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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第一章 ボーン・ミーツ・ガール
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第四話 魔術師の少女

 それからルドルフはいくつかセラに質問していった。


 手始めにまずこのダンジョンの現在の最達階層について。


 ルドルフは今現在ダンジョンのどこまでが冒険者の活動領域か知りたいと思っている。もし今のこの場所を追われるようなことがあれば、次は冒険者らの来ない場所に身を隠したい。その移転場所の目安になる情報が欲しかったのだ。


 しかし残念ながらセラは最達階層という言葉すらよくわかっていなかった。どうやらほんの一週間前に町に出てきて冒険者になったばかりだったらしい。逆にセラから最達階層とは何かと聞かれたのでルドルフはそれを教えることになった。


 まず階層とはだいたいそのままの意味で、ダンジョンに入ったばかりの場所が第一層、階段を下れば第二層、という風に階で別れたひとつのエリアのことだ。階層が下るほど強い魔物が現れ、高いリターンが見込める。


 ゆえに腕のある冒険者は奥へ奥へと行こうとし、ダンジョンは徐々に踏破されていく。その踏破の足跡がどの階層まで及んでいるかを現す目安が最達階層というわけだ。


 ちなみにルドルフの生前は第九層までがこのルガルダのダンジョンの最達階層だった。長年第九層のままだったので、必ずしもいま更新されているとは限らない。そこまで教えてやると、あべこべにセラから感謝された。


 次にダンジョンのすぐ外にある町、グラナフォートの様子をルドルフは尋ねた。


 先ほども聞いた通り、セラはごく最近グラナフォートに来たばかりで町のほとんどが未知の領域だったが、一生懸命知る限りのことを話してくれた。出身であった小さな村しか知らないセラは、大通りに店々が軒を連ね、大勢の人々が行きかうその様子にすっかり圧倒されてしまったという。町はどうやら相変わらず活気に満ちていて、冒険者たちもかなり多いとのことだった。


 どういう理屈かはわからないがダンジョンでは何もないところから魔物が湧き、冒険者たちは戦利品目当てにその魔物を狩る。戦利品とは魔物が持っている武具のたぐいや、牙や皮などの素材、それに魔物の核となっている魔石である。


 特に魔力が凝ったものである魔石は利用価値の高さから安定した価格で取引されている。サイズの大きなものほど大きな魔力を宿していて高値となる。


 このように利得をもたらすダンジョンの側には宿屋や酒場、道具屋や鍛冶屋など、冒険者を相手の商いをする人々が集まって町が形成されることが多い。グラナフォートもそんな町のひとつだ。そうした町の規模はダンジョンの規模とだいたい比例する。


 今も冒険者たちが多く活動しているのならば、町の様子もあまり変わっていないのだろうとルドルフは推測した。


 最後に勢いのある冒険者のパーティを教えて欲しい、と聞くとセラはこれもあまり答えられなかったが、ただひとつ「聖剣旅団」の名前を挙げた。


 彼らは数年前から活動をしているパーティで、神殿の肝入り、なんと名前の通り聖剣とやらを持っているらしい。セラが知っている情報はそれだけだったが、聖剣、という単語にルドルフは不吉な予感を覚えた。それがどういうものかはまったくわからないが、神殿がバックアップしていることと合わせて考えると、アンデッドにとってろくでもない代物には間違いない。


 それから興味はなかったが成り行きでセラのいたパーティの話も聞くこととなった。「疾風の団」という立派な名前がついていたとのこと。逃げ足は確かに疾風のごとくだったかもしれないな、などとどうでもいい感想がルドルフの頭をよぎった。


 リーダーのケビンは言葉遣いと態度は荒いが新人の面倒見がいいと評判で、慕っている者も多かったそうだ。ギルドであぶれていたセラのことも笑顔でパーティに入れてくれたのだという。ただ彼女に対して行った所業とあのためらいのなさを見ると、実際は後ろ暗いことも相当しているのだろうなとなんとなく想像がついた。ダンジョンの中はある意味密室だ。誰が何をしようと外に知られることはない。


「きっと私が駄目だから見捨てられてしまったんですよね」


 セラは力なく笑った。


 ケビンらといっしょにいた時のびくびくおどおどしていた様子からして、あまりいい扱いはされていなかったと想像できる。ルドルフはいくらか不憫に思ったがそれに対しては返答せず、代わりに少し興味のあったことを聞いた。


