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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第一章 ボーン・ミーツ・ガール
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第七話 聖剣の脅威

「わかっちゃいたが、強いぞ。リッチ。こいつは最強格のアンデッドだからな」


 中年の魔術師がかぶっていた三角帽子を直しながら言った。ゆるんでいた顔が気持ち引き締まっている。


 一方、冒険者らにそう警戒されるルドルフも、目の前にひとつの大きな脅威を感じていた。


 とにかくあの剣がヤバすぎる。


 聖騎士の持つ大剣。その刀身からあふれる聖気がさっきから骨身にビリビリ来ている。あれに切られたら滅びる。なぜかそう確信できた。アンデッドを殺すため特別に鍛えられた剣に違いない。あれこそが聖剣だ。そしてその聖剣を持つ彼らこそが、セラから聞いた「聖剣旅団」なのだろう。


 最悪は奥の手で逃げを打つ羽目になるかもしれない。


 聖剣の圧力は最強のアンデッドであるはずのリッチにもそんな覚悟をさせるほどだった。


 そのルドルフの手にはいつの間にか黒光りする長剣が握られている。彼が生前から愛用している黒銀の剣である。魔剣として強力な力を持つばかりでなく、魔術の発動を助ける杖としても優秀な能力を持っている。多少だが剣の覚えもあるルドルフにはうってつけの武器だ。


 戦いは聖騎士の突撃で始まった。ルドルフめがけて聖剣の重い一撃を繰り出す。魔術のシールドがその剣を弾く。先ほどの再演だ。同じタイミングで女剣士の双剣が横合いから殺到し、剣を持たない方の手をかざして防御したルドルフの指の骨をわずかに削る。わずかにでもリッチに傷をつけるとは、まあまあ上等な武器を持っているようだ。


「こちらからも行かせてもらうぞ。簡単に死んでくれるなよ」


 なにやら言葉選びを間違えて強者が弱者をもてあそぶかのような言い回しになってしまったが、死んでほしくないというのは本心である。


『ライトニングバースト』


 対するルドルフの手からバリバリバリッと雷撃が空を走り、冒険者たちをまとめて襲う。その雷撃には本来ならば巻き込んだものを昏倒させる威力を込めたはずだった。が、聖騎士の堅守の法術と女神官による守りの法術の防護に阻まれ、期待通りの効果は発揮されない。どうやら魔術師がレジストマジックの魔術も重ねている。三重の防御だ。


 聖騎士と女剣士の剣が閃き、ルドルフはシールドと身のこなしできれいにそれを防御する。ルドルフが魔術でパーティ全体に向けて炎や岩の雨を降らせ、パーティは法術や魔術でそれを凌ぐ。幾度かそんな攻防が続いた。


「くっ、硬い!」


「硬いね」


 聖騎士と女剣士がそんな声を上げる。


 ルドルフの方も同じ感想を抱いていた。並の冒険者ならば一撃で戦闘不能になってもおかしくない魔術を浴びせているというのに、相手はそれを連続で凌いでまったくの無傷という有様だ。その防御の堅さにはルドルフもない舌を巻いた。


「これならもう少し出力を上げても大丈夫そうだな」


 ルドルフは行使する魔術を中級魔術から上級魔術にシフトし、加えて多重詠唱によりその回転を上げる。質、量ともに段階の上がった魔術の猛攻は、冒険者らの防御を貫き傷を与え始めた。が、どうやら思ったよりダメージは少ない。しかもその傷も女神官の法術によってすぐに回復してしまう。


 そしてそんな魔術の嵐にひるむことなく、聖騎士と女剣士は攻撃を続ける。激しい攻防戦が続いた。


「詠唱が速い、のは当たり前にしても魔術をいくつも同時に使いやがる。あれはいったいどうなってやがるんだ」


 延々と続く攻防の中で魔術師が舌打ちした。


「体さばきも魔術師のものじゃない。こっちを間合いに入れないかと思えば、わざと隙を作って誘いこんでくる。与えた傷もすぐに消えてしまうし、えらく力も強くてやっかい。エナジードレインもあると思うとうかつに踏み込めない」


