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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第一章 ボーン・ミーツ・ガール
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第三十三話 強いぞアリアナ

 第十層の探索はこれまでとは違って三人で行動をともにする。


 ここから先は公式には誰も足を踏み入れた記録のない場所だ。それは踏み入れた者が誰も帰って来なかったという意味でもある。にもかかわらず、なぜかアリアナは少しの迷いもなく進んでいく。まるで道をよく知っているかのようだ。


 魔物の強さも上級の冒険者パーティが用心して挑むレベルとなってくるが、最初は第九層でやったのと同じように、ルドルフが剣を握って前衛を務め、後衛のセラが魔術で魔物を倒していく、という方針で行くことにする。


 実のところルドルフもダンジョンの第十層は生前も含めて初めてだ。かつ前衛をこなすというのはなかなか新鮮な試みである。だが特に問題はないであろう。


 ルドルフの剣はずっと昔に器用貧乏の一環として身につけたものにすぎない。しかしリッチになって極端に向上したフィジカルのおかげで、ルドルフは今や熟達の戦士と遜色のない働きを見せている。リッチに筋肉はないのでその体は魔力で動いているのだが、それは高位の魔術師としての魔力の強さがそのまま腕力の強さになるということでもあった。


 加えてリッチは耐久力もすさまじい。か弱い魔術師の盾役にはうってつけである。


 第十層で最初に出会った魔物はトロールだった。ルドルフと同じくらいの巨体をした大柄の魔物で、黄ばんだ肌に腰布だけの半裸、怪力で棍棒を振り回す。ものすごい再生力を持っているのが特徴だ。ちょっとやそっとの傷はまたたく間に治ってしまうし、手足がちぎれたり内臓がはみ出すほどの重傷でもさほどの時をおかずに本復してしまう。


 セラのエナジーショットはトロールにも十分なダメージを与えていたが、この再生力とのいたちごっこで、最初の一体は倒すまでにかなりの時間を要した。


「第十層の魔物になるとまたこんなに強くなるんですね……」


 渾身の魔術を打ち続けてもなかなか倒れない相手に、セラはのっけから精神的にかなり疲弊してしまったようだ。


「ふむ、トロールは再生能力を火で無効化しないとだな。またトロールと会ったら俺が最初に使う魔術を真似するように」


 あんまりほいほい使える魔術を増やすのもよくないとしつつも、ルドルフは新しく火の魔術を教えることにした。セラがまた無力感にさいなまれて、今度は上級魔術を習得したいなどと言い始めても困る。


 折よく次もトロールと遭遇する。そのトロールがまだこちらに気がつかないうちに、ルドルフは中級のファイアショットの呪文をゆっくりと基本に忠実に唱え始めた。セラはそのお手本を見逃すまいとじっと凝視している。やがて無防備なトロールの体にぶつかって炸裂した炎の塊は、その身を深くえぐるとともに強い火力で火傷を与えた。焼けただれた傷が再生する気配はない。


 不意打ちに怒り心頭で向かってきたトロールをルドルフが押しとどめる。セラが覚えたばかりのファイアショットを続けざまに放つと、三発目が火を吹いたところでトロールはゆっくり倒れて動かなくなった。


「このように弱点を突かないと倒すのが難しい相手もいる。今は使える魔術の習熟に努めるという話になっているが、必要な時は有効な魔術を教えることにしよう」


「はい! ありがとうございます!」


 ルドルフが真面目くさってレクチャーし、セラが茶目っ気たっぷりに手をあげて応えた。


「はぁ~、今の魔術は本当に今ここで覚えたの? 聞くのと見るのとじゃやっぱり違うわね~」


 アリアナもセラが見た魔術をすぐに習得するのを実際目の当たりにして、何かいいものを見たかのように感心している。


 第十層からは慌てずのんびり行くことにして、魔物を倒した後の装備や魔石などの戦利品も回収していく。これまではスピード重視でそれらはほとんど捨て置くままに来たが、さすがにここまで深い層の戦利品を放置するのはルドルフやアリアナとて惜しいからだ。


 半裸のトロールは魔石以外に目ぼしい戦利品を持っていないが、ほかに出現するスケルトン・ナイトからはまあまあ上質な武器が、ブラックハウンドからは艶やかな毛皮が得られる。


