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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第一章 ボーン・ミーツ・ガール
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第九話 リッチと少女の謎

 そのころ冒険者たちの集まる酒場はいつもとは少し違った妙な空気となっていた。


 三日前、ルガルダのダンジョン第四層にリッチが現れ、聖剣旅団が敗退したということはすっかり周知の事実となっている。それは冒険者たちからすれば、自分たちの働く畑に突然猛獣が住み着いて誰も追い払うことができない、とでもいうような突飛な話だ。面白いことが起こったと無責任に息まく者もいたが、ほとんどの者はなすすべもない不安に囚われ不景気な顔をしていた。


 聖剣が失われたという噂もまことしやかにささやかれているが、その話をおおっぴらに口にする者はいなかった。神殿に対する不敬として兵士にしょっぴかれていった者がすでに何人かいたからだ。


 普段よりずっと静かな酒場の一角。ほのかなランプの明かりに照らされて、聖剣旅団の三人がテーブルを囲んでいる。頼んだばかりの酒や食事が並んで湯気を立てているが、誰もがどことなく上の空だ。


 座っているのは女剣士のリズ、盗賊のルイン、魔術師ザイオンの三人。ほかの二人、聖騎士と女神官の姿は見えない。リッチとの戦いの傷は治癒の法術ですでに癒えているが、もろもろの事情からしばらくダンジョンにもぐれる状態でもないため、いずれも普段着の軽装で集まっていた。


「おいしい……」


 リズが串焼きの肉を一口食べて、淡々と事実を確認するように言った。


「あたしたち、生きてるね」


「ああ、不思議なことにな」


 ザイオンが椅子の背もたれに背中を反って、宙を眺めながら言った。


 リッチとの戦いに敗れた彼らを待っているのは確実な死のはずだった。だが実際は気がつくと第一層のダンジョンの入口のほど近くの部屋にそろって転がっていて、全身傷だらけではあるものの、全員が命に別条なく生きていた。


 しかし命は拾ったが、聖剣を失ったことは大きな痛手だった。痛手というのは彼らパーティにとってばかりではない。神殿が大願成就のために鍛え上げた至宝が失われたのだ。そのせいで彼らが帰還した三日前の晩から、町の神殿や冒険者ギルドの上層部はてんやわんやだった。女神官エレノアもパーティの代表として、休む間もなく会議に引っ張り出されている。


 ダンジョンの第四層に潜んでいたリッチ、そしてそれに関係するとみられる魔術師の少女のことも会議の重要な議題となった。


 リッチはなぜそこにいたのか、いつからそこにいたのか、そしてこれからどうするつもりなのか。少女はリッチにとってどのような存在なのか、彼女がリッチをかばったのはなぜか、リッチが彼女を守ったのはなぜか。リッチと彼女は結託しているのか、ならばなぜ彼女は一人で地上に戻ってきたのか。少女は何者なのか。とにかくわからないことだらけで、どう対応するのが正解なのか、議論は迷走していた。


「あたしたち、聖剣に頼りすぎだったね。自分なんかただ剣を振り回して踊ってたのと同じ。何もできなかった」


 ふとリズが戦いを振り返って言った。実際、彼女の攻撃はリッチに何ら効果をあげるものではなかった。


「ああ、思い出したらめちゃくちゃ悔しくなってきた。どんな強敵相手でも、もう少し何かできると思ってたのに」


 表情があまり変わらないので悔しいと言う割にそうは見えなかったが。その代わり何かをやっつけるかのようにジョッキいっぱいのエールあおり、一気に喉の奥に流し込んだ。


「聖剣の輝きが圧倒的過ぎて俺たちの目もくらんでいたということかな。俺もリッチとはいえアンデッドだったら絶対に行けるって思っちまってたわ。年長者兼参謀役として冷静な判断を下すべきだったのに、すまん」


 ザイオンが坦々とした口調で言って頭を下げた。この無精髭の男はいつもどこか飄々として気の抜けた顔をしている。真面目な顔をするのは珍しいことだった。


 今まで聖剣を頼みに何度か大物狩りをやってきた。


 ここから北のとある地域に長らく巣くっていたヴァンパイアの真祖、街道沿いの宿場を一夜にして廃墟と化した強大な悪霊レヴナント。


 聖騎士サイラスと女神官エレノアの持つ耐久能力に加えて、魔術師ザイオンの補助魔術を重ねた防御力で、敵の攻撃がどんなに苛烈でもこれを凌ぎきる。そして女剣士リズと盗賊ルインの搦め手で敵を牽制し撹乱し、ひとたび隙が見えれば聖剣のただ一撃で決着をつける。


 その戦略が幾度も功を奏してきた。考えてみれば実力以上の成果を上げてきたといえよう。


 今回のリッチとの戦いも同じやり方で勝機がないわけではなかった。少なくとも戦いのさなかはそう考えていた。しかし現実には力の差がありすぎて、聖剣を当てるまでの道筋が遠すぎた。最終的にギリギリで食らいついたかに見えたが、相手はさらなる奥の手を持っていた。いや、もしかするとまだまだ底を見せていなかったのかもしれない。そう思わせるほどに、終わってみれば何のいいところもない戦いだった。


「もっと強くなりたい。ならなくちゃ。相手がこっちを舐められないくらいに。舐めてたらそのままぶっ飛ばせるくらいに」


 リズが追加で運ばれてきたエールのジョッキを握りながら言った。彼らの目標はこんなダンジョンに陣取っている単なるリッチの討伐よりも、さらにずっとその先にある。このようなところで躓いたままではいられない。


「ルイン、あなたは何かないの」


 さっきから黙って飲み食いしているルインに対し、リズが声をかける。ルインが食事の席で黙っているのはいつもでは考えられないことだ。


「えっと、そういう反省の弁とか? んー、まあ、僕は戦闘は専門外だからね。できることがあればやるけど、できることがなければやらないだけさ」


 ルインは今さらながらに何事もない風を装い、とぼけた調子で返事をする。


「そうそうルイン君は省エネだけど、やることはやるからね~。しかも仲間想い。俺が最後っ屁の魔術を使うので逃げろって言ったら『僕は逃げ足が速い。おっさんが呪文を唱え終わってからだって余裕で逃げられるさ』って、俺を守ろうとしてくれちゃって。あの時はおじさん心がときめいちゃった」


 ザイオンが声真似をしつつ自分で自分を抱きしめながら体をくねらせた。


「う、うるさい、うるさい! あれはサイラス兄とエレノア姉がやられたと思ってて……おっさんもなんだか変な顔してたし……ああ、もう、とにかく変な空気を作ったおっさんが悪い!」


 そっぽを向いて赤くなるルインを見て、ザイオンは歯を見せて笑った。リズもわずかに微笑する。一同にとって今日初めての笑顔だった。

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