「シールドも絶妙のタイミングだ。そこは魔術師なら雑にシェルで守るところだろぉ?」


 女剣士が冷静に己の感想と分析を述べ、魔術師も称賛と不平の混ざった所見を口にした。


 多重詠唱はルドルフがリッチとなって獲得した能力だった。発声に物理的な声帯ではなく魔力を使う存在構造がそれを可能にしている。今のルドルフは同時に四つまで呪文を詠唱できる。シールドの魔術で聖剣を完封しつつ、ファイアバーストやストーンバーストの魔術で敵全体に向けて絶え間なく炎や岩を雨あられと飛ばし続ける。そんな人間の頃には不可能だったことも今のルドルフには造作もない。


 敵が魔術師なら、接近戦に持ち込んで多勢の手数で押すのがセオリーだ。リッチとはいえ、強力な呪文を唱える間を与えなければ、戦いを有利に進めることができるはず。おそらく彼らはそんな風に考えていたのだろう。だが敵は人間の魔術師ではないのだ。


 またリッチとなって格段に高まった膂力と、高位アンデッドとして備える再生能力も彼らにとっては想定外だったようだ。そしてどうやら戦いの勘でもルドルフの方が上を行っていた。こればかりは年の功というやつである。


 こうして戦ううちに冒険者らの戦力を分析したルドルフは、彼らを明確に格下と位置づけた。


 ルドルフの見立てでは才気は感じるが装備も実力もまだ未熟、言葉を選べば伸びしろのあるパーティとも言える。少なくとも現時点ではさほどの脅威ではない。


 単調な突撃を繰り返すだけの聖騎士。牽制がせいぜいの武器しか持たない女剣士。防御と回復で手いっぱいの女神官。連射式の小さな石弓で、蚊の刺したほどにも効かない攻撃を繰り返す盗賊。いずれもルドルフに打撃を与える存在ではなかった。


 ただ魔術師だけは少し怖い。この中では頭ひとつ抜けている。身体能力を高めるフィジカルエンチャントや魔術抵抗力を高めるレジストマジック、そうした補助魔術を効果の切れ間なく前衛にかけ続けているのは大した手際で、彼が一朝一夕の術者でないことを物語っていた。おそらくリッチにダメージを与えるに足る攻撃魔術も扱えるに違いない。


 しかしそれでもやはり怖いのは少しだけだ。攻撃魔術を使ってこないのは支援で手一杯だからだ。仮に今から支援を捨てて攻撃魔術を使ったとしても、一発や二発ではルドルフを倒すには足りない。


 そう高をくくりつつも、ルドルフが辟易としたのはやはりパーティの耐久力と持久力だった。最初は相手の即死を恐れて抑えていた魔術の火力も、今は手加減なしの全力のものとなっている。聖騎士と女神官という鉄壁に組み合わせに加え、魔術師までもが防御と支援に徹する超防御型のスタイル。それはジリ貧ではありながらも、今のところはルドルフの全力の魔術をなんとか凌いでいる。


 ルドルフにはその堅い守りの裏側にある彼らの狙いがわかっていた。ゆえに格下と位置づけても油断はしていない。


 戦い方から察するに、耐えて耐えて敵の隙を狙いすます、というのが彼らの戦略である。何しろどんなに絶望的な戦況も一撃でひっくり返す武器を、彼らは持っている。聖騎士の持つ聖剣。その刃をたった一撃でもアンデッドの体に届かせさえすれば彼らは勝つのだ。


 実力差のある格上相手に無謀と紙一重の戦い方ではあるが、おそらく彼らはこうした戦いを何度もしてきている。自分たちがほとんど一方的に削られているような必死の状況にもかかわらず、まったく折れる様子もなく坦々と戦い続けているのはそのためだろう。ルドルフはそう感じた。


