第八十一話 従士選定
アリアナは寺院の広間でひとり本を読みながら、今日の成果を待っていた。
「ただいま~」
やがてセラのよく通る声が響く。転移門からセラ、ベルタ、シャーロット、メアの四人が帰ってきたのだ。
「おかえりなさい」
アリアナは柔らかな笑顔でそれを迎えた。
今日、セラは初めて本格的に刹那の色彩の三人とともにパーティを組んでダンジョンの第十一層を探索してきた。それを提案したアリアナは、帰ってきた彼女らの表情を見て、首尾が上々だったことを悟る。
「いやぁ、やっぱフィジカルエンチャントがあると楽だね。セラ様々だ」
「いざとなれば魔術による守りもあるので安心感があります~」
「これは四人で第十二層いけるかもねー」
ベルタ、シャーロット、メアが笑顔で今日の探索を振り返っている。ずいぶんといい手ごたえを感じたようだ。褒められっぱなしのセラはひたすらに照れていた。
「でもベルタは魔術の強化を受けて戦うなんて気持ち悪いっていってなかったっけ~?」
強化魔術要らない派から手のひらを返したベルタをからかうようにメアが言う。
「そりゃあ自分の力だけで戦うに越したことはない。でも、これからはそれじゃ間に合わない仕事になりそうだからね」
ベルタにも自らのポリシーを翻した理由があった。
強化魔術がかかっている時とかかっていない時で体の感覚が変わるのが気持ち悪い、それになくても自分は困っていない、という理由からベルタはこれまで魔術による強化を受けるのをあまり良しとしなかった。
しかしサイラスがエゼルという敵のアンデッドに瞬殺されたという話や、さらにアクィラからもたらされた情報、敵方にはほかにも強力なアンデッドが何体もいると耳にして思うところがあったようだ。
今でもなるべく自分の力だけで戦うに越したことはないと思うものの、そのせいで自分や仲間の命を危険にさらすのでは、それは空しい自己満足にすぎない。
振り返りで盛り上がっている四人を見てアリアナの頬は緩んだ。
この神子と従士の組み合わせは思惑通り上々のようだ。
槍使い、精霊使い、レンジャー、魔術師。
各々の技量の高さもあってなかなかバランスはいい。連携も問題なさそうである。
欲を言えばいざという時の回復を担う神官がいれば言うことなしなのだが、残念ながら不死の神子は神官からの受けがとても悪い。加えてこの四人とつりあう実力の持ち主となると、候補を見つけることすら難しかった。
まあ精霊による治癒力向上の技もあるし、ルドルフ謹製の様々な霊薬も持たせてある。とりあえずは今の形がひとつの完成形と言うことでかまわないだろう。
アリアナはもう一人の神子、バルドの従士をどうするかと言うことに思いをはせた。
当初はセラといっしょにパーティを組むと言う案もわずかにあったのだが、やはりバルドはバルドで従士を募って、別のパーティを組んでもらうと決めている。リッチキングとの戦いで想定される様々な状況に対応するには、神子それぞれがパーティ単位で行動できるに越したことはないからだ。
そこでバルドは最近はセラたちとは別行動で、一人目の従士、マルクとコンビを組んで仲間探しをしている。そしてほかの様々な冒険者と臨時のパーティを組んで相性などを確かめていた。
マルクはラエルと同じ精霊使いの里の出身で、つい先日、寺院の新しい仲間として加わった青年だ。ラエルからはマルク兄さんと呼ばれている。はきはきとした受け答えの実直そうな様が好印象な若者である。
「危険な使命に挑む里の仲間を助けたい」
彼はそう言って、自分も神子の従士にとやってきた。そして最初はセラの従士を望んだものの「うちのパーティは恋愛ご法度でね」とベルタに一蹴されていた。口実とは裏腹に、マルクの目当てがシャーロットであることは見え見えであった。何事にも卒のない彼が、彼女の前でだけはやや顔を赤くし、しどろもどろでおかしな調子になるからだ。
そもそも精霊使いの里出身ではあるが、彼は二十を過ぎても里には帰らず王都で暮らしていた。何を思ってか里の掟に従わず、里と距離を置いて過ごしてきた彼が今になって「里の仲間を助けたい」などというのは明らかにおかしい。
