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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第三章 竜の名付け親
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第八十三話 大神官ガーモント

「わぁ……すごい」


 思わずそんな単純な言葉しか出てこない。


 聖都の門をくぐるなり、セラは美しい噴水のある広場と、その向こうに整然と広がる街並みに目を奪われた。途中に通りすぎた王都も大した街並みだったが、ここはまたそれとも雰囲気が違う。すべての家々が白一色で、至る所に神像や聖印をモチーフにした飾りが施されている。町自体がすでに神殿のような清浄な空気を醸し出していた。


 だが残念ながら今回はその町をゆっくりと巡っている暇はなかった。


 冬の午後の日差しの中、一行はそのまま用意された宿に入った。戒律に則った質素な夕食の後、湯で身を清める。そして翌日の朝、身綺麗な恰好に着替えると、まっすぐ大神殿へと向かった。


 大神殿はすべての神殿組織の中枢を司る、当然のごとくこの大陸最大の神殿である。


 外からでもその群を抜いた大きさ広さは一目瞭然で、まずそびえ立つ外壁と正門の威容がその前に立つ者を圧倒する。正門から一歩足を踏み入れると、セラはすぐに空気が変わったのを感じた。聖都全体にただよう清浄さよりも、さらにひときわ澄んだ清く厳かな空気である。


 目の前には本殿前の広場と内庭が広がる。そのまま本殿まで進み、その受付でアリアナが慣れた様子で自分の名を告げると、やがてしずしずと案内の女性がやってきた。その者について礼拝堂へと歩を進める。


 セラははるか高い天井を見上げて思わず息をのんだ。ずらっと並んだ蝋燭によって建物の中は神秘的に照らされている。かつて行ったグラナフォートの神殿の礼拝堂も決して粗末なものではなかったが、ここと比べてしまうとまったくちっぽけに思えた。向かって真正面に鎮座する神像の大きさも桁違いである。


 決まりきった礼拝がつつがなく終わると、続いて一般の者には入ることを許されない神殿の奥へと案内された。案内に続いてアリアナを先頭に進んでいく。いよいよ本命の用件である。


 朝の冷たい空気のただよう神殿の通路を歩いていく間、セラはベルタにしっかりと手を握られていた。さすがにこの広大な敷地内で迷ったら再び出会えるかどうか定かではない。ベルタは冗談交じりにそんなことを言った。セラもベルタの手をしっかりと握り返した。


 かなり歩いてたどり着いた先は、いくらかこじんまりとした部屋だった。大神官の執務室だ。窓から差し込む朝の光が白い壁に反射して、部屋中を明るくしている。正面の机ではハゲ頭の大柄な老人が何やら書き物をしていた。


「不死の神子とアリアナ様をお連れいたしました」


 案内の者がそう告げると老人は顔を上げ、こちらを見る。そしてにやりと笑った。


「やあ、待っていたぞ」


「この間ぶりね。ガーモント」


 大神官ガーモント。


 アリアナと気安く挨拶をかわすその老人の姿を見て、セラは少し不思議に思った。


 大神官はもう齢九十を数えると聞く。しかしその姿はとても九十の老人とは思えない。言われなければ六十代でも通じるほどだ。体つきもがっしりしていて、つるりとした頭、頑丈そうなあご、まん丸いまなこ。その声色から伝わってくる人柄は見た目通りの豪放磊落といった風で、まるで老いとは無縁のようである。


 ガーモントは案内の者を下がらせると改まって挨拶した。


「わしはガーモント。一応大神官なんてものをやっている。お前さんが不死の神子だな、お嬢さん。そしてその従士たちよ」


「ふ、不死の神子、セラ。ここにまかり越しました。このたびはお目にかかれて光栄にございます」


 余裕はないがなんとか覚えた通りの作法に則った言葉としぐさで挨拶する。それを見たガーモントは楽しそうに目を見張ると「がっはっは」と大声で笑った。


「ここではそう畏まる必要はない。公の場ではないからな。実はわしが私的に話をしてみたくて無理に呼んだのだ。わざわざ足労をさせてしまってすまないな」


 そのさっぱりとした口調にセラは意外な気持ちになった。師匠がその名を聞いて微妙な顔をしていたこともあるが、神殿関係者からは邪険に扱われることが多いので、実は身構えて来ていたのだ。


