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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第一章 ボーン・ミーツ・ガール
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第三十七話 手の中の命の重み

 それから間もなく、アリアナが部屋に飛び込んできた。辺りに散らばるトロールやキマイラの亡骸はともかく、彼女は無事なセラとルドルフを見て安堵の表情を浮かべる。


 しかしルドルフはそんなアリアナをそっちのけにして、何よりもまずセラをきつく叱った。


「絶対に手を出すなと言っていただろう。余計な横槍を入れおって。あのダークエルフが気まぐれを起こさなければ、死んでいたかもしれんのだぞ」


 声を荒げるわけではないが、断固たる響きがその声にはあった。実際、なぜセラが助かったのか不思議に思えるくらい、ルドルフはまだひやひやする気持ちが消えていない。


「だって、師匠が死んでしまったら、私…………ごめんなさい……」


 しゅんとうつむきがちになったセラはやがて声を殺して泣き始めた。大粒の涙をこぼしてたちまち顔がぐずぐずになる。いつものルドルフなら、もう死んでいるがな、と使い古しのアンデッドジョークで茶化すところだが、今はそういう雰囲気ではない。


「だいたい俺はちょっとやそっとでは死なん。リッチは仮にバラバラになったとしても魔力があればいくらでも再生できるんだ。だからお前は常に俺よりも自分の命を優先しろ。わかったな」


 セラは涙を拭ってしゃくりあげながらうなずいた。その言葉通り、ルドルフの下半身はまったく元通りに再構築されている。だがボロボロに裂けたローブは未だ痛々しかった。


「まあ、なんだ。少しは師匠を信じろ。あそこからちゃんと逆転する手はずだったのだ」


 考えてみればセラには圧倒的に経験が足りない。そう思い当たるとルドルフの説教はトーンダウンした。その魔術の腕前のせいで忘れてしまいがちだが、彼女はまだ成人したての未熟な少女だ。冒険者になってからだってまだ数ヶ月と経っていないのだ。


 その状態でダンジョンの第十二層まで連れてこられて、トロールの大群に追いかけまわされて、ダークエルフに遭遇するというのはいかにも急すぎる展開だ。むしろセラの方が振り回されていることに怒ってもいいくらいだった。


「あのエナジーショットは見事だったよ。だが魔術には使いどころというものがある。その判断もしっかりと学んでいこうな」


 ルドルフはそう言って泣き続けるセラの頭を撫でた。


「師匠と弟子の話は終わった? 手が痛いから早く薬が欲しいのだけど」


 話がひと段落するまで待っていたアリアナが声をかけてきた。傷つくことなど滅多にない彼女の拳から血が流れている。ダークエルフが魔術で作り出した岩壁を砕いて突破してきたのだ。


「延々と岩を砕いて進むのはオーガの頭を砕くより少し骨が折れたわ」


 アリアナは場の雰囲気を軽くしようとしたのか、冗談を言って笑った。


 それからルドルフがアリアナに治癒の霊薬を渡し、野営の準備を始める間にセラは泣き疲れて寝てしまった。時刻はもう夜半を過ぎている。あとからさらにやってきたトロールたちを派手に爆散させても起きてくる様子はない。さすがに疲れ切っていたのだろう。


 トロールたちはまだ幾度もやってきたが、無限に補給できる陣地を得たルドルフにとってはもはやものの数ではなかった。鴨が葱を背負って来るのと同じだ。装備品などは爆炎ですべて吹っ飛んでしまうが、後に残る魔石だけでもおいしいのでまだまだ来てくれてかまわない。


 そのトロールの襲来を待つ時間で、ルドルフとアリアナは互いに起きたことについて情報を共有した。


 聞くにあの後アリアナはダークエルフにまんまと逃げられてしまったそうだ。鎖は彼女が第十三層の床に着地する前に振り払われていた。逃げに徹するダークエルフ相手にしばらくは追走劇を繰り広げたが、遭遇した魔物を利用して間合いを取られた隙に通路を岩で塞がれてしまった。しかも魔術を重ねに重ねて。


 やっとのことで岩壁を突破した彼女は追跡を諦めてルドルフらのもとへと戻ろうとした。第十三層への階段にほど近いこの部屋はちょうどその通り道のついでの場所にある。もしかして二人がもう来ているかもしれない。そう思って足を向けたところ、大きな物音がしたので急ぎ走って来たのだという。


 ルドルフの方からはまずトロールに追われてここまで来た顛末を語る。アリアナは渋い顔をして絶句した。次いで話がダークエルフとのあれこれに至るとその表情はさらに険しくなり、話の終わりまでずっと険しいままだった。


