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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第八章 北のトロール兵団

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第二百九十九話 惨劇のキランカ

 ルドルフは幾人かのゴーストに話しかけて、中でも比較的正気を保っている者から事情を聞くことができた。


 いくつかの話を総合してまとめると破滅へのステップは四段階だった。


 まず昨年の冬前に船団のオークたちが大挙してやってきた。一昨年にやって来た時は寄港しただけで、町の中までは入って来なかったのだが、今回はトロールたちがオークらを町の中に招いたという。


 次に間もなくそのオークたちが好き勝手に人間を殺したり町を壊すようになった。駐屯していたトロールたちとどんな取引があったのかは知らないが、トロールがそれを行えば罰せられるような行為にも知らぬ振りで、中にはそれに便乗して同じように暴れ出すトロールもいたそうだ。人々は日々怯えて暮らすようになった。


 そしてある時、そのオークたちの暴虐に我慢しきれなくなったレジスタンスの一部が小規模な蜂起が起こす。その中途半端な暴発がこの町の本格的な終わりを告げるものとなった。瞬く間に芋づる式にあぶり出されたレジスタンスは、その疑いのあるというだけの者も含めて皆殺しにされたという。


 それを境にオークたちの残虐さはますます歯止めが利かなくなり、まだ生き残っている人間たちもいるにはいるが、いっそ死んだ方がマシと言うくらいの筆舌に尽くしがたい扱いを受けている。


「……」


 ルドルフは黙ったまま険しい目つきで宙を睨んだ。霊たちのその無念と憎悪は、話を聞いただけでも引きずられて心が蝕まれそうになるほどのものだった。首を振って重い感情を振り払う。


 ひとまず十分に話は聞いた。ルドルフはまだ話し足りない様子で群がって来るゴーストたちを置き去りにして、今度はそれを己の目で確かめるべく、闇夜の街中をそぞろ歩いた。


 城壁から離れて西街区の中心部まで向かうと、これまでの暗く静かな景色から、一転してオークたちの騒ぎ声が飛び交う賑やかな通りに出た。上機嫌で馬鹿笑いしながら、肉を食らい、酒をやっている。


 ルドルフはひっそりと物陰に立って、オークの酔客たちの会話にしばし耳をそばだてた。話す様こそ人間の酔っ払いと大して変わらないものだが、内容は現在進行している状況なりに胸糞悪いものが多い。


 ルドルフは今すぐにこの場のオークたちを皆殺しにしてしまいたい衝動にかられたが、己の心が闇に沈もうとしているのに気がついて、それをグッと抑えた。これは自分の感情ではない。濃い闇の中、いつの間にか身にまとわりついて来ていた霊どもを払って散らす。


 それからルドルフはその場を離れて、町の神殿跡へと向かった。破壊しつくされ外壁も大きく崩れたその建物には、神殿本来の清浄な空気とは程遠い、濃厚で澱んだ瘴気がわだかまっている。


 生きている者が近づけば、魔物であるか人間であるかにかかわらず、体調に異常をきたすような、それほどの濃い瘴気である。オークもトロールもこの場所には好き好んで近づかないはずだ。


 レジスタンスの頭目がこの場所で拷問されて殺された。オークたちが馬鹿笑いで話していたその情報をもとにルドルフはここまで来たのだ。そしてそこには屈強な体格をした一人の男の霊が、血の涙を流して佇んでいた。


『エグダル……だな』


 死人にしか理解できない言葉でルドルフが話しかけると、エグダルは射貫くような目でぎょろりとこちらを見た。だが呼びかけに答えることはない。


『俺はゼレクに言われてここまで来た。お前の漏らした情報でレジスタンスが危機にさらされている。何があったのかを詳しく聞かせてもらおうか』


 ルドルフは忖度せずに事実と要求を直截に述べた。


 その言葉を聞いたエグダルは、とたんに虚空に向けて謝罪と悔恨の言葉を並べながら大げさに嗚咽したかと思うと、次の瞬間にはオークとトロールへの怨嗟を発して頭をかきむしって歯ぎしりをし、そのふたつの状態を何度か行き来した。その言動は時に支離滅裂で、およそ正気を失っている。


 これは話を聞くのはとても無理だ。エグダルの死と情報の漏れた経緯をおおまかにでも確かめられただけでよしとするしかないか。


 そう考えた時、ルドルフはひとつ見落としていた事実に気がついた。


 普通のトロールやオークは人間の言葉を解し得ない。ならばエグダルから情報を聞き出したのは誰だ?


