第六話 静かなる怒り
新しく現れた五人組の顔ぶれは聖騎士、女神官、女剣士、盗賊、魔術師。みな若く目が光にあふれている。例外として魔術師だけが無精髭の中年でややくたびれた顔をしていた。
疾風の団が地上に出てから救援を呼んで来たにしては早すぎる。おそらく彼らは撤退する途中の疾風の団と会い、リッチが出現したという話を聞いた上でここまでやってきたのだ。
「ここです。ほら、そこにリッチの野郎と哀れなうちのセラの亡骸が……」
その疾風の団の戦士、ケビンの指さした方向にはたたずむ骸骨。そしてその傍らで短い杖を構えている少女の姿があった。
「へ?」
元気なセラの姿を目にして、ケビンは間抜けな声をあげた。
「少女がまだ生きているぞ!」
聖騎士はそう言い放つや、素早く行動を起こした。聖なる光を帯びた大剣を構えてリッチに向かって突進する。細身の女剣士は双剣を抜いて横から回り込み、挟撃の態勢を取る。どっしりとした女神官が聖印を掲げて法術を展開すると、聖騎士と女剣士の体が薄い光の幕に包まれた。守りの法術である。
重厚な鎧を着ているとは思えないような速さで目標まで肉薄した聖騎士が大剣を振り下ろす。
キンッと鋭い金属音が響いた。
剣はルドルフの体に達することなく、突然目の前に現れた何かに弾き返されていた。聖騎士とルドルフの間に半透明でうっすら緑色に輝く盾が浮かんでいる。それは巨漢のルドルフの体を隠すほどに巨大な盾だ。シールドの魔術である。
一瞬の出来事に疾風の団の面々は何が起きているのかわからない顔。セラも同じ顔をしていたが、その刹那に横からルドルフに切りかかろうとする女剣士を見て、慌ててその前に飛び出した。
「待って! このリッチさんは私を助けてくれたんです!」
セラが叫んだその言葉に五人組の冒険者たちは戸惑い、いったんルドルフたちから距離を取った。
「これはどういうことだ? 彼女はリッチに殺されたと言っていなかったか?」
「いや、それは……」
大剣を構えたまま困惑する聖騎士の問いにケビンが口ごもる。そのケビンも同じように困惑している。この状況がまったくわからないに違いない。だがまずい状況だとは思っているのだろう。顔を汗だらけにして弁解じみた口調で言う。
「そ、そう。殺されたと思ったんですよ。ひどい怪我をさせられて……俺らだって殺される寸前で命からがら逃げ出したんだ。気が動転して見間違えることだって……」
「違います! リッチさんは誰も殺そうなんてしていません! 私の怪我だってケビンさんが……」
しどろもどろのケビンの言い分を、セラがか細い声を張り上げて遮った。
「お前はこれ以上しゃべるんじゃねぇ! ぐずが!」
しかしケビンの怒号がセラの言葉をさらに上から遮った。すさまじい剣幕に、その場にいたほぼ全員が呆気にとられる。
「そうか。お前そのリッチとぐるだったんだな。俺たちはハメられた! こいつが俺をハメたんだ! 長い間見つからなかった隠し部屋が見つかったのも、セラ、お前の陰謀だ。俺たちをそのリッチの生け贄にするつもりだったんだろう!」
大声で支離滅裂なことをまくしたてられてセラは委縮し混乱し、その場で固まってしまった。
「じゃなかったら生きてるはずもねえ! あんなに面倒を見てやった俺をハメた上に、バレたら今度は俺を貶めようなんざ、どんだけ面の皮が厚いんだ。絶対に許せねえ! そんな理屈はどうあったって通らねえぞ!」
そんな手前勝手な理屈で激高したケビンが、抜き身の小剣を手にセラに躍りかかった。満身に殺意が満ちている。先ほどの言葉はセラにこれ以上しゃべらせないための苦し紛れのでたらめであったが、その刃は根本的な問題解決のためのものだった。口封じさえしてしまえば、あとからいくらでも取り繕える、というわけだ。
だが今度はルドルフがセラの前に立ちはだかり、ケビンの刃をその体で受け止めた。特別製のローブがその刃を弾いたが、もちろんまともに食らったとしてもただの小剣がリッチを傷つけることはできない。ルドルフはつかんだケビンの手首を捻り、高く上に持ち上げる。大人のケビンがすっかり吊り上げられ、その足が地面を探してもがいた。
「聞くに堪えんな。黙るのはお前だ」
さすがのルドルフもケビンの勝手な言い分にうんざりしていた。静かな怒りが緑の炎となって目の中に燃えている。間近でその目を見つめるケビンの顔が恐怖に染まる。
「いやだっ。助けてくれっ」
その言葉を無視してルドルフが少し腕に力を籠めると、ケビンの体は見る見るうちに生気を失い干からびていった。やがてカラカラになった手首からちぎれて落ちると、その体はまるで枯草のように乾いた音を立てて崩れた。
リッチは生物に触れるだけで、その生命力を奪うと同時に自らの魔力に還元することができる。エナジードレインの能力である。生命力をすべて奪われたものがどうなるかは見ての通りだ。
これが決定的な決裂のきっかけとなった。
五人の冒険者たちは再び険しい顔となり戦闘態勢を取る。ルドルフも地を蹴って大きく宙を舞い、セラのいる場所から遠ざかって戦いに備えた。
「私としては争わずに済めばそれが何よりだと考えているのだが……」
「邪悪なるアンデッドと対話する口を、我々神殿に連なる者は持ち合わせてはいない。ここで滅びろ、リッチ!」
ルドルフの最後の提案を、聖騎士は敵意に満ちた言葉でばっさりと切り捨てた。
ケビンを殺してしまったのは悪手だったか?
敵対が避けられない流れになってしまったことでルドルフは少し振り返って考えた。しかしあれを生かしたままではセラがあとでどうなるか。それは想像するだに面白くない。もう一度やり直す機会が与えられたとしても、ルドルフはやはりケビンは塵に変えるだろう。
とにかくここは一戦交えるほかなさそうだ。勝てるかどうかは未知数だが、あそこまで罵られてこのまま逃げるのも癪に障る。
戦いを決意したルドルフは、今まで身の内に抑えていた瘴気を湧きあがるままに解き放った。彼の身の周りに深い闇のような負のオーラがぶわっと広がる。冒険者たちが何事かを言い交わし、目に見えて緊張と警戒が強まった。