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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第一章 ボーン・ミーツ・ガール

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第三十六話 ダークエルフ

 ルドルフのただならぬ雰囲気を察して、セラもその腕の中で表情を硬くしている。


 ルドルフは現状を切り抜けるためになんとか思考の綱を繋ぎ直して考え続ける。


 アリアナは?


 ルドルフはアリアナが負けるなどとは考えもしていなかったが、もちろん戦いに絶対はない。万が一ということは考えられる。とはいえ、ダークエルフに何ら消耗が見えないのはさすがにおかしい。おそらくうまく撒かれてしまったか何かだろう。


 事こうなると、ここに来る選択をしたのが取り返しのつかない間違いだったようにも思える。かえって死地に足を踏み入れてしまったのではないか。


 前にダークエルフ、後ろにトロール。なんということだ。


 いや、この際もはやトロールは誤差だった。地脈の魔力はリッチであるルドルフに膨大な力を与え始めていて、あの程度ならばもういくら来ても問題はない。


 しかしながら目の前のダークエルフはまったく格の違う相手である。あれはやはりまずすぎる。誰がこんなこと予見できるものか。よりによってこんな時にアリアナがいないとは。アリアナ今すぐ来てくれ。そして俺たちを助けてくれ。


 ルドルフがあまりのことに限界寸前になっていると、またしても予想もしなかったことが起きた。


「エルフに邪魔されて段取りが狂ってしまったのは望外の不覚でしたが、無傷でここまで来られるとはさすがです。我が名はダムレイ。あなたをお迎えに上りました」


 目の前のダークエルフがこちらに向けて礼儀正しく一礼した。なにやらひどく丁重な物腰である。


 ダムレイと名乗ったダークエルフのその言葉はルドルフを少し冷静にした。が、同時にまた悩ましい選択を突き付けた。


 言い分からすると、このダークエルフはリッチである自分を彼らの陣営に迎え入れようと来たに違いない。しかしルドルフとしてはその手を取るわけにはいかない。アリアナに後で殺されてしまう。確実にだ。


 そもそもからしてダークエルフとつるむのは気が進まない。アリアナから釘を刺されるまでもなく、与すればどんな面倒の片棒を担がされるか。


 一方でここで断ればどうなるか。


 そんなルドルフの思案を知ってか知らずか、ダークエルフが再び口を開こうとしたその時、大挙して部屋の入口からあふれ出て来るものがあった。ルドルフとセラを追って来たトロールたちである。その数は二十を下らない。


 ルドルフはこの新たな状況に考えを及ぼす。なんとかあれとダークエルフをかち合わせて漁夫の利を狙えないか。


 すると迫ってくるトロールの群れを指してダークエルフが尋ねた。


「……話の邪魔ですな。念のために聞きますが、あれらは排除しても?」


 ルドルフが思わず「ああ」と答えると、ダークエルフは大ぶりの鉈を手にトロールたちの方へと歩み出た。


「では少し騒がしくすると思いますがしばしお待ちを。すぐに静かになりますゆえ」


 言うなり疾走していく。なんと思惑通りにダークエルフとトロールたちが戦い始めた。


 鉈が翻ってきらめくごとに確実に一体が倒れる。一方たった一人を囲んで群がるトロールたちの攻撃はことごとく空を切る。瞬く間にトロールはどんどんとその数を減らしていった。一撃での絶命を免れたトロールが再生、復帰してくることがいくらかあって戦いはわずかに長引くが、結局の趨勢にはまったく影響がない。


 あのダークエルフ、間違いなく達人と言っていい身のこなしだ。


 だが見惚れている暇はなかった。ダークエルフの強さは圧倒的で漁夫の利どころではない。せめてわずかに得られたこの時間は無駄にしてはならない貴重なチャンスだ。


 ルドルフが勧誘を断れば、おそらく戦いになる。エルフの戦力となる者を潰しておくに如くはないからだ。そしてそうなれば神子と思われているセラも危うい。というか、要求を呑んでもセラがどうなるかは不透明である。


 となればルドルフの採る選択肢はひとつしかない。


「セラ、巻き込まれないように下がっていろ。絶対に手を出すなよ」


 まだ胸に抱えたままだったセラを床に下ろし、ルドルフが呪文を唱え始める。ここは大きな一撃をかますしかない。上級のエナジーショット。それを極限突破オーバードライブさせた状態で放つ。一点を穿つそれが今のルドルフが持つ最大威力の魔術だった。