 思わずその疑問をエグダルに投げかけると、エグダルの怨嗟の声に興味深い情報が混ざった。


『なぜだ! なぜあいつは人の言葉を話すくせにそんな非道を行える! なぜ約束を守らない!』


『あいつとはオークか? トロールか?』


『オークだ! 俺は洗いざらいを吐いたんだ! 約束を守れ! 我が子を! 我が妻を! 殺すな! 返せ!』


 エグダルの怨嗟の叫びは続いた。


 その疑問を起点に質問を絞ってひとつひとつ聞いていくと、エグダルとの会話は思いのほか知りたいことを教えてくれた。


 人間の言葉を流暢に話すオーク。人間を弄びながら殺してニタニタと笑っている。死を覚悟していかなるむごい拷問にも口をつぐんだエグダルが折れたのは、目の前に引き出されたその妻子が嬲られたせいだった。


 そして妻子の命を助ける約束と引き換えにエグダルは情報を吐いた。その彼の目の前で、そのオークは笑いながら妻子を惨殺し、慟哭するエグダルの胸に刃を突き立てたという。


 たびたび気が高ぶって突拍子もない方向に話が飛んだりするので、その話を把握するのはやや大変だったが、整理するとおよそそんな内容だった。


 そのオークが何者なのか。人間と流暢に会話する言語能力を持ち、西方大陸から来たオークの一団に混ざっているのならば、まず間違いなく西の魔王の眷属であろう。


 思った以上に面倒な相手が来ているではないか。


 歓迎はできないが重要な情報を得たルドルフはエグダルとの会話を切り上げて、今度は港へと足を向けた。が、去り際にふと思いついてエグダルに言葉を投げた。


『そのオークに復讐したいか?』


 エグダルは最初のように黙って、血涙の流れ続ける目でルドルフを見た。そして確かな言葉で言った。


『もちろんだ。それができるなら俺はなんだって差し出す』


 ルドルフが偵察から戻ったのは明け方だった。結局ギリギリまで町のあちこちを見て回ってきたのだ。


 ゼレクやストーラウはもう目を覚ましていて、ルドルフからの情報を心待ちにしていた。ルドルフは手短につかんできた情報の概要を告げた。


 詳しい話をする機会は朝食の後に別途設けられた。広々としたテントの中のテーブルにみなが集う中、ルドルフは昨晩自分が見てきたことをかいつまんで報告した。


 町を襲った惨劇の有様はゼレクを、そして一同を絶句させた。


 もとよりキランカで何かが起きているのは確実とわかっていた。最悪、この町のレジスタンスが吊し上げられて壊滅しているくらいまでは想定していた。だが現実はその最悪をはるかに超えるものだった。


 トロールたちとは違って、オークらは人間たちをさしたる意味もなく殺し続けている。かろうじて生き残っている人々も、城壁内の北の一角にまとめて収容されている。彼らがまだ生かされているのは、主にオークたちの慰み者としてだ。そして毎日その数を減らしているという。


