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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第三章 竜の名付け親

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第八十五話 竜の名付け

 子竜が生まれてから七ヶ月余りが経つ頃、セラとルドルフ、それにアリアナがエレイースを訪ねると、母竜は目に見えてうろたえていた。そしてやってきた三人を見つけると、居ても立っても居られない様子で話しかけてきた。


『名付けができないのじゃ』


 どうやら子竜に名前を付けられないと言っている。


「名前を付けられないとはどういうことだ?」とルドルフらは訝しく思ったが、話を聞くに竜の名付けとは単に誰かを識別するために呼び名を付けるだけのものではなく、もっと重要で存在の根幹にかかわってくるものらしい。なんでも名前を付けることで正式にこの世に生まれてきたことになるのだそうだ。


 その竜の名付けができない。


『やはりアンデッドであるこの身が悪いのじゃろうか……』


 ルドルフも竜のことはよくわからないが、エレイースが当然のようにやろうとしていたことができないとなると、たしかにそれは死んでいること、アンデッドであることが影響している可能性は高い。動いてしゃべることはできるが、生殖機能などはもちろんなくなっているし、子供にとって必要なことができなくなっていても不思議はなかった。


『名付けができないとどうなるのだ?』


 ルドルフが聞いた。


『生まれてから十の月と十日が過ぎる前に名が付けられないと、この子は空気に溶けて消えてしまう』


 そのまさかの深刻さに一同は声を失った。竜にとって名前がそれほど重要なものだったとは。


『何か方法はないんですか?』


 セラが居てもたってもいられず口を挟んだ。


『ほかに名付け親となる竜を見つけられればいいんじゃが』


 どうやら親以外の竜が名付け親になるという風習が普通にあるらしい。強い竜に名を付けてもらうとその子も強い竜になるといった言い伝えもあるのだとか。最初にエレイースが孵化するまで面倒を見ろ、孵化したあともやることがある、と言っていたのはこれか、とルドルフは思い当たった。ルドルフが卵の面倒を引き受けていたとしたら、子竜が生まれるまでに名付け親となる竜も探させる気だったのだろう。


『それじゃ、この子は助かるんですね!』


 セラは声を弾ませたが、当のエレイースはまだ浮かない顔をしている。


『じゃが……ああ、残り三ヶ月でそんな竜が都合よく見つかるか。なぜ我はこうなるまでのほほんとしておったのじゃ。恥を忍んで竜の谷へ向かおうにも今からではとても間に合わぬ』


 エレイースは取り返しのつかない失敗をしたかのように己を責めた。本来竜は自らの縄張りを守って孤独に生きる存在だ。番を求める竜が集まる竜の谷以外で他の竜と出会うことはほとんどない。