 極限突破オーバードライブ


 それは術式が本来想定する以上の魔力を乗せて魔術を行使するという、乱暴な手段である。


 乱暴なとはいっても決して力任せの技ではない。実際には許容量を越える魔力で術式が壊れてしまわないように、細心の注意をもって繊細に魔力を注いでいく必要がある。高速詠唱もせず、時間も魔力も潤沢に、慎重に呪文の抑揚を調整する。少しでもミスがあれば術式は暴発し、魔術は失敗どころか己に跳ね返って来る可能性すらある。まさに禁じ手とされる技であった。


 最後のトロールが切り伏せられる直前にその詠唱は無事完了した。ほとばしる勢いの巨大なエナジーショットがダークエルフに向かって光跡を引いて飛んだ。背後からの不意打ち。完全にかわすことのできないタイミング。


 しかしそのエナジーショットはダークエルフに着弾する直前、その目前に現れた分厚い岩壁に行く手を阻まれた。轟音とともに岩の破片と粉塵が周囲に飛び散り、巻き込まれたトロールを肉塊に変える。


「いったい何を?」


 土煙の中に立つダークエルフが眉根のしわを深くする。さすがにいくつもの傷を負っていた。が、それは岩壁が砕ける余波で受けたかすり傷だ。とっさにロックウォールの魔術で直撃を防ぐとともに、自ら大きく後ろに飛んで身をかわしたのだ。


 あれで決まらないとは化け物か。ルドルフはげんなりする。渾身の先制攻撃はどうやら見事に防がれてしまった。あれは武器の扱いだけでなく地属性の魔術にも達者なようだ。


 とはいえ、それは十分に想定内の結果でもあった。二の矢三の矢は準備してある。


 やおら事切れていたはずのキマイラが立ち上がり、ライオンの口からダークエルフに向かって炎を吐いた。猛烈な火炎の波がダークエルフを襲うが、これも直前に現れた岩壁がそれを押しとどめる。


「もしや怯えておられるのですか? 誤解です! 私に敵意はありません!」


 ダークエルフが懸命に訴えるが、聞く耳を持つわけにはいかない。


 ルドルフの死霊魔術によってアンデッドとなって復活したキマイラは、自分の首を落とした相手に復讐せんとばかりに猛り狂い、前足を振り上げて果敢にダークエルフに飛び掛かった。切断されていた首はいつの間にかつながっている。


 巨体に似つかわしくない猫科の猛獣のしなやかで俊敏な攻撃。恐ろしい風切り音。かするだけでもただではすむまい。しかしダークエルフは紙一重でそれをかわし続ける。ルドルフはその回避した先を狙って魔術の火炎と石礫を面の攻撃でまき散らすが、それもロックウォールの魔術で防御されてしまった。詠唱が恐ろしく速い。


 山羊の頭が呪文を唱えて氷の刃を降らせ、尻尾の蛇も二度三度ムチのようにしなって噛み付こうとする。さしものダークエルフもキマイラとルドルフが嵩にかかって繰り出す死角のない攻撃にさすがに防戦一方となる。が、いくらか手傷を負いながらもダークエルフはそのすべてをかろうじて凌いだ。


「仕方ない。少し手荒く行かせてもらいましょう」


 仏頂面をさらに険しくしてダークエルフがいったん大きく距離を取る。そして手にする鉈の握りに力をこめた。鉈の刀身がうっすらと青く輝く。


 かまうことなく仇敵めがけて再び突進するキマイラ。交錯。黒いエルフの身が翻り、青い刃が美しい弧を描いてその魔獣を横ざまに切り裂いた。凄まじい勢いでライオンの上顎と下顎が分かれて巨体が見事に上下まっぷたつとなる。


 刹那、ダークエルフはまるで瞬間移動でもしたかのような足さばきでルドルフに肉薄すると、再び鉈を横薙ぎに振った。ルドルフはとっさにシールドを展開しようとするがとても間に合わない。青く輝く大鉈がリッチのローブを深く断ち切った。腰骨を砕かれ支えを失った骸骨の上半身が音を立てて地に落ちた。


 一瞬で形勢が変わった。


「師匠!」


 セラの悲鳴のような声が響き渡る。


「大丈夫だ!」


 だがルドルフの声に動揺の色はない。


 上半身だけとなった骸骨の魔術師は多重詠唱で次々とシールドを展開しながら両手を地に突き、腕の力だけで大きく跳んでダークエルフと距離を取る。ダークエルフは黙々とそのシールドを鉈で砕いて進んでくる。牽制に放つ攻撃魔術も易々とかわされるか、ロックウォールで防がれてしまう。


