわけか。ならばこちらからの挨拶は不要だな」


 ダークエルフであるディアドロがそれらの情報を知っていることに驚きはない。ただ先回りしてこちらを見透かしてくる態度は気に入らない。ルドルフは不機嫌さを隠さずに応じた。


「まあ何もかもがわかっているというわけではありませんよ。あなた方が今日ここに来るなどとは夢にも思っていませんでしたからね。これは僥倖ぎょうこうというものです」


「そちらはギギゼラに何を頼むつもりだったのだ? ほかに竜がいるならなぜ最初にギギゼラのところへ来たのだ」


「これはまたせっかちですね。まあそれはおいおい。それよりこの子。この子のことどう思いますか?」


 ディアドロはヌイの手をつかんで自分の前に引っ張り出した。ヌイはわずかに抵抗したがディアドロの手で両肩を固定されて観念し、うつむいて体を小さくしている。


 ルドルフが見るに単なる子供である。年の頃はまだ十にも届かないか。しかしダークエルフと一緒にいる時点で只者ではありえない。そこでルドルフは先ほどの流暢りゅうちょうな竜語のことに思い当たった。


「まさか、その子も竜なのか!?」


 ルドルフは驚きとともにそのひらめきを口にした。


 それを聞いたディアドロは毒気を抜かれたような顔をしたかと思うと、次の瞬間腹を抱えて大笑いしていた。このダークエルフが顔に張り付けたような笑みを崩したのは、ヌイがギギゼラの逆鱗に触れた瞬間に次いで二度目だ。ルドルフは見当違いに大声を出したことがちょっと恥ずかしくなった。


「いや、違いますよ。それよりどこか放っておけない、とか、面倒を見てあげなきゃ、とか、そういう気持ちになりませんか?」


 手を叩きながらひとしきり笑ってからディアドロは改めてルドルフに質問した。


「別に?」


 なぜそんなことを聞かれるのか、とルドルフは釈然としない。


「なるほど、やはりアンデッドには効かないですか」


 ディアドロは独り言のようにつぶやいた。


 何が効いていないのか、と聞こうとしたところで下の方から声がかかった。


「あ、あの、ヌイのこと、平気なんですか? 気持ち悪くないですか?」


 ヌイはルドルフたちの顔をうかがいながらおそるおそる言った。


 なぜそんなことを聞かれるのか? と一同は顔を見合わせる。


「どうして? そんなことないけれど……?」


 セラがそう答えると、不安そうだったヌイの顔がぱっと明るくなった。


「あ、わかりました! 皆さん実は魔物さんなんですね。人間の姿をしているのでわかりませんでしたぁ」


 ヌイが突拍子もないことを言い出したので一同は再び顔を見合わせる。たしかにアンデッドは魔物といえるが、それ以外のものはれっきとした人間である。


 この子はダークエルフに何か騙されているのか? ルドルフはそう考えたところで、ラエルが自分の影に隠れてヌイを恐怖の顔で見つめていることに気がついた。


「ラエル?」


「みんなおかしいよ、あの子のこと気味悪くないの?」


 ルドルフが声をかけると、ラエルは顔をしかめながらそう口にした。いくらラエルでもなんでもない他人をこんな風に言うのは珍しい。しかも何もしていない子供に対して言うのはかなり妙なことだった。


 ルドルフがしゃがんでヌイをじろじろと眺める。


「な、な、なんですか」


 巨大な骸骨が睨んできたことにヌイは狼狽ろうばいした表情を見せる。


 それからルドルフは洒落しゃれたこしらえのモノクルを黙って取り出し、それを通してヌイを見た。ルドルフの目にはヌイから禍々(まがまが)しい呪いのオーラが立ち上っているのが見える。呪い見のモノクルである。


 と、ヌイのほかに目の端にもうひとつ、いやふたつ呪いが目に入った。そちらに目を向けるとバルドとアクィラからもかすかな呪いのオーラが立ち上っていた。


「なんだこれは。この子もお前らも呪われているぞ」


 ヌイのそれは何らかの呪いではないか、とあたりをつけていたが、バルドとアクィラまで呪われていることに気がついてルドルフは驚きを隠せない。


「ああ、バルド君とアクィラさんのは神子の呪いですね。祝福とセットでついてくるやつです。まあそっちは人によってケーキが食べられなくなるとか、そういう取るに足らないものですよ」


 ディアドロが親切に解説してくれた。ルドルフはサイラスが神子になるために払った代償と言っていたもののことを思い出した。あれはケーキが食べられないどころではなかったと思うが、ともかくバルドとアクィラも同じような代償を払っているということか。今までまったく気がつかなかった。


「ヌイの呪いは魔王の呪いです。この子は魔物を従える力を持つ魔王の卵なんですよ」


 ディアドロがしれっと発したひと言に一同は言葉を失った。言っていることがよく理解できない。魔王の卵?


