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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第一章 ボーン・ミーツ・ガール

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第三十二話 より重要な才能

 それからの師弟は新しい魔術を習得するよりも、すでに習得している魔術を磨くことに時間を費やした。


 高速詠唱の基本をつかむ。それが新たな目標だ。


 とはいえ、セラが覚えたばかりの中級魔術にルドルフの教えを反映させるのは簡単なことではなかった。ルドルフが初歩の説明とともに高速詠唱の手本を見せるが、とても魔術の発動まで持っていくことができない。


 中級魔術での挑戦はセラ自身の希望だったが、その苦戦を見かねたルドルフは「難度が低い方から」と使い慣れた初級魔術から試していくことを勧めた。この助言は順当に功を奏し、初級のエナジーショットは割と早い段階でわずかに短縮して唱えられるようになった。


「少しだけど短くなりました!」


 十秒が九秒になった程度であるが、その進歩にセラは新しい魔術を習得した時と同じくらいに喜んだ。ルドルフも微笑ましくなる。新しくできることが増えるというのは楽しいものだ。


 先に説明した通り、詠唱を高速化するための手管は色々とある。ルドルフは今度は別のやり方を用いた高速詠唱をセラに見せる。セラがそのやり方もできるようになると、今度は先ほどのものと今のもの、ふたつの技術を組み合わせた高速詠唱を教えてやる。セラはいくらかの試行錯誤の末、初級のエナジーショットを八秒で唱えられるようになった。


「難しいけど、すごく面白いです」


 セラは額に汗をかきながらそんなことを言った。一瞬で魔術を習得するのに比べると遅々とした進捗ではあるが、確かな上達の手応えを感じているようだ。


 セラは魔術を一回唱えるごとに、その結果を自分なりに噛みしめている。呪文の意味や魔力の流れなどを改めて意識し、使うたびに理解を少しずつ深めていった。詠唱の高速化だけでなく、やがて威力の強弱の調節なども勝手に確かめ始めた。


 セラがこうして呪文と向き合うのに夢中になると、ルドルフはほとんど口出しすることなく見守るばかりだった。時折セラから質問があれば答える程度だ。そのセラの質問もいちいち的確である。改めて確信する。これはやはり黙っていても伸びるタイプだ。


 むしろこれは余計なことは言わない方がいいとすら思わせる。あとはやはり度を越したオーバーワークにならないよう注意するくらいか。魔術を見ただけで習得できるという異能のような能力よりも、魔術に取り組むその姿勢の方を空恐ろしく感じる。どちらがより重要な才能かといえば、間違いなく後者に違いない。


 実のところ習得するだけでいいというならば、セラはその気になればルドルフの持つ多彩な魔術のすべてを今すぐにも習得することができる。さすがに上級魔術は魔力の未熟さから行使不可能なので習得しても無意味だが、中級魔術までならどれでも行使可能である。


 ただし覚えるのと使いこなすのとは話が別だ。多くの魔術を習得したとしても、多芸なだけで使えない魔術師になってしまってはどうしようもない。今後新しく魔術を教える際は、習得済みの個々の魔術の習熟度を見てからすべきであろう。


 まったくこんな心配をさせる弟子は初めてだ。楽だが難しい弟子である。


 そんな神妙なことを考えつつも、しかしルドルフは毎日のお楽しみとして各属性の初級あるいは中級魔術をひとつふたつセラに教えるのを忘れなかった。なんだかんだで新しい魔術の習得は気分が高揚する。習得するのが弟子でもだ。


「すごいぞ! 間違いなく最年少の九属性魔術師エニア・マギだ!」


 セラがティンダー、ブロワー、スネア、クリエイトアイス、スタン、ライト、ダークネスの七つの魔術を新たに覚え、すでに習得していた無属性水属性と合わせて九属性の魔術を使えるようになると、ルドルフは一人で大いに盛り上がった。


 九属性の魔術をひとつずつ習得するには最短でも十年はかかる。正味のところ各属性の初級魔術をひとつだけ覚えて次の属性に行くなどという酔狂な魔術師はいないので、実際には何十年とかかるものである。ルドルフ自身も九属性すべてを扱えるようになったのはリッチになってからだった。