 坦々と追うダークエルフは涼しい顔でまったく隙を見せない。ルドルフは延々と無様に逃げ回るばかりだ。


 そんなルドルフの胸中には、しかし賭けるに足る勝算があった。


 敵は間違いなく達人クラス。だが実際に鉾を交えてみればアリアナほど圧倒的ではない。こちらは地脈から膨大なリソースを得ている。その魔力補填のおかげもあり、失った下半身もすでに再生しつつある。一方、相手は一度消耗したら回復しない。これまでに受けた傷はそのまま血を流し続けている。岩壁の魔術に使う魔力もそのうち切れるはずだ。


 油断はできない。が、長引けば俺が勝つ。


 ルドルフとしてはもはや余計なことを考えず、目の前のダークエルフをとにかく削り続けるだけだ。否応なくその集中力が高まっていく。無惨に横たわるキマイラの残骸をチラリと見る。あれだってまだ余裕で使える。


 そんなルドルフをゆっくりと追いかけていたダークエルフが、不意にピタリと足を止めた。あさっての方向に目を向けている。ルドルフもつられて思わずそちらに目をやった。


 眼窩の炎が驚愕に燃える。


 その視線の先ではなんとセラが呪文を唱え始めていた。先ほどルドルフが唱えたのと同じ、上級のエナジーショットの呪文だ。しかも過剰に満ちる魔力。極限突破オーバードライブまで模倣している!


「やめろ、セラ! 手を出すんじゃない!」


 しかしセラは呪文を唱えるのをやめなかった。何かを奪われまいとするかのような、泣きそうな、必死の表情である。大きすぎる魔力の出力に体がきしむのに耐えながら、渾身の魔力をこめて術式を組み立てる。


 ダークエルフは何を考えてか、長々と呪文を唱えるセラを興味深そうに棒立ちで眺めている。


 詠唱終了の刹那、セラの上級魔術は見事発動し、ダークエルフに向かって巨大な魔力の塊が飛んだ。


「師匠から、離れてぇっ!」


 それはまさにルドルフが先ほど放った極大のエナジーショットの再演だった。しかしダークエルフの前に大きく隆起した三重の岩壁がそれを受け止める。エナジーショットは轟音とともに最初の岩壁を粉々にし、第二の岩壁までをも砕いたが、第三の岩壁を貫通することはできなかった。役割を果たして崩れていく岩壁の向こうから無傷のダークエルフの影が姿を現した。


 セラは片手で頭を押さえてうずくまり、青い顔で息を荒くしている。たった一度の魔術ですべての魔力を使い果たしたのだ。ルドルフは再生を終えた足で地を蹴り、素早くセラとダークエルフの間に入った。新たにシールドを複数展開する。背後にセラを守りながらルドルフはどうしようもなく追いつめられた気持ちになっていた。セラにターゲットが向くのはまずい。殺されずとも、人質にでも取られれば詰みである。


 ダークエルフは黙ったまま、そんなルドルフとセラの方を見ている。


「なるほど、これは面白い」


 ルドルフの焦燥をよそにダークエルフは鉈を腰の鞘に納めると静かに言った。気のせいか、その声色にはすこし楽しげな響きも含まれているような気がした。


「手荒な真似をいたしましたが、先ほども言った通り、あなたを傷つける意図はありません。私とともに参りましょう。もちろんそれも一緒に連れて行くのでかまいませんよ。むしろ良き拾い物……」


 ダークエルフが恭しくルドルフとセラの方へ手を差し伸べる。そこに遠くから走るような足音がかすかに響いてきた。


「チッ、あれほど念入りに道を塞いだというのに、もう抜けてきたのか」


 とたんにダークエルフの声色から今までの余裕が消えた。誰がここに向かって来ているのか、ルドルフにもそれはすぐにわかった。


「さあ、お早く! この手を取るのです。エルフなどではなく我々のもとに来るべきだ。あなたは黙っていても人間どもに迫害される身の上のはず。何を悩むというのです」


 それに対するルドルフの答えは目の前にさらなるシールドを展開することだった。薄っすらと緑色の光を帯びた巨大な盾が幾重にもダークエルフとルドルフたちの間を隔てる。


 足音はいよいよ近づいてきている。ダークエルフは諦めたようにため息をつき、手を引いた。


「このような結果となり残念です。機会があればまたいずれお会いいたしましょう」


 ダークエルフはそう言うや否や、左手の地行の指輪を光らせ、部屋の床に音もなく沈んで姿を消した。

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