第五十三話 不死の神子をよろしく
操っていたドゥームメイジらが敵の兵士たちもろともに塵と消えたのを見届けつつ、ルドルフはひとりごちた。
「無茶な戦い方をする」
それはサイラスたちの戦いを見守っていた彼の正直な感想である。かつて自分に挑んで来た時もそうだったが、格上や多勢相手に無謀と紙一重の戦いをしているように見える。
中でもあの宿将はアリアナや昨年遭遇したダークエルフのような格の違う強者の気配を漂わせていた。普通に戦えば一人でもサイラスたちをまとめて屠っただろう。
とはいえ、結果は見ての通りだった。恐るべきは聖剣の力、そしてそれを振るう聖剣の神子の決まり切った覚悟である。
その組み合わせには、したり顔で戦いぶりを批評し値踏みするリッチを黙らせる力があった。むしろ伝説級の化け物にその刃を届かせるには、無茶なくらいがちょうどいいのかもしれない、とすら思わせるほどだ。
勝利を手にしたエレノアは「リッチの助けなどなくても」と得意顔だったが、敵陣を崩した赤い骸骨たちがルドルフの支配下にあったことを知ってその顔は引きつった。
ずっと格下のアンデッドならば味方に付けるのは容易い。ルドルフは死霊魔術、ドミネイトアンデッドの魔術によってあれらを支配し下僕としていたのだ。
エレノアとは違い、サイラスやザイオンは笑顔で礼を言った。
「いやぁ、旦那がそばにいる安心感ときたら。いっそいつもうちらといっしょにいて欲しいなぁ」
そんな軽口を言うザイオンをエレノアは物凄い目つきで睨んだ。
北側の戦いもほぼ時を同じくして決着している。
「こいつらはいったいなんだったんだ?」
「死霊国の手勢だろう。おそらく、いや、間違いなく私を狙ってきたのだろうな」
動かなくなった死体を見下ろしながらベルタが疑問を口にすると、サイラスがそれに答えた。サイラスもまたエルフから万一の警告を受け取っていたらしい。
「八宿将の一人レーゼカイン。彼を倒せたというのはまさかの戦果だ」
サイラスの口調には強敵を倒した高揚に混ざって、どこか相手に対する敬意のようなものも感じられた。
八宿将というのはかつてのウルムト王国、現在の死霊国における知勇に優れた将たちの呼び名である。名前の通りに八人の宿将がいたといわれ、彼らはアンデッドとなった後も自らの王に忠誠を尽くしている。遅かれ早かれ戦う相手だったと思えば、確かにここでその戦力の一角を撃破できたのは僥倖である。
一同がその戦果に沸く中、ルドルフはレーゼカインがサイラスを「アレなんとか殿下」と呼んだ言葉が気になっていた。正味の意味は判じかねる。
しかし下手に問えば「秘密を知ったものを生かしてはおけない」などと聖剣を突き付けられるやもしれぬ。結局聞かなかったことにして黙っていることとした。知らない方がいいことも世の中には数多くある。
「知らぬ間にこちらの事情に巻き込んでしまってすまないな。速やかに敵を察知してくれて助かった」
「かまわないさ。そんな大物を倒せたなら何よりだ」
サイラスがいくらか申し訳なさそうに謝り礼を言うと、ベルタは屈託のない笑顔で返した。
セラたちが戦った北側には多数の兵士の死体が、聖剣が猛威を振るった南側では青いウルムトの国章をあしらった装備だけが転がって残されている。戦闘中は空気だったルインが元気に戦利品を集めて回っていたが、サイラスが「それらはここに埋めていってやりたい」と言うので泣く泣く諦めていた。宿将の持っていた剣などはかなりの業物のようだったので、これはルドルフも実際ちょっと惜しい。
エレノアが法術で清めるとアンデッドだったすべての死体は灰となった。その灰と残された装備を道端に埋めていく。穴を掘って埋めるのはラエルとシャーロットが地の精霊に頼んであっさりとやってくれたので大して時間はかからなかった。
道行きを再開した一行は遅れを取り戻さんとやや足早に歩き始める。そして徐々に細く険しくなってくる山道にもめげずに進むと、どうにかその日のうちに目的地のセレト村にたどり着くことができた。
その村は不穏な空気に包まれていた。まるで活気のない不気味な静けさ。そろそろ夕暮れが近いというのに、炊事の煙の立ち上る家はわずかである。一行が村の入り口から一歩足を踏み入れると、それを待ちかねていたかのように、村長とおぼしき老人をはじめとした大勢の男たちが集まってきた。
「ああ、よかった。冒険者の方々!」
まるで救いの主にすがるような目だ。どうやら先ほど倒してきたアンデッドの兵士たちが村の近くで目撃されていて、その数の多さに村人たちは怯えて過ごしていたのだという。
その場でサイラスが己の身分を明かして自己紹介をする。そしてすでにアンデッドたちは退治したと語ると、さすが噂に聞く聖剣の神子だとにわかに歓声が上がった。これでもう大丈夫だとそこかしこから安堵の声が聞こえる。残念ながら不死の神子の名前はこの僻地の村にはまだ伝わっていないようだ。
ルドルフは認識阻害の仮面をかぶり、村の誰にもリッチとは気がつかれないままその話をすぐ近くで聞いていた。掃討すべきアンデッドと間違われないようにするための配慮である。
「念のため明日からしばらくはこの村の周りを見て回るとしよう。アンデッド掃討の決まりでもあるからね」
サイラスのそのひと言で今日はひとまず解散となった。