「あいつらの勧誘なぞもちろん一瞬の迷いもなくきっぱりと断ったぞ」


 話の途中、ルドルフはダークエルフの提案に乗る気などさらさらありませんでしたよという意思をことさら強調した。そこだけは一片の齟齬もなく伝えておかなくてはならない。


「私の目を盗んでそんなことをしようとするなんて。ついでにセラちゃんに何かするつもりだったんじゃないでしょうね。あの黒ネズミ。私を虚仮にしてくれた落とし前、どうつけてくれようかしらねぇ……」


 そう言ったアリアナの顔は、見ているルドルフがそら恐ろしくなるような、仇敵に思いをはせる表情だった。


 セラが寝てしまってから一時間足らず。トロールたちの波は通算第十五波で打ち止めとなった。


 しばしの時を置いても後続が来ないことを確認したルドルフはひとつため息をついた。


「やれやれ。俺にはこれくらいの雑魚狩りがせいぜいだ」


「あら、黒ネズミにも勝つ手筈だったんじゃないの?」


「あれはお前が来るまで耐えれば勝ちだったくらいの意味だ。俺一人であんな剣呑な奴に勝てるはずがなかろう」


 買い被られて仕事が増えても困る。実際あの時は変に高揚して勝てると考えていたが、思えばダークエルフの側もずいぶんと余裕を持っていた。今の冷えた頭では確実な勝算があったとはとてもいえない。そういうことにしておかなければならない。なにしろ俺は凡庸なリッチなのだ。


 アリアナが笑いながら言う。


「このトロールたちだってとても雑魚とは言えないけどね」


「お前に言われても説得力ゼロだな」


 その時ルドルフはふと思いついたように問うた。


「たとえばだが、あの爆炎をお前に向けて放ったとしたらどうだ。お前はトロールたちのようにあっさり倒れてくれるか?」


 アリアナは黙って微笑しつつ、どうかしらとばかりに首を傾げた。


「そういうことだ。俺が相手できるのはあれで楽に勝負が決まる相手までだと肝に銘じておいてもらいたい。それ以上は手に余る」


「そんなことないわよ。ダークエルフくらいいけるいける」


 ルドルフは骸骨の顔で器用に苦笑いして見せた。顔に肉があればきちんと引きつった笑いになっていたことだろう。


 やがてアリアナも寝床につき、天幕は静寂に包まれた。


 そんな未明の静けさの中、ルドルフはひと時じっとセラの寝顔を見つめる。


 十五歳で上級魔術を使えるとなるとこれは贔屓目なしに天才魔術師と言っていい。この先どういう魔術師になるのか。そう遠くないうちに自分など超えてしまうに違いない。師と言いつつこの才能を前にしてできることはそれほど多くはないだろう。せめてできることがあるとしたら、才能が育つのに立ちはだかる障害を除けてやることくらいだ。


 セラにはこの先、過酷な神子の使命も待っている。その頃には師匠と弟子の関係は解消しているだろうが、それを乗り越えられるだけの経験は積ませておいてやりたい。聖剣の神子との共闘に加え、ベルタやシャーロット、メアという頼れる従士の採用が内定しているとはいえ、油断はならない。なにせ敵はあのリッチキングだ。


 リッチキングなのだ。改めて考えると、マジか。


 それからしばらくして、ルドルフは己のことへと思考を転換させた。


 それにしても今日はひたすら心が休まらなかった。アンデッドとなり死そのものをごまかすことで己の死からは遠ざかったが、吹けば消えてしまいそうな、小さな別の命がこの手の中に飛び込んでくるとは思わなかった。守るべきものがあるというのはどうしようもなく煩わしい。


 なぜ弟子など取ってしまったのか。先ほどのセラを育て上げるぞという決意とは裏腹に、遅すぎる後悔をする。なんだかんだ旧友と会って浮かれていたのかもしれない。


「さすがに今から投げ出すのはなしだよなぁ……」


 五年という弟子の年季はまだ始まったばかりだ。ルドルフにはそれが茫漠たる時間に思え、大きなため息が出た。


 闖入してきたダークエルフとの顛末もかなり憂鬱なことだった。セラのことを「良き拾い物」と言ったのも気になる。敵対すべき神子とは別の意味で、セラもまた目を付けられてしまっただろうか。いずれにしろ警戒しなくてはならないことが増えてしまった。


 そして何よりダークエルフはもう一つ決定的な問題を残していった。


 せっかく苦労してたどり着いたこの場所だが、奴らに知られたとなるとそのまま住処として使うのはさすがに難しい。潤沢な魔力リソースを得られる場所として確保はしておくにしても、住む場所は新しく見つける必要がある。


 そんな風に考えを巡らせながら、ルドルフはダークエルフの言葉の一部を思い返していた。


『あなたは黙っていても人間たちに迫害される身の上のはず』


 まったく正鵠を得ている。少し可笑しさを覚えて唸ってしまった。


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