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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第一章 ボーン・ミーツ・ガール
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第三話 押し込み強盗

 ルドルフは石壁を叩く鈍い音を聞き、彼方の闇に目を向けた。


 何度目かの音が響いたあと、壁の一部がガラガラと崩れて穴が開く。かすかに明かりが差し込んだ。


「思った通り、隠し部屋がありやがった。ついに見つけたぜ!」


「やったじゃねえか!」


「しかし気を付けてください。奥から禍々しい気が漂ってきています」


 穴の向こうからはそんな話し声が聞こえてくる。間もなくランタンの光とともに三人の男がぞろぞろと姿を現した。ダンジョンを探索する冒険者たちである。いでたちからして戦士、盗賊、神官といったところだろうか。神官はともかくとして他の二人はかなりガラが悪そうだ。


 さらにダンジョンには似つかわしくないような、年端も行かぬ少女がそのうしろからちょこんと現れた。


 男たちに比べてみすぼらしい恰好で、荷物の詰まった背嚢は小さな体と不相応に大きい。まるで背負っているのか、背負われているのかわからない。フードのついたローブ姿と手にした短杖から見るに魔術師であろう。目深にかぶったフードの隙間からもさもさした金色のくせっ毛がはみ出ている。


 ついに見つかってしまったか。


 ダンジョンの一角を根城にしている以上、いつかはこの日が来るとルドルフも覚悟していた。長い間ひっそりと隠れて引きこもっていたその場所に、ついに冒険者たちがやってきたのである。


「何かいる! お前ら気を付けやがれ!」


 先頭の戦士が調子よく威勢のいい大声を上げる。


 その視線の先にルドルフはいた。広大でがらんとした空間。殺風景の真ん中にぽつんと置かれた机と椅子。机の上の小さなランプの明かりを受けて、闇の中にその長身のローブ姿を浮かび上がらせて立っている。眼窩に怪しい緑の光をたたえていた。


「なんだあれは。スケルトンか? デカいな。とんでもねえタッパだ。ほかの魔物が一切いない層にたった一匹の巨大な魔物。こいつはいよいよもって当たりに違いない」


「特異個体というやつでしょう。油断はできませんよ。三層分は余計に強いと聞きます」


「んー、たしかに普通のスケルトンとはちょっと違うようだが。ローブを着ているのでメイジか……でもまあ三を足しても七。魔術はやっかいだが、魔術師ならこっちにもいる。第七層相当ならなんとかいけんだろ。きっと倒せばお宝だ。びびってんじゃねえ。ほら、アンデッドといえばお前の仕事だろ!」


「……了解。速やかに片づけます」


 ルドルフを単なるスケルトンとみなした神官が聖印をかざして法術を行使する。


「死者よ退け!」


 聖印がかすかに輝き、石畳の床と壁、そして骸骨をほのかに照らした。アンデッドを滅する退魔の法術である。しかし骸骨は依然として何事もなかったかのようにその場に立っていた。


「ギャハハ、効いてないぞ。日頃の信心が足りてないんじゃねえか」


「そんな馬鹿な」


 盗賊が意地悪く茶化す。神官は驚き戸惑っている。目の前にいるのがただのスケルトンならば今の退魔の法術で崩れ去っているはずであった。少なくとも目に見えるダメージは与えてなくてはおかしい。


「気にすんな気にすんな、お前がヘボでもうちには貴重な魔術師がいるからよ。じゃあセラちゃん、よろしく。君の腕の見せ所だよ」


「は、はい」


 戦士がヘラヘラ笑いながら猫なで声でうながすと、少女はおどおどした様子で前に出て呪文を唱える。


『エナジーショット!』


 十秒ほどの詠唱の後、杖の先から骸骨に向けて小さな魔力のエネルギーの塊が飛んだ。初級の攻撃魔術である。しかしそれは目標の体にぶつかる直前で弾かれたようにして消滅してしまった。


 それを見た少女はおびえるように体をすぼめて小さい体をさらに小さくした。一方の戦士は見る見る不機嫌な表情になり、少女の頭を横から強めに小突いた。少女は押し殺した悲鳴を上げてよろめいたが、なんとか転ぶのはこらえた。


「ったく、使えねぇ。うちにもついに魔術師がと思ったが、駆け出しじゃこんなもんかよ。たかがスケルトンごときで俺の手を煩わせやがって」


 そして自ら前に出ると、剣を振りかぶって目標に走り寄り、思い切りたたきつける。だがそれも鈍い音とともに弾き返されてしまった。思いがけない衝撃に剣を取り落とす。助走の勢いと体重を乗せた強打にも骸骨はビクともしていない。