 それから部屋の一角にある応接のテーブルにみなを案内すると、先ほど下がった案内の者が再び現れた。その者は座ったセラたちの前にお茶を置いて回った。


 ガーモントはその間、無遠慮にセラの顔をじっと見つめていたが、案内の者が姿を消すとやおらに言った。


「お前さん、ほんとは神子ではないだろう」


「!」


 セラはガーモントの強い視線にどこか居心地の悪さを感じていたが、その言葉を聞くやすっかりうろたえてしまった。セラは世間的には神子とされているが、実はまだ神子としての能力を授かっていない。


「あなたならそりゃわかるわよね」


「まあな。これでも大神官だし?」


 どうしたらいいかわからないセラをよそに、アリアナは特に慌てるでもなく茶をすすっている。互いの口調はだいぶ気安い。セラはアリアナのその落ち着いた様子を見て、自分も気持ちを落ち着かせることができた。


「だがいずれはきちんと神子にするのだろう?」


「もちろん。それに備えて準備を整えているところよ」


 それを聞いたガーモントは一転してやや改まった雰囲気となった。


「ふむ。では最初に面倒な話から終わらせてしまうか。こういう話を当事者抜きでするのはフェアじゃないと思い、お嬢さんにはわざわざご足労願ったわけだが」


 ガーモントは畏まるセラに目をやり、それからアリアナの方へ顔を向けた。


「アリアナよ、ルドルフをこの件から降ろしてもらおうか」


 セラは驚いてアリアナの顔を見るが、アリアナもやや意表を突かれた顔をしている。


 アリアナは即座に改まった表情になり尋ねた。


「その心は?」


「心は? 聞くまでもないだろう。神殿に連なる神子が邪悪なるアンデッドとつるむなど。嘘の異能もなんとかして反故にしろ」


「前会った時に、彼が今まで上げた成果についてはもう話したはずだけど」


「今までのことは今まで、これからのことはこれからだ。お嬢さんにはいずれ神子として本当の異能が身につくのだろ? リッチなどいなくてもなんとかなるはずだ」


「ご生憎さま。セラちゃんの異能は優れた魔術師が持たないと意味がないものなの。魔術の師匠としてルドルフは必要よ」


「魔術の師くらい、もっとまともな者をつけろ。腕の立つ魔術師はほかにいくらでもいるはずだ。何だったらわしが口を利いてやってもよい」


「人には相性というものがある。すでにうまくいってる関係を壊すなんて愚かよ。人間は交換可能な部品じゃないんだから」


「アリアナともあろうものが、ずいぶんと甘いことを言うようになった。そこを無理にでもなんとかするのがお前の仕事だろう」


「なんとかして今の結果なの。それにアンデッドと言っても必ずしも邪悪な存在ではない。私たちだって昔アンデッドに手を借りたことがあるでしょ?」


「ふん、忌々しいことを思い出させるな。わしは今でもあやつは好かん。ルクリアを不埒な目で見ておった」


 そこでガーモントはひときわ不機嫌な顔になる。言葉通り昔のことを思い出したのだろう。ルクリアと言うのはたしか殲滅の神子であった少女の名前であるとセラも知っている。


「それにあれはたまたま利害が一致しただけで、十分に邪悪な存在よ。腹の中は黒も黒、真っ黒だ。つまるところルドルフもそうなのではないか? 見返りがあるからその娘の面倒を見ているにすぎない」


