第五話 少女の才気
さてこれからどうするか。
現在の状況ばかりでなく、この場所が知られたことを含めルドルフは思案を巡らす。
正直なところ、知る者がないままにするのがベストではあった。ケビンたち疾風の団の実力を見た時、この程度の冒険者なら軽く皆殺しにして何もなかったことにできるな、と物騒な発想が頭をよぎったのも事実である。
とはいえ、それを軽々しく実行に移すほど、ルドルフは殺伐とした価値観の持ち主でもなかった。暴力を否定する平和主義者というわけでもないが、生前は中庸に法を守って大人しく生きてきた魔術師だったのだ。
よってルドルフとしては対話による平和的な共存を第一の選択肢としたかった。互いに仲良く交流するとまではいかなくても不可侵を約束できればよい。
しかし先ほどの疾風の団とやらの反応を見ると、やはりリッチというだけで攻撃の対象になってしまう公算も高いとわかった。
であれば、こちらの力を見せつけた上で不可侵の関係を築くというのが次善の展開だろうか。その場合はどこまでやればいいだろうか? 勝ち過ぎれば相手も後に引けなくなるかもしれない。ほどほどに勝つのがベターだろう。もちろんそれはこちらが負けないという前提の話ではあるのだが。
判断をもっとも安全側に倒すなら、この場所を捨てて新しい住処を探すという選択肢が無難であったが、この部屋には地脈が通っている。膨大な自然のエネルギーの流れる地脈から潤沢な魔力を拝借できる貴重なスポットだ。易々と捨てるのはさすがに惜しかった。相手の実力は未知数だが、最悪でも逃げを打つくらいの備えはある。少なくともタダでこの場を明け渡すのはないだろう。
次はもう少し話せる相手が来てくれればいいんだが……あるいは入口をもう一度塞いで二度と破れないほどに補強すればやっぱりなかったことにできないかな? ルドルフの考えがそんな風に錯綜しはじめたところ、
「あの……すみません、質問してもいいでしょうか?」
と、セラが控え目な調子で話しかけてきた。相変わらずの上目遣いだ。
セラの質問というのは、教本にある呪文の細かい意味についてだった。ルドルフはその質問に、ほう、と少し感心した。
魔術の呪文というものは、正確に唱えて教科書通りに魔力を込めることができれば、それで術式が展開し効果を発現する。そのため呪文の意味など気にせず、ずっとお手本の物真似で唱える魔術師も少なくない。だが呪文の意味が理解できれば色々と応用が利くようになるし、自分なりの工夫を編み出すこともできる。魔術師として高みに登れるか否かの境目はそこにある、とルドルフは常々考えていた。
「これは最初の一語が術式の基底部分を形成する鍵になる。なのでこのタイミングで魔力を思い切り込めることでしっかりとした土台ができ、そこからの展開が──」
これをきっかけにルドルフからセラへの、簡単な魔術の手ほどきが始まった。ルドルフの見立て通りセラは筋が良い。魔術の呪文の一節一節にこめられた役割や意味を説明してやると、要領よくそれを自分の言葉にして理解していく。
「ということは……ここをこうすれば……ちょっと実際に試してみてもいいですか?」
かつ魔術のこととなると、今までおっかなびっくりだった娘と同じは思えないほどの積極性を見せた。
ルドルフが地属性の魔術で岩を組み上げて的を用意してやり、それに向かってエナジーショットを放つ。だが実践となるとさすがにすぐにうまくはいかないようだ。以前とあまり変わらない手応えに、セラは納得できないような顔つきをしている。
「魔術は呪文を覚えただけで終わりではないからな。そこからは使いながら精度を高めていくしかない」
セラは真面目な様子でその言葉にうなずくと、さらに続けてエナジーショットを撃っていく。その回数が十発を超えても疲れた様子がないのを見てルドルフは思った。
あれ、子供にしてはだいぶ魔力量があるようだな?
初級の魔術師がこの短い間に魔術を連発すれば、普通はもう疲れ果てているはずなのだが。
ただし繰り返し試行錯誤している割に威力自体はあまり変わっていない。セラの懸命さにほだされてルドルフは少し骨を折ってやる気になった。
「どれ、少しお手本を見せてやろうか」
ルドルフが初級のエナジーショットの呪文を最大威力に設定して唱える。本来はこの程度の魔術ならば、彼はほとんど一瞬で唱えることができるが、セラに見せるためあえて高度な高速化の工夫はなしで、基本に忠実にゆっくりと呪文を唱えた。唱え終わるとともに鋭いエナジーショットが飛ぶ。セラのエナジーショットを何発受けてもわずかに削れるだけだった岩の的が大きく砕けて散った。
同じ初級の同じエナジーショットでも、熟練度によってここまで威力が変わるのだ。
「どうかな? 参考になったかな」
「はいっ、ありがとうございます」
セラはそう言うとルドルフの示したお手本をなぞるように呪文を唱え、魔力をこめる。そして次の刹那、ルドルフのものと比べて遜色ないエナジーショットが新しい岩の的を粉砕していた。
「こうですか!? 今度は思った通りにできました!」
お手本ひとつでこの変わりようか、と驚きつつも、喜ぶセラにつられてルドルフもうれしくなってきた。
「すごいぞ! これは我が弟子にしたいくらいの腕前だ」
「弟子……」
「いやいや、冗談だ。真剣に取るな」
自分の軽口をセラが真剣に取った気がして、ルドルフは慌てて否定した。目をキラキラさせないでほしい。
そのあと、さらに軌道のコントロールや、威力の調節についてもお手本を交えて教えていく。
指導ひとつでぐいぐい進んでいく生徒にルドルフも教えるのが楽しくなり、その日のみならず翌日もセラの指導に終始した。セラも他人から魔術を教わることは初めてだと喜び、貴重な機会として真剣に取り組んだ。その結果、ルドルフの教える魔術のセオリーを真綿が水を吸うように吸収したセラは、ほんの一両日中に初級魔術のシールドとセンスマジックの呪文も新たに覚え、駆け出しの域を超えて使いこなすまでになっていった。
この娘はどうやら普通じゃない。
この調子で学んだらいったいどこまで行ってしまうのか、ルドルフがワクワクしつつも空恐ろしくなってきた三日目のことだった。
当初の予定だった五日を待たずに状況は変わった。逃げた疾風の団の三人が戻ってきたのである。ほかに五人の冒険者たちを連れて。