「いってぇ! くそっ!」


「は?」


 戦士は苦痛に顔を歪めて悪態をつき、ニヤニヤ見ていた盗賊も目を丸くする。


「こいつはスケルトンなどではありません。もっと上位のアンデッド……」


「私はリッチだ。まずは話し合おうではないか」


 目の前にいる者の正体について険しい顔で考え始めた神官に、ルドルフは言った。


 有象無象の冒険者が持つような、ただの武器でリッチを傷つけることはできない。中級以下の魔術もリッチには効かない。低位の退魔の法術も同様だ。なのでルドルフはこの状況をどうしようか考えつつも冒険者たちのする様子を黙って見ていた。が、そろそろ話をしたいと思い、自らの素性を明かしたのだ。手っ取り早く力の差を理解させ、交渉の主導権を握ろうという意味合いもある。


「しゃべった!? ダンジョンの魔物が!?」


「クソッ! 外の魔物だ! ここが第四層とか関係ねぇ。どれだけの強さかわかんねぇぞ!」


「リッチ……あ、ありえないです」


 しかし、冒険者たちは大きな狼狽とともに対話以外の行動を取った。足をもつれさせて無様に転がったりしながらも、一斉にリッチから距離を取り、弾けるように一目散に出口の方へ駆けていく。


「やれやれ、そんなに慌てることもないだろうに。悪いが話がつく前に帰ってもらっては困る」


 一方的に攻撃してきて人を化け物呼ばわりするのには少し腹が立つ。だがルドルフは冷静だった。無害なリッチであるとアピールして、彼らと交渉しなければならない。この場所に住み続けるために必要なことである。


「おもてなしをしなくてはな」


 ルドルフは逃げる冒険者たちを足止めするために唱える呪文を決めた。とりあえずはスタンでしばし動けなくさせておけばいいか。軽くビリっとさせて転ばせるだけにするか、それとも思いっきりビリビリさせて気絶させるか。どうしよう。そんなことを考えつつ、指先を向け目標を定める。


 しかし逃げる戦士が同じく逃げる少女の背に追いついた時、ルドルフが目を疑う出来事が起こった。戦士は少女の背中を後ろから強く突き飛ばすと、転倒した少女の右足首を駆け抜けざまに思い切り踏み砕いたのだ。少女が短く押し殺すような悲鳴をあげる。予想もしなかった光景に、ルドルフは唱えかけていた呪文を中断した。


「お前みたいな醜くて小汚いガキを拾ってやった恩はこれで返してもらうぜ。役立たずの魔術師ちゃん。じゃあな!」


 倒れたまま体を震わせている少女を置き去りにして、捨て台詞は律儀にも忘れずに、戦士は遠ざかっていく。先頭を走っていた盗賊はすでに姿が見えない。戦士に追い抜かれた神官も振り向きもせずそのまま走り去ってしまった。


 あとには少女とリッチだけが残される。


「なるほど、ああいう奴らか」


 呆気に取られて三人を見送ったルドルフが思わずつぶやく。あれでは交渉相手としても信用はできない。


「まいったな」


 それから倒れている少女に近づき、にゅっと顔を覗き込むと、少女の顔は苦痛と恐怖で蒼白になっていた。確かに小汚くはあるが、別に醜くはないような? というのがルドルフの第一印象である。


 自分を間近で見つめる骸骨。そしてその眼窩に燃える緑の炎。青い瞳を恐怖に見開き、歯の根も合わないほど震えながら、少女はか細い声を絞り出した。


「ご、ごめんなさい……わ、わた、私、し、死にたくない……こ、殺さないで…………殺さないで、ください」


 すっかり怯え切った様子だ。


 ルドルフはちょっと傷ついた。まさかここまで怖がられるとは思っていなかったのだ。


「別に殺しはしない。立てるか?」


「助けて……許してください……ごめんなさい。私が悪かったです。ごめんなさい」


 少女の顔はますます悲壮な表情になり涙でぐしゃぐしゃになる。恐ろしさのあまり、ルドルフの言葉は耳に届いていないらしい。


「殺さないで…………お願いします、お願い……」


「別に何もしない。もう邪魔だからここから出て行ってもらいたいだけなんだが……」


 少女はそれきり黙ったまま震えている。目を固く閉じ、恐怖や苦痛に耐えているようだ。


 これはどうにもまず傷の手当をしてやる必要がある。


 そう悟ったルドルフはどこからともなく薬の入った小瓶を取り出した。小瓶の中には空のように青く透き通った液体が入っている。


 エリクサー。命の水とも言われる非常に強力な万能の霊薬である。生きてさえいれば四肢がちぎれていようと内臓がぐちゃぐちゃになっていようと、瞬時に傷ひとつない完全な健康体に本復させる代物で、いかなる劇毒や呪厄をも無効化する、なんでもありの奇跡の薬だ。しかも強すぎる霊薬にありがちな副作用もない。