 セラはそのすごさがいまいちわかっていなかったようだが、ルドルフが「これは歴史に名が残る」とまで言ってずいぶんと持ち上げるのですっかりと照れてしまい、顔を赤くして何も言えなくなってしまった。これに関しては楽しんでいたのは弟子よりも師匠の方だったかもしれない。


 九属性魔術師のすごさはさすがのアリアナも知っている。この魔術の特訓の最終日にそれを聞かされた彼女は、ようやくセラの才能の特異さを少しだけ認めたようだった。


 この日々の間、ルドルフがついでのようにセラに与えた物がもうひとつあった。


 魔力出力を効率よく鍛えるためのべっ甲製の腕輪である。特に正式な銘はないが仮に錬魔の腕輪と呼ぶ。


 体を鍛えるのに鉄や石の重りの付いた鍛錬器具を用いることがあるが、この錬魔の腕輪はその魔力版である。使用者の魔力出力を抑え込み、魔術を発動させるたびに余計に大きく負荷をかける。


 生前のルドルフが己の魔力を鍛えようと大枚をはたいて買ったものの、あまりのきつさにすぐ使わなくなって死蔵していた魔道具だった。買っただけで満足してしまったという面もあるがそれはさておき。


 中級魔術を使い始めたことで、セラの魔力は黙っていてもこれまで以上に鍛えられる。使うたびに初級魔術よりも大きな魔力出力の負荷がかかるからだ。


 にもかかわらずルドルフがこれをセラに与えたのは、彼女が習得したばかりの中級魔術をあまりに易々と、さほど疲れる様子もなく発動させていたためだった。中級並の威力の初級魔術を使っていたおかげで、思っていた以上に彼女の魔力的な腕力は高まっているらしい。


 であるならば、もっと負荷をかけても大丈夫なのではないか。自分には使いこなせなかった道具だが、辛抱強い彼女ならきっとこいつを有効活用してくれるだろう。


 その思惑は見事に当たり、錬魔の腕輪を着けたセラは今まで以上に汗だくになって鍛錬に臨むようになった。鍛錬中に魔術を発動する際の苦しそうな表情とは裏腹に、その腕輪の効果に非常に満足しているようだ。発動後はむしろ清々しい顔をしている。この調子だと上級魔術に手を出す日もそう遠くはなさそうだ。


 セラの中級魔術習得を巡る日々はこうして終わった。終わってみれば当初の思惑をはるかに超える、相当に実りのある八日間だったといえよう。


 アリアナが第九層の探索を終えた次の日。一行はいったん町に戻って二日間を物資の補給と休養に費やし、あくる日には第十層へと向かった。


 その通り道である第九層を歩く途中。セラの上達を測る格好の標的が見つかった。オーガ・ウォリアーである。十日ほど前のセラが初級のエナジーショットで倒すのにずいぶんと苦労した相手だ。


 セラは高速詠唱のコツをつかみ、中級のエナジーショットもすでに一割程度は短縮して唱えられるようになっている。見るからに自分の新しく習得した魔術と技術を試したくてうずうずしていた。


「いくぞ。準備はいいか?」


「はいっ」


 こちらに気がついてゆっくり近づいてくるオーガ・ウォリアーの前にルドルフが立ちふさがる。第九層ともなるとルドルフも完全に殴られっぱなしでは少し痛いので、前衛として剣を構えて守備態勢を取る。その後ろでセラが中級のエナジーショットの呪文を唱え始めた。アリアナは戦闘に参加する必要がないので後方に気を配りつつもそれを見学している。


 戦い自体は何ら苦戦することなくごく短時間で終わった。オーガ・ウォリアーはルドルフの守りを突破できないまま、セラの中級エナジーショットを二発食らったところで沈んだ。


 その攻撃魔術の威力だけでいえば、セラはもはや上級冒険者と肩を並べてもおかしくないところまで来ていた。

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