第五十二話 宿将レーゼカイン
サイラスたちが南の兵士たちを全滅させて戻ったのと、北東からさらなる増援の一隊が現れたのとはほぼ同時だった。
北の一隊を相手取っているセラたちとその増援との間を阻むようにサイラスが立ち塞がる。
増援の先頭にはひときわ立派な鎧兜を身に着けた、将と思しき風体のアンデッドがいた。その兵士たちの格好も今まで倒してきた兵士たちに比べて威容を誇っている。どうやら選りすぐりの精鋭部隊といったところだろうか。数は五十を下らない。
「なぜこんなところで戦いになっている。いったい誰が先走ったのだ」
将が半ば呆れ、半ば忌々し気に言った。相手はこちらのでたらめな索敵能力を知らないので、味方の誰かが作戦を違えたと勘違いしている。
「……敵の数が聞いていたのと違うな。まあいい」
しかしうろたえてはいない。泰然とした様でサイラスに対峙すると堂々と名乗りを上げた。
「我はウルムトが八宿将の一人レーゼカイン。貴様が聖剣の神子だな」
サイラスは息を整えて顔を大きく上げた。
「いかにもだ。私は聖剣の神子サイラス」
サイラスの顔を見たレーゼカインの顔に驚きの表情が閃く。
「アレクシス……殿下? まさか」
サイラスはその言葉に何の反応も見せない。わずかの間、唖然としていたレーゼカインは軽く首を振ると鋭い目つきとなった。
「ふん、神殿の走狗め。不遜にも我が王を討つと吹聴するその不敬は許しがたい。とりあえず貴様には見せしめとしてここで死んでもらう。死体となって王の御前まで詫びに参るがよい」
剣を掲げたレーゼカインから伝わってくる無形の圧力がサイラスたちを打つ。周囲の兵たちより大柄な体がさらに大きくなったように見えた。
そのレーゼカインの動作に配下も速やかに反応した。兵士たちはサイラスの前を塞ぐようにレーゼカインの前で陣を組む。
ひとり突出するサイラスの隣に、双剣を携えたリズが援護にやってきた。
「いったん結界の中に下がろう。相手の数が多すぎる」
「いいや、どこかにまだ敵の増援がいるかもわからない。このまま統率の取れた兵に数で押されれば楽観はできない。手の届く場所に将が出てきたならむしろ今が勝負を決める好機」
目の前にいる宿将は尋常ならざる強敵に違いない。だがアンデッドならば勝ち目はあるとばかりにサイラスは聖剣を構え直した。
そのサイラスの言葉を聞いたリズは思わず後方に控えるザイオンの顔をちらと見た。リズの視線を受けたザイオンもうなずく。リーダーだけでなく参謀もそう判断するなら彼女もそれに従うだけだ。
「今度は判断ミスでないことを祈るね」
その間にエレノアの法術がサイラスの傷を癒している。あちこちに傷を負っているがどうやら深い傷はない。さすがに衣服や鎧のぼろまでは繕えないが、体の傷はすべてふさがった。
「行くぞ、ここでこの宿将を倒す!」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、レーゼカインと精鋭兵たちの左右と後方に赤い骸骨、ドゥームメイジがふらりと現れた。
「やはりまだ新手が出てくるか」
苦い口調でサイラスが表情を険しくした時、三体のドゥームメイジから揃って魔術が放たれた。岩をまき散らすストーンバースト。しかしその魔術はサイラスたちに向けられたものではなかった。無数の岩礫が降り注いだのはアンデッドの側にである。思わぬ方向からの攻撃が兵士たちを混乱させる。
「馬鹿な! 何をやっているのだ!」
自らもその岩礫を受けたレーゼカインが叫んだ。味方のはずのドゥームメイジはその呼びかけに答えず、すでに次の呪文を詠唱している。再び放たれたこぶし大の岩礫の雨が兵士たちを打ち据える。精鋭のアンデッドたちにとって中級魔術のストーンバーストは大きなダメージを与えるものではない。が、さすがにこの調子で魔術を浴び続ければ堪える。
「くそっ、その乱心者どもをまず黙らせろ」
レーゼカインの命を受けた兵士たちはドゥームメイジに殺到し、それぞれ槍衾で吊し上げる。
サイラスたちはその隙を逃さなかった。
「ザイオン!」
『エクスプロージョン』
声をかけられるより前に詠唱を始めていたザイオンの魔術がレーゼカインを中心として爆炎を巻き起こす。
「おいおい、かてえな」
ザイオンがぼやいた。晴れる煙の中でレーゼカイン並びに側近の兵士たちは健在。だがその魔術は兵士たちの混乱に拍車をかけることには成果を発揮していた。
今やレーゼカインとの間に細いが道ができている。
サイラスは聖剣を振りかぶり、わき目も降らずにその道をこじ開けて突撃する。その姿を認めたレーゼカインは剣を真向に構えて迎え撃つ姿勢を取った。恐れるものなど何もないかのように大胆に踏み込むサイラス。たちまち近づく両者。剣と剣が交差しぶつかる激しい音が響きわたる。
次の瞬間、サイラスは大きく跳ね返されて宙を舞い、元いた場所まで飛ばされ転がっていた。リズが仰向けに倒れたサイラスの前に出てカバーする。
レーゼカインは剣を振りぬいた姿勢のまま動きを止めていた。膝をついて立ち上がろうとするサイラスを遠く眺め、呆然自失としてつぶやく。
「ありえぬ……」
そのひと言を最後に、宿将レーゼカインの体は塵と崩れ、握っていた剣と身に着けていた鎧が地に落ちた。
レーゼカインはサイラスの一撃を余裕で受けきり跳ね返したかのように見えた。しかし聖剣の切っ先は受け太刀した彼の頬をわずかに切り裂いていた。サイラスの決死の踏み込みを、さすがの宿将も無傷でいなすことはできなかったのだ。
「まだ気は抜けない」
「ああ」
リズが言い、サイラスが応えた。サイラスはすでに立ち上がって聖剣を構え直している。
とはいえ、すでに大勢は決していた。混乱の中で将を失って士気の下がった兵たちは、聖剣の力の前になすすべもなく次々と消滅していった。