 どんなに大金を積んでもおいそれとは手に入らない、場合によっては国の宝とされるようなとんでもない薬だった。


「薬はこれしかなかったか……ま、いいか」


 正直、挫いた足を直すには少し贅沢すぎる代物だったが、とはいえルドルフ本人にとってはもう役に立たないものだ。骸骨の体に薬は用をなさない。贈り物としてもらったものなので売るにも捨てるにも忍びなく取っておいたが、そんな持て余していたものが役に立つ機会が来たならむしろ喜ばしい。


「この薬を飲むがいい」


 だが事情を知らない少女にとっては、奇跡の霊薬もリッチに差し出された怪しげな液体だった。小瓶をやや怯えと疑いを含んだまなざしで見つめる。


「飲みなさい。傷を癒す薬だ」


 ルドルフは平坦な説明口調で再度勧めた。


 ここに至って観念した少女は、痛みに耐えながら上体を起こし、弱々しい手つきで渡された薬を飲み始めた。すると苦し気なその表情はすぐにほどけてほうと和らいでいった。コクコクと喉を鳴らして瓶の中身をすべてを飲み干す頃には半ば驚きの顔となっている。確かめるように怖々と立ち上がると、踏みつけられた足首は完全に治っていた。顔色もぐっと良くなったようだ。


「ありがとう……ございます……ありがとう」


 再び少女の目から涙があふれる。しかしそれは先ほどとは違う安堵の涙だった。


「でも私、こんなにすごい薬のお金、払えません。きっと高いお薬なのでしょう?」


 傷が治るや否や、子供だてらに薬代を心配し始める様子が何やらおかしくて、ルドルフの眼窩の緑の炎がわずかに踊った。


 気にするな、足が治ったなら出て行ってくれればいい、そう口にしようとした時、ルドルフはふと思いついたことがあった。


「そうだな、ならこちらの質問にいくつか答えてくれるかな。薬はその情報と引き換えということでかまわない。俺は長い間ずっとここで過ごしていたので最近の外の事情を知りたいのだ。もちろん話が終わったら無事に帰してあげる。どうかな?」


 一転して子供を諭すような口調になったルドルフの言葉に、少女はこくこくとうなずいた。


「では立ち話もなんだ」


 そう言ったルドルフが手をかざすとどこからともなく上等そうなテーブルとソファが現れた。続いてそのテーブルの上にお茶のポットとカップ、それに焼き菓子を乗せた皿が現れる。ルドルフは身振りで少女をソファに座らせると、カップにお茶を注いで焼き菓子の皿とともに少女の前に差し出した。


「リッチさん……はすごい魔術師なのですね」


 先ほどから変わらぬ上目遣いのまま、少女はおずおずと言った。


 駆け出しとはいえ魔術師であるからこそ、目の前で起きていることが簡単にはできないことであるとわかるのだろう。何もないところからものを出す、なんて魔術はよそではちょっと見られない。あるとすればおとぎ話の中だけだ。


「お茶は飲めるかな? 飲みにくかったら好きなだけ砂糖をいれてかまわないよ」


 少女はすすめられるままにお茶を口に含むと、目を丸くして口を押えた。どうやらお気に召したようだ。目の前に置かれた焼き菓子もあっという間に平らげてしまう。その勢いからしてだいぶ空腹だったと見える。


「菓子はまだある。人と話をする時は空腹でないほうがいい」


 ルドルフが追加で籠いっぱいの菓子を出してやると、少女はそれに手を伸ばす前に、背筋を伸ばして名を名乗った。


「えっと、私は……セラと言います。あなたのお名前は?」


 十歳くらいの小さな子供にしては受け答えがしっかりとしているな、と思いつつルドルフは答えた。


「ただのリッチ、でかまわんよ。人に名乗るような名前はすでになくてね」

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