 だがそんな耐久戦が長引くにつれ、ついに冒険者たちにもどうしようもない消耗の色が濃くなってきた。動きが徐々に精彩を欠き始める。女神官の法術で癒していた傷も癒しきれず、装備もすでにボロボロ。全員が満身創痍である。魔術師も自前の魔力を切らし、先ほどから魔石の魔力でそれを補っている。対するルドルフの魔力はまだまだ尽きることはない。


「あれだけ魔術を使わせたのに魔力が切れる気配がまるでない。こいつはやばいかもなぁ」


 魔術師が頭から血を流しながらもどこか他人事のように言った。かぶっていた帽子もどこかへ行っている。当の魔術師がもしセンスマジックで魔力の流れを見ていれば、この場所には地脈が流れており、そこからリッチに無限の魔力が流れ込んでいるのがわかっただろう。実のところルドルフの余裕にはそういう種もあった。ここは彼にとって圧倒的に有利なホームなのだ。


 このまま戦いが続けば遠からずルドルフが勝利する。それが今や双方にとって確信となり始めたところでルドルフは告げた。


「そろそろ諦めてくれないか? 先ほども言った通り、お前たちの命を奪うつもりはないのだ。私は戦いを好まない。二度とここには来ないと約束して黙って帰ってくれればいい」


「黙れ! 我が使命を思えば貴様のごとき一介のリッチに屈するわけにはいかない。貴様はここで倒す!」


 だが聖騎士はそういい放つや否や、再び猛然と突進してきた。ひときわ気迫のこもった決死の突撃だ。女剣士はすでに息が上がってろくに動けない。


「やれやれ、潮時という言葉を知らないのかね」


 ルドルフはこれまでと同じ作業を続けるかのようにシールドを展開する。が、なんとそれは聖剣を受け止めることなくかき消えてしまった。


「ッ!」


 ルドルフの眼窩の炎が驚愕に燃えた。


「何度も同じ動きを見せすぎだぜ、旦那ぁ」


 魔術師が青息吐息ながらも勝ち誇った声をあげる。狙いすました絶妙のタイミングで極めて効果的な魔術を行使したのだ。


 上級魔術ブレイクスペル。さすがのルドルフもこれは予期していなかった。魔術を破壊する魔術。上級魔術を使えるかもしれない、と一応警戒はしていたが、ここで攻撃魔術ではなくブレイクスペルが来るとは! 


 聖剣の一撃が防御の術を失ったルドルフに迫る。


 決まった、と誰もが思った。


 しかしルドルフは間一髪、手にしていた黒銀の剣で聖剣を受け止めていた。剣と剣の鍔迫り合いとなる。


 魔術師の舌打ちが聞こえたが、今のルドルフにその顔を確認する暇はない。眼窩の緑の炎がいつになく大きく燃え盛っていた。すぐ目の前に迫る聖剣に怖気を振るいつつ、全神経を集中させる。神々しい聖気を発するその剣は、アンデッドにとっては醜悪な不吉の刃だ。滅びがまさしくすぐそこにある。


 ルドルフはこの聖騎士の脅威度を見誤っていたことを悟った。


 満身創痍にも関わらず、この男だけはその動きを鈍らせることなく、目は力強い輝きを失っていない。魔術師の奇策はなんとか凌いだ。だがこの男は、この期に及んでまるで止まる気配がない。聖剣をこの男が握る限り、その刃はいつか我が身に届く。そう確信した。


 これ以上、この戦いを長引かせてはいけない。今すぐにも終わらせなければ。今すぐにも己を脅かす元凶を排除しなければ。相手の命を慮っている場合ではない。


 本能的な恐怖にも駆られてそう決意したルドルフは、ひとつの呪文を唱えた。


 それはたった一節の短い呪文の詠唱である。その魔術が発動した瞬間、勝負は決着していた。


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