『そうじゃ、そこのエルフよ、どこぞに竜がいる場所を知らないか』


 ふとエレイースがアリアナに向かって問いかけた。長い時を生きるエルフならば普通では知り得ぬことも知っているかもしれない。


『うーん、申し訳ないのだけど心当たりはないわ。竜が棲むのはおいそれと人の目の届かない場所だろうし……』


『じゃろうなぁ……』


 エレイースはがっくりと首を落とした。


 そのやりとりを黙って聞いていたルドルフが何かを言おうか言うまいか、迷っているのにアリアナは目ざとく気がついた。


『あんた、ほかにも竜の知り合いくらいいるんじゃないの?』


 そのひと言にセラとエレイースも期待のまなざしでルドルフを見る。


『……いないこともない』


『おお!』


 ルドルフが観念したようにそう口に出すと、エレイースは声を上げてルドルフに顔を近づけた。視界いっぱいに広がる竜の顔と言うのはなかなかの迫力である。


『どこじゃ! その竜はどこにいるのじゃ!』


『まあ落ち着いてくれ。ちゃんと話すから』


 ルドルフが両手でエレイースを押しとどめるような仕草をすると、エレイースはルドルフから顔を離した。そして黒ずくめの女性へと姿を変える。


「うろたえてしまって、すまんな。お主らとじっくり話すにはこの姿の方がよかろう」


 姿が変わると同時に、言葉も竜語から人の言葉へと変わった。


 ルドルフは一同の注目を浴びつつ、一拍置いてからその竜の名前を口に出した。


「赤竜ギギゼラ」


「ギギゼラ? たしかにギギゼラと申したか」


 かぶりつくようにして言葉を待っていたエレイースの眉根が一転して曇る。


「奴を知っているようだな。なら俺がためらった理由もわかるだろう」


 ギギゼラは王都のずっと北にあるゲルナロ火山に棲んでいる太った赤竜だ。ルドルフとしてはできればあまり会いたくない相手でもあった。


「よりによってあのギギゼラか……だが、こうなっては致し方ない。我が子のためじゃ」


 エレイースもかの竜にはあまりいい印象を持っていないようだ。先ほどのルドルフと同じように観念したような声を絞り出した。


「その竜には何か問題があるの?」


 二人の様子を見たアリアナが不思議そうな顔で問う。


「とにかく卑しくてがめついんだ。奴に頼みごとをするなど、どれほどの対価が必要になるかわからん。俺も昔、竜の鱗を十枚ばかしもらうのにどれだけ無理難題を押し付けられたか」


「あなたが言うなら相当ね」


「その言われ方は心外だが……だがまあそういうことなら、とりあえず今から交渉しに行ってくるか。子竜の名付けがいくらになるか、向こうの出す条件を聞いて来よう」


 やるとなればルドルフは気を取り直しててきぱきと話を先に進める。


「同族の命にかかわることならさすがにおかしなことは言い出さずに快諾してくれると思いたいが……まあ、我にできることならばどのようなことも覚悟している。どうか頼むぞ」


 セラは黙って話を聞いていたが、名付けをしてくれる竜が見つかったにもかかわらず悲壮な覚悟を固めるエレイースを見て、どんな顔をしたらいいかわからないでいる。


「ではちょっと行ってくる」


「待って」


 早速転移魔術を使おうとしたルドルフにアリアナが待ったをかけた。


「まだ三ヶ月は猶予があるのよね? だったらアクィラを連れて行って欲しいのだけど」


「アクィラ?」


 なぜここでその名前が出てくるのかルドルフはわからない。


「赤竜の炎を手に入れたいのよ」


「?」


 まだ腑に落ちない顔をしているルドルフにアリアナは丁寧に理由を説明した。


 業火の神子アクィラの神子としての異能は炎を操ることだが、彼女は特別な炎に触れることでその炎を身の内に宿し、使うことができるようになるのだという。今のアクィラは普通の炎のほかに巨人から得た高火力の炎を持っているが、赤竜の吐く炎のブレスといえばその火力はこの世のどんな炎よりも強い。神子の戦力向上を図るアリアナにとっては降ってわいたような恰好の話であった。


「なるほど、それはエルフから対価が期待できるということかな?」


「ほらぁ、がめつい」


「俺は正当な見返りを要求しているだけだが? むしろサービスしてやっているくらいだというのに」


 悲しいことに商品を提供する側と代金を払う側の価値観の相違はいつも根深い。


 というか実際のところは対価というよりも負担の分担の話だった。ギギゼラからは子竜の件だけでも法外な要求がなされる目算が高い。エルフとその負担を折半できるならば悪い話ではないとルドルフは考えた。まあエルフ側の用件である竜のブレスの分が追加でいくら乗るか不透明でもあるのだが。


 アクィラを連れて行くならそこまで自分の足で向かわなくてはならない。グラナフォートからゲルナロ火山までの片道は半月と少しだ。動くのが億劫なギギゼラは己の住処から動きたがらないが、話がまとまった後で子竜を連れて行くのでも、時間的にはまったく問題ないだろう。


「早速出発の準備をしようか」


 ざっくり費用負担の話に了承が取れたところでルドルフがそう言うと、アリアナが不思議そうな顔で言った。


「事前交渉はしにいかないの?」


「時間を与えるとあの欲深な竜は後出しで条件を乗せてくる。アクィラのことだけでも事前交渉はせずに直接行って勢いで話を決めた方がいい」


 それはルドルフの過去の経験からの判断であったが、一方であのギギゼラとなるべく顔を合わせたくないという腰の引けた気持ちも多分にあった。そう何度も話したい相手ではないのだ。


 セラはまだ浮かない顔をしているエレイースの手を握って慰めた。


「心配しないでくださいね。師匠ならきっとなんとかしてくれますから」


「ああ、そうじゃな。おかげでこの子は生まれることができたのじゃ。今度もまたなんとかなるに違いない……」


 エレイースは憂いのこもったまなざしで、すやすやと眠り続けている子竜を見つめた。


 生まれたばかりの丸さからするとややシュッと細くなってはいるが、まだ幼くあどけなさを残している。とはいえ立ち上がればすでにルドルフと同じくらいの背丈になっていて、セラはもちろんアリアナからも見上げる大きさである。子竜はすくすくと成長している。

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