 セラの中級魔術はこの層の魔物の魔術抵抗力にも負けない威力を発揮し、勢い魔物の撃破数もだいぶ増えている。それでも探索途中でバテてしまわないように、一日の後半はお休みということになった。


 セラが引き下がった後はアリアナが剣を手に前に出る。ルドルフが強化魔術をかけてそれをサポートする。トロールは一撃で首を刎ねられてあっさり絶命し、こうなると再生力もなにも関係がない。何体まとめて来ようと瞬殺である。


 五十年前に目にした最強は今も変わらぬ最強だった。


 改めてアリアナの規格外の強さを目の当たりにして、ルドルフは戦えばとても勝てないということを再認識した。瞬殺はなんとか免れて見せるが、それでもほとんど一方的に敗北せざるを得ないだろう。


 大げさではなくアリアナはこの世の戦士の頂点といっていい実力を持っている。千年の経験に裏打ちされた戦闘の技術と勘。冷徹な迷いなき太刀筋。それが彼女の強さの秘訣だ。


「やっぱりルドルフの支援があると楽ね~。見てこの剣の軽さ!」


 アリアナはニコニコしながら手にした長剣を片手でぶんぶんと振り回す。ルドルフの目からはいつも振り回しているのと違いがわからないが、確かにフィジカルエンチャントの魔術で腕力は上昇しているだろうし、本人がそう言うのだから軽くなっているのかもしれない。


 もっとも実際のところは、ルドルフの支援が無くてもアリアナは何も苦戦しないはずだ。


「私も強化魔術を使った方がいいでしょうか? その……攻撃魔術ではなく」


 セラがおもむろにそんなことを聞いてきた。魔術で敵を攻撃するよりも、魔術でアリアナを支援した方が役に立つのではないかと思ったようだ。


「もちろん使いたければ教えられる。だが今は余計なことは考えずに、自分の使える魔術をものにするがいい」


 ルドルフがそう諭すとセラは真っ直ぐに師匠を見つめ、こくんとうなずいた。


 もしかして最初からアリアナの強さを見せつけていれば、中級魔術を習得したいなどとセラが駄々をこねることもなかったのかもしれない。ふがいない師匠ですみません。いやまあ結果として見れば中級魔術の習得を経て色々と収穫はあったけれども。


 ともかく一日の後半戦は常にアリアナが無双の働きを見せた。


 魔物との闘いだけでなく、ダンジョンに仕掛けられている罠に関してもこのエルフはあっさり発見して解除してしまう。自分に危害を与えるものを察知する魔道具を使っているのだと言うが、それにしたって罠を解除する手並みも鮮やかである。第十層にあるような難しい罠でも朝飯前だ。まさに一人でなんでもできる単独行動のエキスパートなのだ。


 ちなみに上の層で分かれて行動している時、ルドルフとセラの組はルドルフがすべての罠を踏みぬいて進んでいたのだが、罠の威力も上がってそういう強引な突破方法はそろそろ厳しいと思い始めていた。ので、アリアナと同行できるのはルドルフにとってもありがたいことだった。


 そのようにして第十層の探索は地上との往復を含めて二週間ほどで終わった。上の方の層に比べるとだいぶ時間がかかっているとはいえ、大きな問題はない。


 地上で数日の休養と補給を挟んで第十一層に挑む。


 第十一層からはまた魔物が強くなり、軽装の鎧を着こんだトロールや火を吐く黒犬などが出てくるが、やることはさほど変わらない。セラの魔術も十分通用するし、なによりアリアナが強すぎるのだ。特筆すべきことは一切起こらず、中ほどで一度地上に戻って休養した時間も含め、一ヶ月ほどで第十一層の探索も終了した。


 第九層から第十一層まで、延べ二ヶ月足らずですべての探索が終わった。これが驚異的スピードであるというのはさておき、アリアナがいなければもっと苦労していたことは間違いない。探索なしで一直線に進んでいたとしてもだ。ルドルフ一人でもここまで来られたではあろうが、セラを守りながらとなるともっと余裕は少なかったはずだ。


 それを考えると少し悔しいがこのエルフがいてくれて助かったと思わざるを得ない。


 次の層はいよいよ目的の第十二層となる。

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