「まあ、まだ候補といったところですがね。ゆえに卵。しかしすでにれっきとした魔王の力を持っています。人間の心をかき乱す呪いの力も」


「人間の魔王など聞いたことがない。我々をからかっているのではないだろうな」


「それはそうでしょう。今回が初めての試みなので。私はあなた方をからかうなど一文の得にもならないことはしませんよ」


 ディアドロがニコニコしながら答える。極めて信用のできない笑顔だが嘘を言って意味のある状況とも思えない。


「ちょっと試してみたところ、赤子のうちに魔王の因子を埋め込めば人間も魔王にできることがわかったんです。それからどう育つかは運まかせなので、あまり効率のいい方法とはいえないんですけど、コストも安いので色々とやってみてまして。この子、ヌイはその試作の一人といったところですね」


 魔王の因子だとかは初耳だが、エルフが神子を見出すように、ダークエルフが魔王を見出すことは知っていたので、百歩譲ってうなずけない話ではない。だがその真偽の前にルドルフにはひとつ釈然としないことがあった。


「やけに素直に種明かしをするものだな。それを我々に明かしてそちらに何のメリットがある?」


 そう、その突拍子もない話が嘘でないとして、わざわざ教える意味がよくわからないのだ。


「知られて別に不都合のあることじゃないですからね。それに知っておいてもらった方が共闘するうえで都合がいいかと思いまして」


「共闘?」


「リッチキングに対抗するという一点において、我々は共闘できると思うのですよ」


 ディアドロの口から思わぬ名前が出た。


 死霊国の西側に広がる魔物たちの領域は、時間とともにゆっくりと死者の国に侵食されつつある。以前アクィラからも聞いた話だ。ダークエルフはそれを聖剣の神子に止めて欲しいと思っていたのだという。


 しかし件の神子の死で当面のリッチキング討伐はなくなってしまった気配である。これは当初の当てが大きく外れたことになる。


 次に聖剣を扱える神子が生まれるまでにはどれほどかかるかわからない。だがそれを悠長に待っていてはもう西の魔物たちは持たないところまで来ている。そこでなんとか魔物たちの領域を維持するために、ヌイを連れてギギゼラを訪ねたのだそうだ。


「未熟な魔王候補でも竜を配下にできれば力を誇示できますからね。そうすれば他の魔物も糾合きゅうごうして従えることができるでしょう。情けないことですが、今の我々にはこれくらいしか目的を果たす手段がないのですよ」


 ディアドロがヌイを見るのにつられて、その場の一同がヌイに視線を送った。


「な、なんですか? ヌイなにも悪いことはしていません、よ……?」


 不意に集まった注目に、ヌイはぼろの外套がいとうのフードを目深にかぶって顔を隠した。


「これが魔王? 悪いがとても信じられない」


 ルドルフは半ば唖然あぜんとして口にした。


 彼の見聞きし知っている魔王とはいずれも強大な魔物だった。過去のどんな魔王もそうだったと聞いている。この卑屈な少女が魔王であるなど、今までの常識を覆す荒唐無稽こうとうむけいな話だった。だがヌイのまとう強力な呪いや、先だってのギギゼラの態度などを見ると、一概に否定することもできない。


「まあそのあたりの詳しい話はおいおい。それよりお互いの理解も進んだところで本題に入りましょう。あなた方は名付けしてくれる竜がいなくて困っているのでしょう? 母竜はすでに亡くなっていると見ました。そうでなかったらギギゼラのような、ろくでもない竜のところに来るわけがない」


 理解は進んだどころかまったく追い付いていないが、こちらの弱みに関するディアドロの洞察は確かだった。そしてやはり普通はギギゼラに名付けを依頼することはあり得ないようだ。そのろくでもない竜を頼ろうとしたディアドロも切羽詰せっぱつまっているということだろうか。


「我々はほかの竜に心当たりがある。ヌイがその竜を手中にするのに協力していただけるなら、我々の知る竜の居場所まで案内しますよ。もちろんあなた方の目的もかなうように計らいます」


 ディアドロはそれだけ言うとルドルフたちの反応を待った。


 ややあってルドルフが口を開く。


「どこにいるのだ? あまり遠すぎるようなら我々は行く意味がなくなる」


 行く行かないの前に、まずは子竜が消えてしまうまでに間に合うかどうかを確認しておかねばならない。残された時間はもう二ヶ月余りである。


「おおまかな場所くらいは教えましょう。死霊国の領域の真っ只中です。そこまで遠くはないでしょう?」


 ルドルフは再び考え込んだ。


 なるほど。距離的には無意味な場所ではない。決して容易な場所でもないが……


 思案するその背後でセラとアクィラが目の色を変えていた。ルドルフはまだそのことに気がついていない。

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