 いずれ生存者はゼロになるだろう。皆殺し。これはまったく西の魔王のやり口である。


 オークたちの数は膨大で、以前のようにただ戦船を渡しに来ただけとも到底思えない。


 間違いなく西の魔王はこれからこの北方大陸で何かをしようとしている。そしてトロールたちはその動きを黙認、あるいは加担する立場を取っているようだ。


 詳細な報告を聞いたゼレクはただただ険しい顔をするばかりだ。


 ストーラウは鋭い目つきで、端的にその心を口にした。


「やはり捨て置くことはできないな。オークどもは必ずここで一掃しなければならん」


 当然それもエレストリア王国の再興に必要な仕事。そういう態度である。


 その解釈に異論はない。だがルドルフはひとつだけ懸念を述べた。


「いいのか。騒ぎを起こせばボルドールに気取られるかもしれん」


「その時はその時だ。ここでキランカの人々を見捨てる選択はあり得ない」


 ストーラウは淀みなく即答した。激しい怒りを静かに抑え込んでいる。そんな口ぶりである。


「は……そのとおりですな。まずはこのキランカを救わなくてはなりません。壊滅したとはいえ、キランカはこの地域の要です。敵に抑えられたままでは今後の作戦にも支障をきたします」


 ゼレクも戦略的観点を付け加えつつそう言った。


 どうやら情理の両面で戦いは避けられないようだ。双方の覚悟にルドルフも納得する。


 だが騒ぎが王都のトロール兵団に伝わる可能性はなるべく減らしておきたい。やるなら徹底的にだ。


 そのための作戦の話し合いが始まった。やることはシンプルだ。オークとトロールの殲滅、そして生き残った町の人々の救出である。あれこれと意見を出しながら、それぞれの仕事の担当と段取りを決めていく。


 最初にアクィラが「囚われた人々のいる区画以外、すべて炎で焼き尽くせばすぐ終わる」という案を出したが、これはルドルフが却下した。


 町はなるべく壊さないに越したはない。ほかに方法がなければそんな悠長なことも言っていられないが、ルドルフには死霊魔術師として別の腹案があった。ストーラウもゼレクも少し考えた末にルドルフの案の方に乗った。


 みなが昼の腹ごしらえをしている間、ルドルフはニカマスへ飛んだ。キランカの現状とこれから自分たちがやろうとしていることを、念のためオウルとその隣に控えるアンブローに報告しておく。


 連絡が終わって戻った頃には、すでに戦いの準備は万端整っている。


 いよいよキランカに向かうという時、ルドルフはふと気が付いてセラに聞いた。


「ところであのスライムはどうした? フローラだっけか」


 あの巨大な塊が町の側に姿を現すとオークの番兵が先にあれを見つけてしまうな、と少し心配していたが、フローラは一向に姿を現さない。


 セラはやや困ったような顔で答えた。


「それが、道じゃないところを真っ直ぐ来ようとしたらしくて、崖に落ちてしまっていて……」


 実はルドルフがいない間にひとり峠まで様子を見に行っていたのだ。


 峠から少し下ったところの崖に新しい崩れ跡が見えたので見に行くと、その崖下にフローラの姿があったという。


 かなりの高さを落ちたにもかかわらず、巨大スライムにダメージを受けた様子はなく、壁を這い上がろうとするかのように元気にうねうね動いていた。が、しかしいくら動こうとフローラのいる位置に変化は見られず、それはどうにも壁を撫でているだけのような有様だ。


 セラはショートリープで崖下まで降りてみたが、同じショートリープで引き上げるのは無理だった。対象が大きすぎたのだ。となると崖の上にこの巨大なスライムを戻す手段は思いつかない。


 見ればもとの湿原の方向に沢が伸びていたので、セラはひとまずそちらへ導こうとしてみた。すると川に入ったフローラは急な流れに乗って、ちょっと追いつけない速さで流れて行ってしまった。そんなわけで「もう人間は食べちゃ駄目だよー」と叫んで見送ってきたそうだ。


 残念ながら戦いの役には立たなかったか。さようならフローラ。また会う日まで。


 あのスライムが戦力にならなかったのは惜しい。だがルドルフはそれ以上気にすることはなかった。


 いよいよキランカに向けて出発するという時、ストーラウがルドルフに尋ねた。


「念のために聞くが、本当に大丈夫なのか」


 ルドルフは軽く答えた。


「おびただしい数の死者が奴らに復讐を望んでいる。彼らは存分に働いてくれるはずだ」


 キランカにいま死霊魔術師の兵隊となるものであふれている。それこそがルドルフの強気の根拠だった。


 さて、因果応報という言葉をトロールとオークどもに教えてやろう。

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