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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第一章 ボーン・ミーツ・ガール
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第三十五話 不死者は死を恐れる

 ルドルフはトロールたちの第二波を第一波と同じように一瞬の爆炎で退けた。しかしまたすぐ第三波が現れ三度爆炎を使わされる羽目になったことで、この場に留まることは難しいと判断する。アリアナを待つことはできない。動かなければならない。


 そこでルドルフがまず思いついたのは、転移魔術で離脱することだった。


 転移魔術で移動できるのは術者本人だけだ。従ってルドルフはセラを連れて転移することはできない。しかし、幸いセラ自身が瞬時にその魔術を習得できる。


 ルドルフはセラに事情を説明し、高速詠唱なしの転移魔術を見せた。すぐ三歩隣に転移したルドルフが確認すると、セラは転移魔術を習得した手応えを得ていた。


 しかしながら、実際にその三分以上にも及ぶ呪文を唱え始めると、半分ほどが過ぎたところでセラの詠唱は挫けるように途切れた。苦しげに表情を歪めてわずかに息を荒くしている。額に脂汗が光っていた。


「覚えた通りに唱えようとしたんですけど……駄目です。なんだか重すぎて……」


「そうか……」


 どうやら魔力出力不足。


 ルドルフのもとで本格的に魔術師修行を初めてまだ間もないセラだが、聞けば故郷の村にいる頃から続けていた自己流の鍛錬は五年以上も前からのものだという。その下積みに加えて、この一ヶ月半、日々の中級魔術の行使と練魔の腕輪によって高まった魔力は、すでに上級魔術の域にまで達しているとルドルフは見た。


 が、転移魔術は上級魔術の頂点だ。すべての魔術の中でひときわ使用条件の厳しい魔術である。セラの常識外の伸び率からすればあるいは、と考えたものの、今の彼女にそれを使えというのはやはりまだ無茶な話であった。


 転移魔術が無理だとすると、では徒歩で来た道を戻るほかない。


 その次善の案を思い浮かべつつルドルフは歯噛みしていた。それは堅実な選択に思える。しかし道がわかればという注釈がついていた。実のところアリアナまかせにしてついてきただけだったので、情けないことに道をよく覚えていない。ルドルフがそうなのだからセラも当然そうであった。


 下手に迷えばそれこそ終わりだ。道がわからないのに移動するというのは下策であろう。となればやはりここで待つほかないのか。ルドルフは次のトロールがやって来ないことを祈って、再び待つ選択を採った。


 やがて当然のように第四波がやって来た。


 そしてルドルフはひとつミスを犯す。


 この時点でルドルフの魔力の残りは四割を切っていた。ゆえに少しでも魔力を節約したいという気の迷いが、彼の魔術に望まぬ手心を加えさせた。今まで四発放っていたエクスプロージョンを三発に抑えてしまったのだ。


 その結果、トロールを一体だけ、討ちもらしてしまった。


 ルドルフがしまったと思う間もない。セラがシールドの魔術を唱える暇もなかった。爆炎の煙を抜けて現れたトロールの投げた槍がセラを直撃した。


 その時セラを守る結界の指輪が初めてその力を発揮する。少女の小さな体をしたたかに貫くように見えた槍は、しかし瞬時に展開した淡く光る結界に弾かれていた。


 ルドルフは己の失態に肝を冷やしながら、迫って来るトロールの前に立ちふさがり、上級のファイアショットで速やかにそれを倒した。


 残りの魔力は二割とちょっと。にもかかわらず、どうやら節約などと甘いことを考えている余裕はないようだ。


 球状の結界はしばらくセラの周りにわだかまって彼女を守り続け、一分ほどで薄らいで消えた。発動後一分という持続時間も結界の指輪としては規格外の優秀さだが、今のルドルフに感心している余裕はない。


 ここに至ってルドルフは魔石のストックを確かめた。幸いなことに次元収納には大量の魔石が備蓄されている。もともと地脈の魔力を拝借して貯えていたものに加え、ここまでダンジョンの魔物たちを倒して得た分も含まれている。魔術師はいざとなれば魔石から魔力を引き出して使うことができる。自前の魔力で間に合わなくなっても、これだけあればいくらかは凌げそうだ。


 だが、この調子でトロールたちが来るようだと、いくら魔石があっても安心とはいかない。忌々しい。そもそも安定した相場で取引される魔石を消費するのは、金を燃やすようなものだ。そんな痛みを受け入れた上でも確実ではないというのか。


