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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第二章 聖剣の神子

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第七十一話 ゴブリンゾンビ

 ルドルフたちが北側の道を歩いていくと焼け跡が点々と姿を現した。すべて焼かれた家の跡のようだった。だがその側に立つ木々や畑などはほとんど焼けていない。几帳面に家だけをひとつひとつ焼いて行ったような印象を受ける。


 時々、道の真ん中にも黒く焦げた土と白い灰の山がある。土は人の形をして焦げている。まだ生きて隠れている者がいないか、ダメ元で声を出して呼びかけるが、やはり応える音はない。


 それからしばらくしてルドルフたちは何ごともなく村のはずれまでたどり着いた。


 村はずれはわずかに高台となっていて、辺りには森の焼け跡が大きく広がっている。遮るもののなくなった西の方角に、山間を縫うように続く道がとぎれとぎれで見通せる。半ば険しい山道に見えるが、死霊国の領域がまだ狭かった時分にはれっきとした街道として使われていた道だ。だいぶ荒れている。もうじき山の向こうに沈まんとする弱い太陽の光がその道を照らしていた。


「なにもないね。こっちは外れだったか」


 ベルタが言った。


 西の街道跡から来たアンデッドたちは手近な家から燃やしていったのだな、と考えるとこちら側に何もいないのは合点がいった。となると本命は神殿部隊の向かった方向か。ルドルフたちは相談の末、急ぎ引き返すことにした。


「いや、待って。西の方から何か来る」


 しかし何かを察知したメアがそれを制止し、耳を地面に押し当てる。


「これは多いね。外れどころか大当たりっぽいよ」


 間もなくゴブリンの群れが街道の向こうに姿を現した。山陰からぬっと出てきたため、すでに走ればそれほど遠くない距離だ。坂の上から見下ろすその数は百をゆうに超えている。さらにその列が後ろまでどれだけ続いているのかわからなかった。これはたしかに予想だにしない大当たりだ。


 そのすべてが生者ではなかった。


「すごい数……あれがみんなゾンビなんですね」


 ルドルフの隣でセラが思わずつぶやいた。ゴブリンなら彼女はダンジョンでいくらでも見たことがあるが、これほどの数は見たことがない。また虚ろな表情のゾンビになっているのに会うのも初めてだった。


 ゴブリンゾンビらは今や大きく横に広がって、道だけでなく炭と化した木々の間を縫ってこちらに迫ってくる。どうやらすべてのゴブリンゾンビたちが目の前に展開した。その数は数百といったところだ。十分と待たずにその先頭がここまでやってくる。


「なに大した敵ではない。ここは俺にまかせろ」


 ルドルフは軽くそう言うと地を蹴って大きく跳躍し、ローブをはためかせながらゴブリンゾンビたち目がけて滑空していく。この程度の低級アンデッド相手ならルドルフはいくら攻撃されても傷を受けることはない。自分に群がってくる敵を虫を払うようにゆっくりと潰していけば無傷で勝利できる。


 しかし事はルドルフの思惑通りにはいかなかった。ゴブリンゾンビたちは目の前に降り立ったリッチをまったく無視し、ゆるい上り坂を駆け上ってセラたちのもとへと向かっていく。


「おい、待て。待たんか」


 ルドルフは腕を振り回して手近な一匹をなぎ倒すが、広く散らばって走ってくるゴブリンゾンビたちのほとんどはその手の届かない場所をすり抜けて行ってしまう。魔術で片付けようにも敵の密集度が小さいため、ほとんど止めることはできそうにない。


 己に目もくれずに横をすり抜けていくゴブリンゾンビたちの中で、ルドルフはちょっと所在なげに立ち尽くした。


 それならばとルドルフは次に魔術で炎の壁を作る。その壁は前方の道を塞いで燃え盛った。そこまで人のことを無視するなら、これに突っ込んで燃え尽きてしまえというわけだ。が、ゴブリンゾンビたちは炎の壁はしっかりと認識してその左右をきちんと迂回してきた。奴らにとってリッチの存在感は炎の壁以下らしい。


 続けて当てを外したルドルフはしばし動きを止めた後、転移魔術を唱えてセラたちのいる場所まで戻って来た。


「駄目だな。俺には見向きもしない。おそらく生者だけを襲うように命令されているのだろう」


 ルドルフは正直ちょっと恥ずかしかったが、ポーカーフェイスでクソ真面目に言った。


「旦那に任せてあたしらだけズルはできなさそうってことだね。大丈夫、体を動かす準備はできているよ」


 ベルタがニヤニヤしながら言った。


 前方から殺到するゴブリンゾンビたちをどう凌ぐか。ルドルフは気を取り直して素早く思案を巡らす。


 この数に単体を目標とした魔術は論外だが、範囲魔術もこの敵の密度ではまだ非効率だ。ならば効率が良くなるように、ゴブリンゾンビたちをひとところにまとめようか。進行範囲を狭めて、引き付けてから一網打尽にするのがいいだろう。


 その方針をすばやく全員に伝えると、ルドルフは石の壁を今度は左右に斜めに広く展開してゴブリンゾンビたちの進路を狭めた。石壁に目の前を阻まれたゴブリンゾンビたちは、壁に沿い、漏斗のように徐々に狭くなるスペースに集まって殺到してくる。


