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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第二章 聖剣の神子
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第四十話 最弱リッチの助言

 サイラスは不意を打たれたような顔になったが、すぐに改まって背筋を伸ばし、真摯に頭を下げた。


「重ねてお詫びする。不愉快な思いをさせてしまい申し訳なかった。十分に話し合って納得してもらったと思っていたがまだ不足だったようだ。彼女とは改めて話し合うことにするよ。正直なところを言えば私自身、あなたとこうして席を同じくすることに葛藤があるのも事実だ。が、それは大事の前の小事であると考えている。我が使命を果たすため、今後は神子としてあなた方とはわだかまりのない協力関係でありたい」


 続けてややばつの悪そうな微笑を浮かべて言った。


「これだけでは足りないかな。お詫びとしてあなたの疑問に答えよう。先日の恥ずかしいあれは私が聖剣の力を得たための代償なのだ。剣を身に着けていなくては心の平衡を保てなくなる」


 それからサイラスはいたずらっぽくも爽やかに笑うと腰に刺した予備の小剣をポンと叩いた。先日はなかったものだ。


「剣であれば聖剣でなくてもかまわないのだけどね」


 あの日は逃げる途中で剣を落としたと言うならず者に、その予備を貸し出していたらしい。


 あっさりと己の弱点をさらしたサイラスにルドルフは毒気を抜かれた。


「こちらこそ意趣返しのようにつまらないことを言ってすまなかった。非礼を詫びさせてくれ」


 素直に謝罪する。サイラスの直截な言葉を信頼することにしたのだ。張り詰めていた場の雰囲気が和らいだ。


 エレノアは相変わらず不服そうな顔をしていたが、それ以上は何も言わなかった。まだ蒸し返すようならかえってサイラスの顔を潰すことになる。それくらいはわきまえているようだ。


 それからルドルフはフローに頼まれた通り、聖剣旅団との戦いの中で見えたその評価を口にした。


 リッチキングと同じリッチとしてと言われると、まずアンデッドから見たその聖剣の評価を語らねばなるまい。


 現在フローの傍らに置かれているそれは、聖剣の神子が手にした時、アンデッドにとって非常におぞましい本性を現す。その刃に貫かれれば確実に消滅することが一目で確信できる。今も聖剣の神子がその柄に手をかければ、ルドルフはたちまち落ち着かない衝動に支配されるだろう。一滴触れるだけで即死する劇毒の塗られた刃が目の前に付きつけられている。そんな心持ちとなるに違いない。


 ただ逆に言えば聖剣の脅威はアンデッドには一目瞭然で、隠すことができない。ゆえに聖剣だけを防げばいい、という状況ならば対抗するのは容易い。それが先日のルドルフと聖剣旅団との戦いにおける理屈である。


 聖剣をより活かすためには、それ以外の戦力を底上げする必要がある。相手が聖剣に気を取られすぎるようなら、その隙を突いて勝負を決めてしまえるくらいの手札を持つのが理想といえよう。


 なお同じリッチとはいうが、ルドルフとリッチキングでは比べることすらおこがましい。それこそまさに平民と王くらいの戦力の開きがある。個としての戦力差だけではなく、向こうには領地と臣民たる無数のアンデッドたちもついているのだ。


 ルドルフは自分がリッチとしては間違いなく最弱の部類であるとを彼らに伝えた。


 聖剣旅団はそれに勝てないくらいなのだから、今のままではリッチキングに挑むなどまったくの自殺行為である。ただ各自まだ伸びしろは大きいように感じる。すべては今後の努力次第であろう。


「こんなところだろうか。あえて辛辣にまとめれば現時点では聖剣以外は何も怖くないし、聖剣も当たらなければどうということはない、といったところだ」


 ルドルフはそう言って話を締めた。


「ありがとうございました。続けて恐縮ですが個々人について何かありませんか?」


 話を終わらせたつもりだったが、フローが礼とともにそんなことを言うので、ルドルフは少し首を捻ってさらに考えた。


 ややあって口を開く。


「聖騎士殿は聖剣を扱えるだけで対アンデッドにおいては無類の戦力だ。とはいえもっと技量を磨く余地はあるだろう。攻撃がやや直線的に過ぎて単調なのは気になる」


 そこまで言ってルドルフはその単調さを侮ってピンチになったことを思い出した。


「いや、もしやそう思わせるのが策だったのかな。相手に単調さを印象付けてからのブレイクスペル。あの時だけは正直肝を冷やした」


 あの時は同じように繰り返される攻撃を、同じように魔術のシールドで防ごうとして、最後の最後に魔術師のブレイクスペルで魔術をかき消されたのだった。ルドルフが剣で防がなければ、あそこで聖剣はリッチの体に届いていただろう。


 サイラスを苦笑とともに返した。


「いや、買い被ってもらってすまないがあれはザイオンのアドリブだ。技量不足との苦言、しかと肝に銘じよう」


 ルドルフはそれから剣士と盗賊には立ち回りへのコメントを添えた上で技量不足もそうだが武器が弱すぎると、魔術師には同業としてその実力を評価しつつも「支援と防御に徹するのもいいが、せっかく使える強力な攻撃魔術も活かすべきではないか」などと所見を述べた。


 最後に神官には「神官のことはよくわからぬ。とりあえず武器がしょぼいのでは」とおざなりなアドバイスをした。ルドルフは己に敵意を向ける者に対しても公平に接する気はない。