そのわかりやすい好意に当のシャーロットはまったく気づいていない。彼女にとってマルクの態度は子供の頃のマルクと同じ懐かしい姿にすぎないようだった。「あのマルク君がこんなに大きくなって」とすっかり親戚のおばさんのような口調なのである。最後に会った時、六歳だったマルクは今や二十七歳になっていた。
マルクも「恋愛ご法度」を自らの経験を照らして思うところがあったようだ。素直に納得した彼は、今度はバルドの従士になりたいと申し出た。セラもバルドも神子として目指す目的は同じである。ならば少し離れたところからそれをサポートしようと言うのだ。ベルタもそれならと譲歩し、そしてアリアナもマルクの従士入りを認めた。
仲間にしてみると、マルクはなかなか有能で便利な人材だった。
かつては王都で名のある冒険者パーティのリーダーを、冒険者を引退してからは隊商の護衛のリーダーをしていて、人をまとめる力があり、交渉事も得意。やや朴訥なバルドの苦手分野をカバーして、様々な面から彼をサポートできる。いま進めている冒険者らと実際に組んで仲間探しをするというのもマルクの案だ。
戦いにおいては、王都の道場で鍛えた体術を操り、精霊使いとして地の精霊を使役する。手足を岩で鎧って戦うという独特の戦法で、攻防の要を担当することができる。
規格外であるバルドやベルタに比べるとぐっと見劣りするものの、従士として合格点を出せる高い実力を持っていた。
マルクを従士と認めたアリアナはこう考えている。
そもそもバルドが従士とするのは刹那の色彩クラスの飛びぬけた人材でなくてもいい。あれは数十年に一度の逸材で、おいそれと出会えるものではない。選抜のハードルを高くしすぎれば誰も集められなくなってしまう。
剣士、体術使い。
ほかに入れたいのは少なくとも魔術師と神官だろうか。十分な実力者で相性のいい相手がうまく見つかればいいのだが。
そんな考えをめぐらすアリアナの脳裏にふとラエルの顔がよぎった。
彼がもう少し精神的に大人になってくれれば期待もできるのだけど。
ともあれ、アリアナも随時人材を探しつつ、マルクの案も並行して進めている、というのがバルドの従士探しの現状である。
ほかにもう一人、アリアナの手元には神子がいる。
リッチキングのもとから取り戻した業火の神子アクィラ。
もともと彼女にはともに使命に挑んだ従士がいたが、彼女がリッチキングに敗北した時に同様にアンデッドにされ、のちに極北の魔王の軍勢が死霊国に攻め入った時にすべて消滅している。
できれば新しい従士を率いて欲しいが、本人はもう従士はいらないとつっぱねていた。まあアンデッドと積極的につるみたい人間はそうはいない。またアンデッドとなったことで簡単には死ななくなったアクィラは、従士なしのソロでも特級の戦力といえる。
まあ彼女は彼女でいいだろう。
公には白紙となったリッチキングとの戦いの準備は、しかし水面下では着々と進められている。
決行の時まであと四年である。過去のアリアナの経験からすると時間は潤沢にある方だといっていいが、それでもぼやぼやしているとあっという間に過ぎてしまう程度の期間でもあった。
聖剣の神子も合わせるとこれで四人の神子が揃った。当初の予定にあった追加の神子を加えて五人とするのか、この四人で行くのかはまだ未定となっている。エルフの側のリソースにもそれほど余裕はないし、広く世界を見渡せばリッチキング以外にも対処すべき問題はある。
ルドルフがアンデッドであるエゼルやもう一人の神子を敵から取り戻せればさらに戦力を増やせる。と、アリアナは皮算用することもあったが、それはあまりに不確かな希望だと首を振る。実際のところ、アクィラを取り戻せたのがかなりの幸運というだけなのだ。
ないことを期待して浪費する時間はない。
なお不死の神子の下僕ということになっているリッチは戦力としてどういう扱いになるだろうか。アリアナはにんまりと悪い笑みを浮かべるのであった。