 前方にベルタとバルドが出る。セラがフィジカルエンチャントをかける。ダンジョンで戦うのと変わらないリズムだ。シャーロットとラエルは後衛からいつでも精霊たちに呼びかけられるよう用意をし、メアはその隣で弓矢を構えている。ルドルフは最後尾で念のため背後の守りをしつつ戦況を俯瞰していた。


 ラエルが地の精霊に命じて岩槍を繰り出す。だがそれはダンジョンの第十二層で見せたものに比べると威力も規模もだいぶ大人しい。深い地下と違って地の精霊の力もそこまでは強くないのだ。それはゴブリンゾンビの群れの数と勢いからすると広い川面に小石を投げたようなものだった。それでも当たれば敵を吹き飛ばす威力はあるが、狙いの甘さゆえか命中率は良くない。


 もう一人の精霊使いであるシャーロットはゴブリンゾンビたちが上って来る坂に水と地の精霊の力を借りてぬかるみを作った。これはなかなか効果的で、敵の進行速度が大きく鈍る。泥に足を取られたゴブリンゾンビの中には背後から次々にやってくるお仲間に踏みつぶされぺしゃんこになるものもあった。


 泥濘を乗り越えようとするものをメアの弓矢が、乗り越えてやってきたものをベルタとバルドの槍と剣が片づける。そこかしこに動かなくなったゴブリンの骸がどんどん積み重なっていくが、すでにゾンビであるゴブリンたちに怯む様子はない。文字通りの死兵なのだ。ない命を顧みずに戦い続ける。ゆえにたかがゴブリンとは侮れない怖さがあった。


 とはいえ、恐れを知らぬはよいことばかりではない。


 広がる泥の只中で足取りの鈍ったゴブリンゾンビたちはしばらくすると押し合い圧し合いするまでの密集状態となった。思惑通りの状況を得たルドルフは前衛に下がるよう叫び、隣にいるセラに声をかける。


「合わせろ、セラ。手前の方を任せる」


「はいっ」


 師匠が四重に同じ呪文を唱え始めると、弟子もそれに続いた。魔術エクスプロージョン。間もなく連続した五つの爆炎が少しの時間差をもって方々に炸裂する。爆風で森の木々の残骸も吹き飛び、大きな更地がいくつかできた。視界の中に動いているゴブリンはもはや一匹もいない。


「よくやった。見事な魔術だ」


 ルドルフは弟子の頭をなでる。セラは師匠を見上げて笑った。エクスプロージョンは今やセラの得意魔術といっていい。少女はその域にまでこの魔術を磨き上げている。どこか誇らし気な笑顔だった。


 しかしそんな笑顔で気を緩めた次の瞬間、誰もがまだ戦いは終わっていないことを悟った。


 先ほどゴブリンゾンビたちが姿を現した道の向こうから、さらに同じ規模の新手が姿を現したのだ。戦いが始まってからさほど時間は経っておらず、こちらもまだ大きく消耗はしていないが、精神的にはちょっとうんざりする流れだ。


「これは少し骨が折れるな」


 数のわからない相手とこの人数で戦争をやるのは気乗りがしない。


 だがまだまだ余裕はある。先ほどシャーロットがやったのと同じことをラエルにやらせれば敵をもっと大規模に足止めすることができるはずだ。もっと効率的にゾンビどもを一掃することはできないか――


 ルドルフがそんな風に思考を回転させ始めたその時、ラエルが急に慌てて叫んだ。


「リズさんたちが危ない。こっちは師匠がいるから平気だよね。僕はあっちを助けに行く!」


 それきり一人、道を南へと走り出す。いきなりのことでその襟首をつかむ間もない。


「あの阿呆。セラ! バルド! ラエルを追え!」


 ルドルフはラエルからの信頼を忌々しく思いつつ、二人にそのあとを追わせる。そして連れ戻せと言おうとしてその言葉を飲み込み、別のことを口にした。


「捕まえたらそのままいっしょに神殿の部隊のいる方へ向かえ。俺たちも後を追う。くれぐれもあのクソガキに無茶はさせるな!」


 それからベルタらに転進を告げる。ここはまだやれる。しかし冷静になってみれば、この場に留まって戦うよりも神殿部隊と合流するのが先決だろう。分散した戦力で戦い続けることはやはり得策ではない。


「我々もあちらへ向かおう。あの顔色の悪いゴブリンどもに追いつかれないようにしつつ後退するぞ」


 ベルタ、シャーロット、メアがうなずく。さすがに百戦錬磨の彼女らに動揺した様子はない。


「二手に分かれる時、向こうに風の精霊さんをつけてたみたいです~。なんでもすでに大勢が倒れているそうで~」


 後退の段取りを話し合う中で、シャーロットがラエルの慌てた理由を教えてくれた。悪いことに向こうでもどうやら一大事が起きている。


「早く追いかけなければ」とルドルフが言ったその時、不意にこれから向かおうとする方角に明るい光が見えた。はるか遠くに高く巨大な火柱が上がっていた。

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