「ところで、魔術はどこで習ったんだい」


 先ほど見せた魔術は初級のエナジーショットである。リッチ相手には無力だったが、そこいらの魔物にはきちんと威力を発揮するはずだ。セラのような子供の魔術師にしてはなかなか大した練度のものだった。それゆえどこの誰に指導を受けたのか、それが気になっていたのだ。本人の才能もそうだが、指導した者もなかなかの魔術師に違いない。魔術師というものはそれなりに珍しく、勢いその世界は狭い。誰か知っている者の可能性もある。


「えっと、祖母が魔術師だったんです。教えてはくれなかったんですけど、最初は村に狼とかが出た時に使っていたのを見よう見まねで……あとは独学で……」


 なんだかご期待に沿えず申し訳ございません、といった風に小さくなってセラが答える。だがそれはルドルフにして見ればより興味を引く言葉だった。


「なんと……独学であれならかなり筋はいい。もっと自信を持ってかまわないよ。あれほどのエナジーショットを放てる魔術師ならもう中級の冒険者にまざってもおかしくない。いや君くらいの年齢だったら冒険者なんてやめて、王都の魔術師ギルドにでも行って師事できる誰かを見つけた方がいい。今よりもさらに道が開けるはずだ。いや、むしろ行かないのはもったいない。基礎からしっかりと教えてもらえるところに行くべきだよ」


 ルドルフがいくらか興奮してまくしたてた。


「師事……ですか。私みたいなのを拾ってくれる師匠がいたらいいんですが……」


 セラは寂しく笑った。何か言いたいことを飲み込んだようだった。子供が冒険者になるなど何か訳アリに違いない。が、ルドルフは深入りしまいとそれ以上は聞かなかった。


「さて」


 ルドルフは話を区切るように声をあげた。


「聞きたいことは聞いた。薬の代金には十分だ。もう帰ってかまわないよ」


 実のところ思ったよりも聞きたいことは聞けなかったが、もともと思い付きで聞いてみたようなものなので、そこにはこだわらなかった。この少女が薬代は払ったと納得して帰ってくれればいいのだ。


 しかしその言葉を聞いたセラはまた体を小さくして心底申し訳なさそうに言った。


「すみません…………ひとりじゃ帰れないと思います……」


 その言葉を聞いてルドルフは己のうかつさを悟った。言われてみれば、ついこないだ冒険者になったばかりの魔術師が、しかも子供がソロで第四層から帰還するのは無理というものだ。


 そうなるとどうしたものか。


 さすがに自分が地上まで歩いて送っていくのは論外だが、傷を治しておいて後は勝手に野垂れ死ねというのも収まりが悪すぎる。


 転移門を使うのがいいか。


 ただこの娘が今すぐ第一層から町まで帰るのは少しまずい。外の人々に転移門の存在を示唆してしまう。それは余計なトラブルを招きかねない。


 このダンジョンでは一層移動するのにだいたい一日かかる目安だ。強行軍で半日。第四層から逃げた彼らが地上まで着くには三日から四日かかるだろう。急ぎに急いで二日といったところか。


「そうだな。第一層まですぐに送ってやれる手段がある。他言しないと誓うならそれで送ってあげよう。だがあのならず者たちより早く戻るのも不自然だから四日か五日ここで待ちなさい。食事は焼き菓子でよければなんとかなる。水とお茶もある」


「はい! 本当に……本当にありがとうございます」


 セラが安心したように、またうれしそうに返事をして初めて素直な笑顔を見せた。その今までにない元気な返事と表情にルドルフは少し意表をつかれる。なんだ、そんな顔もできるのか。そう思った。これまでの会話でセラの警戒心はすっかり融けて消えたようだ。


 聞けば、食事は探索に備えて持っていたものにかなりの余裕があるという。もともと第五層までもぐる予定で、かつパーティ全員分の食糧を持たされていたらしい。こんなに小さな子供に自分たちの持つべき荷物まで持たせるとは、やはりろくなやつらではない。


 ルドルフはセラが座っているソファの横にベッドと毛布を出してやった。ルドルフがまだ人間だった頃に使っていたもので、少し黴臭くはなっているが、冷たい石畳の床に寝るよりはマシだろう。


 それから何冊かの本を次元収納から取り出し、ドサドサとテーブルの上に置いた。絵物語や詩集、民話集のような読み物、そして魔術の分厚い教本などだ。


「暇なら本でも読んで過ごすといいだろう。寝る時はそこでな」


 セラはその心遣いに対して礼を言うと、魔術の教本を興味深そうに手に取り、ソファに座って黙々と読み始めた。

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