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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第三章 竜の名付け親

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第八十四話 バルドの憂鬱

 ルドルフとセラたちは春のアンデッド掃討が始まるギリギリになって、何とかグラナフォートまで戻ってきた。


 シャーロットの精霊式除雪のおかげで、聖都の後の日程にはいくらか余裕があったはずなのだが、ついでだからとその南方の大樹海にあるメアの故郷に寄り道した結果、最後までそんな慌ただしい旅となってしまった。行動は常に計画的を心掛けたいものである。


 そのアンデッド掃討も無事に終わり、季節は初夏を迎えようとしている。


 あれからラエルはすっかり失恋の痛手から回復して、最近はよくアクィラにつきまとっていた。アクィラも最初は「おっぱい目当てのエロガキ」と白い目で見ていたが、今は懐いてくるラエルにまんざらでもないようだ。もっとも、扱いとしては弟分というかんじで、ラエルの方も「ははぁ」などとへりくだって調子よく返事をしている。一見して特に色気のある雰囲気ではない。


「今度はじっくり行くことにしたんだ。『告白はカンケーを築いてからの方がいい』ってマルク兄さんが教えてくれて。たしかにリズさんの時はいきなりでびっくりさせちゃったかもしれない」


 ルドルフが再度今後の身の振り方について問うと、ラエルはそんなことを言った。どうやらアクィラに振られないうちはまだここにいるつもりのようだ。「相手はアンデッドだぞ?」とルドルフが思わず問うと、それが何か? と言う顔をした。


 実はこいつめちゃくちゃ器が大きいのかもしれない。


 ルドルフも本人がいいならそれでいいか、とそれ以上は追及しなかった。


 しかしラエルがいつも通りになったかと思うと、今度はバルドの様子がおかしい。


 この頃どことなく疲れている顔色なのだ。最近はマルクとダンジョン探索に出かけている日が多いので、そのせいだろうと想像はつく。が、いくら連日のこととはいえ、体力お化けのバルドが肉体的に疲れている、というのはどうにも考えづらい。となれば、まず間違いなくメンタル面の問題だろう。


 その証左のように、バルドが生活の中で物を壊す頻度が増えている。食器や椅子、昨日はついにテーブルまで壊した。別に物に感情をぶつけて壊すのではない。普通に使っている最中に、ふと力を入れすぎて壊してしまうのだ。


 ルドルフたちと共に暮らすようになってからは皆無になるまで落ち着いていたが、それは神子の異能として強靭な肉体と底なしのスタミナ、そして怪力を授かったバルドが、子供の頃から日常的に向き合って来た問題であった。


「なんだか疲れているようだな。今日は何か大変なことでもあったのか?」


 夕食にやってきたバルドの顔色を見てルドルフは思わず声をかけた。


「いえ、今日は第九層を軽く流してきただけですし。全然大丈夫です」


 バルドは軽く微笑んだが、やはりどこか覇気がない。バルドは割と黙って我慢してしまうタイプである。これは何かケアしなくてはまずい、という気がした。


 壊れているのが物のうちはまだいいが、また誰かに怪我をさせるような羽目になると事である。怪我をさせられた者にとっても、させたバルドにとってもだ。バルドは過去に父母に怪我をさせて家を出て、同門の兄弟子に怪我をさせて道場を出奔している。ここでもまた同じことが起きないとも限らない。


「そうか。無理はするなよ。体調が悪い日は休んでもいいんだからな」


 ルドルフはひとまずそれだけ言うと、毎日するようにみなで夕食を囲んだ。バルドの食欲だけはいつも通りなのがなによりだった。


 夕食が終わったあと、ルドルフはマルクを捕まえてここのところのバルドの様子について聞いてみた。


「うーん、そうですねぇ。探索中の動きは悪くないですし、体の調子が悪いということはなさそうですが、どこか元気がなくなってきているのは確かかもしれませんね」


 バルドは今のところ神子だとは知られていない。セラやルドルフたちとの関係を知っている者もほとんどいない。そして年齢すらも知られていない。バルドは顔立ちはともかく背丈は今やすっかり青年ものとなっている。実はまだ子供だと言っても人はすぐには信じないだろう。


 一方でその腕力と剣の腕は注目されつつあり、気鋭の新人冒険者として少しずつ顔が知られてきている。かつて王都で冒険者として鳴らしたマルクの名を覚えている者がグラナフォートにもそれなりにいて、彼らは優れたコンビとしても注目されていた。


 特定のパーティを組まないフリーの冒険者は、ほかのパーティに臨時の助っ人として参加したり、時としてフリー同士で集まって即席のパーティを組んだりする。そこにお呼ばれするかは実力と人柄次第と言うことになるのだが、バルドとマルクは常に組む相手に困らず、様々なパーティに参加しては腕の立つ従士候補を探していた。


「野良で組む冒険者と揉めたりすることもありませんし、むしろバルドはあの若さであの強さにもかかわらず謙虚で、概して評判はいいですよ。本格的にパーティを組んでくれと誘われることもしょっちゅうです」