 それを察したエレノアはルドルフを強く睨んだが、他のメンバーは話の内容を素直に受け取ったようだ。一番難しい顔をしていたのはルインだったが、その次くらいにザイオンも考え込むような顔をしていたのは意外だった。リズは相変わらず表情がわかりづらい。サイラスは仲間の評価の間も黙然として、あごに手をやり思案顔をしていた。


 そんな空気の中、フローが寝耳に水なことを言い出した。


「武器に関してはあなたに相談しろとアリアナ様に言われているのですが……」


「私に……?」


 思わず聞き返すルドルフ。


「ええ、あなたに。セラ様も承認済みであると」


 ニコニコしながらフローが言った。


 ルドルフは先日アリアナに乗せられてうっかり魔道具自慢をしたのを思い出した。そうか、あれは探りを入れていたのだ。特に武器が見たいと言うので、得意満面で並べて見せたのだった。くそう。


 セラの手前、ごねる姿を見せるわけにもいかない。この主従の建前、割としんどいぞと思いつつ、ルドルフは研究対象としての役割が終わり、手放しても惜しくないものを次元収納からいくつか取り出した。この対価はもちろん後でアリアナに請求する。


 黒白こくびゃく


 光属性の白い刃と闇属性の黒い刃の双剣。曲線美が見事である。白い刃は抜群の切れ味で断ち、黒い刃は脅威の重さで断つ。それぞれの切れ味、重みは使用者の意思で調節可能。ルドルフもこれで切られると笑ってはいられないくらいのかなり強力な魔剣。


 リターニングライトニング。


 投げても戻ってくるダガーに雷の魔力をこめた魔道具。命中すると電撃でダメージを与えると同時に、対象はわずかの間ショックで硬直する。特別に強力な魔道具でもないが妨害にはかなり効果的で使い勝手がよい。


 氷巨人の槌。


 強力な氷属性の魔力を宿した戦槌。ただし常人ではまともに扱えない重量。魔力のこもった戦槌として極めて高い攻撃力を持つほか、地面に強く打ち付けることで上級魔術のアイスランスを放てる。アイスランスは使うたびに魔力チャージが必要となるので連発はできないが、いざという時の切り札としては申し分ないもの。


 ルドルフはそれぞれについて実際はもっと詳細にペラペラと早口で説明した後、リズ、ルイン、エレノアにそれぞれを渡した。


 最後にエレノアに出した氷巨人の槌はちょっとした嫌がらせのつもりだったのだが、彼女がそれを片手でひょいと持つのを見てルドルフは驚くとともにしまったと思った。


 堂々たる体躯にふさわしい腕力を持っていたようだ。黒白と同じくかなり強力な武器なので、あれでまともに殴られるとルドルフでも洒落にならないくらい痛い。しかもリッチが出したものなので嫌悪するかと思いきや、ほかの二人と同じように新しい武器に見入っていた。


「いいなぁ、俺も何か欲しいなぁ」


 ザイオンが指をくわえて三人の武器を見ているが、魔術師の使うものはルドルフも使うし、純粋にコレクションしているものもあるので残念ながら渡せるものはない。


 フローはとてもいい笑顔でニコニコしている。


「ところでこれはもしもの話ですが、あなたならリッチキングとどう戦います?」


 武器の譲渡が終わったところで、フローがさりげなくそんなことを聞いてきた。


「論点をずらすようで申し訳ないが、私の考えでは戦わないのが一番だ。あれは放っておけば自ら領地の外に出てくることはない。たまに領地からあふれてさまようアンデッドが迷惑なくらいだが、それも冒険者たちが神殿への奉仕義務で毎年片づけているだろう。無理して大元を叩かなくても、大きな問題はないはずだ」


 そうルドルフは答えた。身も蓋もない意見だが、彼の本心である。


「戦う方向でお願いします」


 しかしフローはニコニコしながら重ねて意見を求めた。


 まあ決して小さくない土地をアンデッドに押さえられているというのは、秩序の徒たるエルフとしてはたしかに看過できまい。強大すぎて二百五十年もの間、手を出すことのできなかった相手。それを倒すためにわざわざ神殿と共同で聖剣などという代物を鍛え上げたのだ。


 今度こそ彼らはやる気なのだろう。


 とはいえ、ルドルフがとっさには思いつくことは何もなかった。実際に対峙したこともないし、戦おうと思ったことすらない。相手の具体的な情報もほとんど持っていないのだ。煙に巻くようなことを言ってお茶を濁そうとしたのも半ばはそんな理由だった。


 それでもルドルフはセラの手前、なんとか頭をひねって答えを絞り出そうとした。


「そうだな……真っ向から戦っても力負けするだけだろうし……遠距離から魔術を打って逃げ、それを繰り返して相手の戦力を削っていくだろうか。まずは配下からとか。まあ、そんな姑息なやり方を向こうもずっと許しておくはずはないがな……いや、すまないが、やはりあまり参考になるような答えは出せそうにない」


 自分でも驚くほどにパッとしない答えしか出てこなかった。伝説の化け物とどう戦いますか、という話に、酒場でする与太話以下の返ししかできないとは。


 幸いフローもさほど重く聞いたわけではなかったようで、「そうですか。参考にさせてもらいます」とすんなり引き下がった。


 今日はいうなればセラと聖剣旅団の顔見せだ。その時が来れば同じ神子として力を合わせ、ともにリッチキングと戦うことになる。フローがこうして色々と話を振ってきたのは、おそらく懇親の意味合いも強いのだろう。


 当のセラは黙ったままで結局最後まで一言も口を利かなかったが、終わりの方で何か言おうと努力しているのは、横にいてなんとなく伝わってきた。魔術に向けるのと同じくらいの積極性を、人との会話でも発揮できればいいのだが。

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