 見返りがあるからと言われると、そうかもしれない。でも、


「あの!」


 アリアナがまた反論の口を開こうとしたところで、セラは居てもたってもいられず声を上げた。


「師匠はたしかに報酬をもらって私に魔術を教えてくれています。でも絶対に邪悪なんかじゃありません」


 アリアナもガーモントも黙ってセラに顔を向けている。セラはやや気圧されたが怯まずに続けた。


「それに私は師匠が師匠でないと嫌です。私から師匠になって欲しいってお願いしたんです」


 ガーモントのセラを見る目に力がこもった。何かを見極めようとするかのような目だ。


「お嬢さんや、奴のどこがそんなにいいのだ」


「どこが……」


 セラはいったん口ごもってしまったが、ここで黙るわけにはいかない。懸命に考えて言葉を繋いだ。


「優しいからです。見ず知らずの私が怪我をしているのに貴重な薬を使ってくれて、それからもずっと私を助けてくれました」


「いつもおいしいご飯も食べさせてくれますし、私以外の子の面倒だってよく見ています」


「魔術を教えるのだって最高に上手です。私のレベルに合わせて丁寧に教えてくれて。私にはあれ以上の師匠はいません」


「サイラスさんのことも貴重な魔道具が壊れるのもかまわず助けていました。アンデッドが大嫌いなエレノアさんだって師匠とは握手したんですから」


 思いつく限りのことを矢継ぎ早に口にするセラに便乗して、ベルタも口を挟んだ。


「あたしらだってダンジョンの奥で石になっているところを助けてもらったんだ。旦那は決して大神官様が思うような邪悪なアンデッドなんかじゃない」


 それに続けとばかりにシャーロットとメアも口々にルドルフを弁護した。


 ガーモントは途中から黙って目を閉じて聞いていた。その眉根にいつの間にか大きくしわが寄っている。つたないことを口にしてかえって気分を害してしまったのだろうか。セラは胸が潰れそうになり、まだ何か言わないと、と口を開こうとした。


 その時、ガーモントが叩きつけるように言った。


「ああ、もうわかったわい。つまらん。聞いててこそばゆいわ」


 不服そうに続ける。


「本当につまらん。ろくでもない奴になっとったら、わしが自ら引導を渡してやろうと思っとったのに」


 セラが呆気に取られてその言葉の意味を理解しようとしていると、アリアナが口を尖らせた。


「なに、私のこの間の説明だけじゃ納得できなかったってこと? いま彼女たちが言ったことって、もう私が散々話してたことじゃないの」


「悪いがお前の口八丁は飽きるほど聞いてきたからな。エルフの言葉だけじゃ手放しには信用できん」


 相好を崩してがっはっはと笑いながらアリアナにそう言ったガーモントは、不意に居住まいを正してセラたちに頭を下げた。


「つまらない茶番に付き合わせてしまって申し訳なかった。不死の神子セラよ。それにその従士たち。ルドルフがアンデッドの中では多少はマシな方だということはよくわかった。これからも奴によろしくしてやってくれ」


 神妙な顔で手のひらを返したガーモントにアリアナが仕返しとばかりに茶々を入れた。


「ははぁん。あんた拗ねてたんでしょ。ルドルフが連絡もよこさないものだから」


「違うわ。気色悪いことを言うな。だれがアンデッドの顔なぞ見たいものか」


 さっきから呆然とこちらを見ているセラたちに気づいたガーモントは、ごほんと咳払いして言った。


「黙認はするがな、調子に乗ってわしの前に顔を出したら、この聖印にかけて滅ぼすと言っておけ。ただでさえデカい図体なのだ。せめて顔くらいはデカい顔するなとな」


 言葉の内容は物騒だが、大神官は師匠のことを悪く思ってはいない。そう感じたセラはやっと胸をなでおろした。


 そこから先はさっきまでの緊張が嘘のように緩んで、和気藹々とした雰囲気となった。


 しばらくルドルフとそれぞれの出会いや、これまでのことなどを話して過ごす。ここにいない者の話しで大いに盛り上がってしまった。セラも聞いたことのない師匠の話などが聞けて楽しい。案内の者が面会時間の終わりを告げに来るまで、あっという間に時が過ぎた。


 別れ際にガーモントがセラに親しく声をかけた。


「お前のお師匠さんは、重しがないとふらふらしてどこへ行ってしまうかわからんやつだ。そのままずっと知り合いに顔を見せない薄情者でもある。首輪でもつけておいた方がいいぞ」


「それには同感ね」


 アリアナも深くうなずいている。アリアナはリッチになったルドルフに会うまで何十年間もの間その消息を知らなかった。ガーモントも同じくである。

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