 もっともバルドが誰とも揉めないですんでいるのは、マルクがおかしな面子とは組まないようにしているおかげでもある。


 そうして二人が話している広間にまずラエルが、次にバルドが走り込んできた。バルドはラエルを罵りながら追いかけまわしている。ラエルはからかいながら逃げ回っている。身体能力はバルドの方がはるかに上だが、ラエルはいつもの砂の精霊を使ってバルドの猛追を巧みに凌いでいた。


「またうちのナイーブな長男坊にちょっかいかけよって」


 ルドルフはラエルを捕まえてたしなめてやろうとしたが、ふとバルドが怒りながらもどこか生き生きしているような気がして口出しを止めた。そういえば最近はあまりなかった光景かもしれない。


 ルドルフはそのままマルクとの会話に戻った。


「ひとまず、しばらく従士探しはストップしてくれないか。それで様子を見たい」


 原因はわからないがこのままはまずかろう、ということでルドルフはとりあえず休養を提案した。


「そうですね。ちょうど目ぼしい相手とはひと通り組んで、どうにも行き詰っていたところです。何か打開策を考える必要がある気がしていました。おっしゃる通り、少し休んで俺も考えてみます」


 バルドの件とは別にマルクも転進の必要性を感じていたらしい。この言い草だとどうも従士候補となるような人材は見つからなかったと見える。数ヶ月にもわたる苦労の甲斐はなかったというわけだ。


  *  *  *


 大人たちの話が終わる頃、少年たちの追いかけっこもまた終わりを迎えようとしていた。まだまだ余裕のバルドが息の上がったラエルをとある部屋の隅に追い詰める。そしてラエルの頭を押さえつけると、その髪の毛をぐしゃぐしゃにかきまぜた。


「うわ、やめろよぉ。悪かった、悪かったから」


「どうだ! 思い知ったか」


 ラエルを見事に懲らしめたバルドは満足そうに笑った。


「はぁー、面白かった」


 その場に座り込んだラエルは乱れた頭を軽く直しながら言った。


「面白かったってなんだよ」


 バルドが少し怒ったように言う。


「え? 面白くなかった? 最近僕と遊ぶ時間がなくて寂しかったんだろ?」


「誰がだ」


「またまた。わかってるって。ここんとこなんだか元気なかったじゃん」


 ラエルがあっけらかんと言うと、バルドは少し陰のある表情になった。


「そんなことない」


「ほら。そういうとこ。何が原因なのか僕に言ってみたまえ。弟分の面倒を見るのも兄貴分の役目だ」


「なんでもないって言ってるだろ。誰が弟分だ」


「なんでもなかったらテーブル壊したりしないと思うんだけどー? おかげでこないだは僕のデザートが台無しになっただろ。ああいうのは困るんだよなぁ~」


「あれはわざとじゃない」


 ラエルが意地悪く問い詰めると、バルドは目を伏せて黙った。その様子を見たラエルはさりげなく視線を外し、宙を眺めながら言った。


「あれだろ? マルク兄さんに連れまわされてる件。しんどかったら僕から言ってあげるけど」


 ラエルの洞察は的を射ていた。


 バルドは特に人見知りではないが、さりとて社交的な方でもない。毎日のようにとっかえひっかえ別の冒険者たちと会うことが、徐々にストレスとして蓄積してきていた。それはちょっとしたことを我慢して飲み込んでしまう性格のせいもである。


「それはやめてくれ」


 しかし図星をつかれたにもかかわらず、バルドは断固としてその提案を拒否した。


「なんで?」


「なんでも。俺のことであんまりみんなに心配かけたくないんだ」


 その気遣いがかえって周りに心配をかけていることにバルドは気がついていない。


「ふーん」


 ラエルは釈然としない顔でバルドを見つめて黙った。そしてしばらくしてからニヤリとして、バルドの肩を叩きながらおもむろに言った。


「まあ、もう大人なんだから自分のやりたいことは自分で決めていいんじゃない? 嫌なことは無理してやらない方がいいよ」


「そうはいかない。俺は命を救われて神子としてここにいるんだから。その期待には応えなくちゃいけない」


「えー、真面目だなぁ。子供なんだからまだそんなこと考えなくて良くない?」


「大人か子供かどっちなんだよ」


「よく考えたら僕は成人だったが、バルドはまだ子供だった。もっと気楽にやろうよってこと。子供は好き勝手言う権利がある!」


「大人でも子供でも勝手にやれって聞こえる」


 ふっふっふーとラエルは笑った。その顔を見てバルドはため息をつく。


「とにかく従士は探さないといけないんだ。早く決まるほど仲間としての絆や連携も深まるからって、アリアナさんが」


「へぇー」


 またしばらく二人とも黙ったままの時間が流れた。


「てぃっ……いったぁ!」


 突然に沈黙を破ってラエルがバルドの腹筋を手刀で突いた。が、それは鉄のような手ごたえに跳ね返され、指がグキっと挫けた。ラエルはぷるぷる震えながら突いた方の手首をもう片方の手で握って痛みに耐えている。


「何やってんだ、このバ……ぷわっ!」


 ラエルの攻撃を痛痒にも感じなかったバルドが呆れていると、不意にその顔面を砂が襲った。


「はっはっは、油断したな! こうして話している間に僕の体力はすっかり回復したぞ!」


「このやろうっ」


 バルドは顔の砂を払うや、逃げ去ったラエルをものすごい勢いで追いかけていく。


 第二ラウンドが始まった。

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