 このままではダンジョンに圧し潰される。


 ルドルフはリッチになって初めてそんな暗い感覚を味わった。


 あどけない顔で自分を見上げるセラに目を向ける。


 ルドルフ一人なら転移で逃げることはたやすいし、あるいは肉弾戦でエナジードレインしながら戦ってもなんとかなるやもしれぬ。だがいずれの手段でもセラを守り切ることができない。セラが圧し潰されてしまう。


 こんなところでせっかくの弟子を死なせてたまるか。


 もはやこの場に留まるという選択はなかった。


「このままだといずれ追い詰められる。道はわからないがなんとかして来た道を戻るしかない」


 ルドルフはセラに向かってそう告げた。


 師匠が悲壮な思いに囚われているのとは対照的に、その思いのもとである弟子はいつも通りの顔をしている。その瞳はルドルフをまるで信じ切っているといった風だ。


 そこでセラがふとひとつの言葉を口にした。


「……進むのは、ダメなんでしょうか?」


 ルドルフは自分にはなかった着想にしばし黙った。


 なるほどそれは悪くない考えだ。むしろ第十一層まで戻るよりずっといいかもしれない。


 分断される直前のアリアナは地脈のある部屋まではもう近いと言っていた。そこまでたどり着ければルドルフはほぼ無尽蔵に魔力が使える。十分に望みをかけられる選択肢である。


 ルドルフは近くにあるのならばもしや、と深く集中してセンスマジックの魔術を使う。進む方向に膨大な魔力の気配がかすかに感じられた。


「これは行けそうだ。でかしたぞ」


 よくやったと言わんばかりにルドルフはセラのくせっ毛に手を置き強くなでた。セラも師匠を見上げて笑顔を見せる。


 そうと決まれば次のトロールたちがやってくる前に出発しなければならない。


「よし。セラ、いくぞ」


 ルドルフの呼びかけに、セラは無言でこくりとうなずいた。


 二人は早足で先に進み始めた。


 そうして歩く間にもトロールたちは彼らを追って次々とやって来る。第五波、第六波、そのたびにルドルフが魔術でまとめて撃破するが、すぐにまた背後から鉄靴の足音が響いてきた。どうやらいつの間にか出現の間隔まで狭まっていて、波と波の間は十分もない。


 やがてルドルフはセラを抱え上げて走り出した。颯爽と、と言いたいところだが背後の足音を引き離すほど速くはない。それでもセラが歩くよりはずっと速い。


 第七波。トロールたちを撃退するたびにセンスマジックを使いながら、地脈とおぼしき魔力の流れを追ってルドルフとセラは進む。第八波。どんどん強い魔力の反応が近くなってくる。第九波。あともう少しだ。着実に目的地が近づいていることにルドルフは希望を覚えた。


 もはやとっくにルドルフの魔力は尽きて、備蓄していた魔石の魔力を引き出して使っている。恐ろしい勢いで魔石が蒸発していくが、しかし幸いにもまだストックが枯渇する気配はない。地脈の部屋までは余裕で持つだろう。こちらへ向かった判断は正しかったのだ。


 ルドルフはその先にいるであろう別の脅威に対して備えた。


「いいか、セラ。おそらく地脈の部屋には第八層のバジリスクのような巨大な魔物がいる。戦いになったら部屋の隅まで行って隠れているんだ」


「はいっ」


 ルドルフの胸に抱えられて両手でローブにしがみつきながらセラは元気に返事をした。


 間もなく二人はひときわ広々とした部屋にたどり着いた。そこには期待通りに地脈の魔力があふれている。


 間一髪だったが、なんとか逃げ切った。そんな安堵感がルドルフの心に広がる。


 そしてあふれる地脈の魔力とともに部屋の中央に鎮座するものが目に入った。


 それは異形の生物だった。巨躯のルドルフがわずかに見上げるような巨大なライオンが頭を床につけて眠っている。同じ胴体からヤギの頭がダラリと垂れ下がり、尾は蛇。これはキマイラだ。予期した通り、ここにも地脈の魔力を目当てに巣くっている魔物がいたのだ。


 ただでさえやっかいな魔獣が見たこともない大きさに育っている。


 だがルドルフの心には余裕がある。地脈から得られる使い放題の魔力があるのなら、どうにだってしてみせる自信があった。


 ただその魔物を見ているとすぐに妙な事に気がついた。死の気配。このキマイラはすでに生きていない。よく見るとライオンの首が胴から少しずれて、その下に大きな血だまりができていた。首を落とされている。


 キマイラの背後の闇の中から、何者かがゆっくりと姿を現した。


 その姿を見た瞬間、心を揺るがす混乱とともに今までの余裕はすべて吹き飛んだ。


 先ほどのダークエルフが無傷で立っていた。

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