セレトは小さな村ゆえに宿などはなく、一同は村人の家に別れて泊まることになっていた。その費用は神殿やギルドから出ているはずであったが、どうにも食べ物がなさそうだ、とルドルフは気がついた。
アンデッドの影におびえて過ごしている間、村では春だというのに山菜採りにも狩りにもろくに行けず、食べ物に困る日々が続いていたのだ。村人たちは総じて痩せ細っていてどこか元気がない。
それでも食事に関しては村長から何も言われていないので、おそらくなんとか捻出してくれる気ではあるのだろうが、こちらとしても無理に出してくれたような貧しい食事では力が出ない。
アリアナからはやりすぎない程度にいつも人気取りはしておけと言われている。わかりやすく飢えている人々がいるならばそれは恰好のチャンスである。
「セラ、一仕事するぞ。我々が割と得意な仕事だ」
「なにをするんですか?」
仮面のルドルフはセラをともなって村長のもとに出向くと、いつの間にか担いでいた大きな麻袋をいくつかどさっと置いた。その横でバルドがまるで風呂釜に使えそうな大鍋を頭の上で逆さにかかげている。
「すまないが、みなが集まれる広場に料理の手伝いを集めてくれないだろうか。一宿の恩として村人たちに食事をふるまいたい。これは不死の神子の意向である」
ルドルフのその言葉に村長はたいそう恐縮しつつも、麻袋の中からあふれて転がり落ちた芋や人参を見て、一も二もなく広場に村の女性連を集めた。
それからルドルフは集まった女たちに手伝ってもらって大量の芋や人参の皮をむき、根菜を主としたごった煮を作り始めた。羽をむしってさばいた鶏を何羽か、また水で戻した干しキノコなども適当に大鍋にぶち込む。
これらの食材および大鍋は転移してついさっき買ってきたものだ。新鮮な食材、加えてそれを煮込む大鍋が徒歩でやってきた冒険者の荷物の中から出てきたのを不思議に思う者も多かったが、誰かが神子のすることだからと言うと深くは考えず納得したようであった。
やがて春の夕暮れのひんやりとした空気がただよい、辺りは黄昏の薄明に包まれた。
村の広場はセラが魔術で浮かべたいくつもの光球によって明るく照らされ、多くの人々が楽しげに語らい鍋が煮えるのを待っている。
湯気をもうもうと立てて煮える大鍋は、岩で念入りに組んだ即席のかまどの上に据え付けられていて、その横には村人たちが持ち寄った薪が使いきれないほどに積まれている。今やルドルフが何を言わずとも女たちは率先して鍋をかき混ぜ、笑いとともに火の面倒を見ている。
鍋と焚火の香ばしいにおいが広場中に広がった。
「なんだかお祭りみたいだ!」
ラエルが笑顔ではしゃいだ。セラはこれからまた村人たち相手にひと仕事あるので少し緊張している。
しばらくして出来上がったごった煮をセラとバルドが鍋からよそい、食器を持って並んだ村人たちに順番に振舞っていった。
「これなるは不死の神子。聖剣の神子とともにこの地を救うためにやってきたものだ。聖剣がアンデッドを討つものなら、我々はあなた方の命を死から守るものだ」
ルドルフが鍋の横で即興で考えた適当な口上を述べた。やや気恥ずかしいが宣伝活動に照れは禁物だ。
ひもじい思いをしていた村人たちは振舞われた食事を食べながら口々に礼を言い「神子様がもう一人いらっしゃったとは」「不死の神子とは初めて聞いた。ありがたいお名前じゃ」「こいつは塩気が効いててなんともうまい」と感激していた。
同じ広場でザイオンとリズもご相伴にあずかりながら、ダンジョンのキャンプで食事をふるまってもらったことを思い出しながら会話している。
「なんか懐かしい光景だなぁ」
「うちらも焚き出しをすればもっと名声が高まるかもしれない。しかしあの食材はいつもどこから出しているんだろう」
「転移魔術で運んで来てるんだろう。いいなぁ転移魔術」
「ザイオンも早く覚えて」
「簡単に言うねぇ。習得するのめちゃくそ大変なんだよ。それにまあ仮に覚えたとしたらおじさんは冒険者なんかやめてどこかの貴族のお抱えにでもなるかな」
エレノアはいけ好かないリッチの所業ということで食べるのを躊躇していたが、その視線は鍋に釘付けとなっている。ルドルフが旅の間に観察した限りでは、彼女は太い体でよく動いてよく働くが、その分よく食べる。
そんなエレノアのもとにサイラスがやってきて、両手に持った椀の片方を差し出した。椀からは暖かい湯気とともに食欲をくすぐる香りが立ち上っている。それは空腹のエレノアに激しい葛藤をもたらした。
「我々もありがたくいただこうじゃないか」
「……いえ、私はけっこうです」
「村の方たちがせっかく作ってくれたものを食べないのは失礼だぞ?」
「村の…………! そうですね。これは村人たちの厚意ですから感謝していただきましょう」
そうしてエレノアが椀を受け取り食べ始めたのを見て、ルインもほっとしたようにごった煮を口に運んでいる。エレノアとしては納得のいく線引きができたので心置きなく食べ、すまし顔で何杯もおかわりしていた。
その翌日以降も炊き出しは続き、この村における不死の神子の人気は不動のものとなっていった。人の信頼を得るのに食べ物を使うのはシンプルだが効果的な手段だとルドルフは熟知していた。
それから三日。
セラとサイラスは手分けして村の周辺の森や山を見て回ったが、ほかにアンデッドの影はなく、一行はそのまま帰路につくこととなった。




