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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第八章 北のトロール兵団

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第二百九十八話 不吉な船影

 キランカへの旅は続く。


 巨大なスライムは後をついてくるようにと言って置いていくと、翌朝には追いついてくるような塩梅だ。セラが撫でてラエルがぽよぽよやると、うれしいのだか気持ちいいのだか、どうにもそんな鳴き声を上げる。


 ルドルフもスライムの鳴き声を実際に耳にしたのは初めてだ。人の耳では聞こえないほどのかすかな声で鳴いていると聞いたことはあるが、それがこれほどはっきり聞こえるのはその大きさのゆえなのだろうか。


「なんだか健気で可愛いじゃねえか」


 スライムの巨体をぺちぺち叩きながらアクィラが言った。


 たしかにこれでもっと小さければペットとして流行ってもいいくらいの愛嬌がある。まあ大抵のスライムは動物を発見すると捕食しに来るので、この健気さや愛嬌を愛でられる者はまずいないだろうが。


 彼か彼女かわからない巨大スライムは、いつの間にかセラからフローラという名前をもらっていた。


 いよいよ五月を迎えようとするその日。雪もまばらになりつつあった湿原が終わりを迎え、道はゆるやかな峠道となった。坂を登りきったところでセラは「わあぁー」と感嘆の声をあげた。


 峠の先にはいきなり展望が広がっていて、はるかに伸びる海岸線と大海原の水平線を見渡すことができた。その下界の陸と海の境目に港町キランカが小さくかすんで見える。まるでこれまでの旅のご褒美のような景色である。


 それはルドルフまでもがしばし見惚れるほどの光景だったが、しかしキランカの港を埋め尽くす無数の船影に気がつくと、その思考は急速に現実に引き戻された。何かが妙だ。漁船にしたっていくらなんでも多すぎる。


 ストーラウも同じ違和感を覚えたと見え、珍しく眉根にしわを寄せている。その隣でゼレクも難しい顔となっていた。


 一行はその峠で野営の準備をした。まだかなり明るいが時刻はすでに夕刻だ。北方大陸は季節によって昼夜の長さが極端に変わる。五月ともなれば通常は夕方となる時刻を過ぎてもまだ日が高い。


 テントの中で夕食を済ませた後、ゼレクとストーラウを中心として、先ほどの違和感について話し合った。


「トロールは大きな船を作ることを禁じております。人々が海の向こうに逃げるのを防ぐためです」


 キランカに集まっている船はここからだと小さく見えるが、周りの建物と比べるとどうやら百人や二百人乗れそうな大きさをしている。明らかに禁止されているサイズである。


 ルドルフが言った。


「間違いなく西方大陸からやってきた船だな」


 西の魔王がトロール兵団に戦船を提供していた顛末を知るルドルフは、あれらを同じ素性の船だと判断した。


 一昨年、西方大陸から船団を駆ってやって来たオークたちは、ポルモアのトロールに戦船の大半を渡すや否や、西へトンボ帰りしていったという。キランカは経由しただけ。だが今回はどうやらそれとはおもむきが違う。


「あの戦船の中にまだオークがいるのはたしかだろう。再派兵の船を届けるなら目的地はポルモアのはずだ。その途中というだけなのかもしれないが、いずれにしろだ」


 ルドルフの推察を聞いたゼレクの表情はますます深刻なものとなった。これは誰も想定していなかった出来事だ。


 この辺りの海も冬は流氷で船は動かせない。今は氷のひとつも浮かんでいないが、かといって流氷が去ってからやって来たにしては早すぎる。あの船団はおそらく昨年のうちにキランカまで押し寄せていた。


 つまりオークたちはこの地で冬を越した。


 そしてその冬にはキランカからあるはずの便りがなかった。


 ひと冬の間に何があったのか。二つの点を並べるとあまり芳しくない想像がわいてくる。


「トロール兵団に味方する西方大陸の魔物たちか。後顧の憂いを断つためにも、これはなんとしても排除せねばならないな」


 ストーラウが言った。険しいその目には明らかな闘志が燃えている。


 不測の事態に様子見という選択肢はないようだ。エレストリア王国再興を阻む新たな障害を前に、すっかり前のめりになっている。


「排除できるならな」


 だがルドルフはそんなストーラウをいったん押しとどめた。敵の戦力もまだわかっていないのだ。ここでことを決めるのは早計というものだ。


「とにかく明日はキランカの近くまで行っていったん隠れよう。夜暗くなったら俺が偵察に行ってくる」


 翌朝、どうやら上り坂を登るのに苦戦しているらしい巨大スライムを峠の上からはるかに見送り、一行は先に進んだ。そして昼過ぎにはキランカを囲む城壁を望む場所までたどり着き、近くの森の中に潜んだ。


 遅い宵闇に紛れてルドルフがひとりキランカに近付いていく。


 峠から俯瞰した時に気がついていたことだが、その町の構造はどこかザマルを思わせた。


 町を囲む城壁は海の果てからの侵攻に備えて海側にも回り込んでいて、陸側にはその城壁の外にはみ出た街区が広がっている。地図で見ればザマルを反時計回りに九十度回転させればキランカになるといったところだ。つまり西街区が城壁の内側、東街区が外側である。港湾は西街区の南側にある。


 ルドルフは見つかる可能性を減らすために認識阻害の面をかぶり、東街区の家々の影を縫って城壁の方へと進んだ。今のところ人の気配はどこにもない。並び立つ家屋のどこにも明かりはなかった。


 やがて城門の見える場所まで来ると、夜でも城壁の上に篝火が焚かれていて、鎧を着たオークがその近くを守っているのが見えた。やはりオークはまだこの町にいる。しかしそれが番をしているというのは……


 ルドルフは城門を避けて回り込み、城壁に取り付いた。ショートリープの魔術なら一瞬でその上に出ることができるが、あれは転移の際に光を発して居場所を知らせてしまうので、隠密活動には適していない。


 だが幸いにして今のルドルフはどんな高い城壁でも乗り越えられる手段を持っている。指にはまった飛行の指輪を眺めた。さて、今日はうまく飛べるだろうか。


 ルドルフが意識を集中すると、その巨体がゆっくりと宙に浮かび上がり、吊り下げた人形のようにゆらゆらと大きく揺れながら浮上していく。以前ラエルにも語ったことだが、空を飛ぶというのはなかなか思い通りにはいかず難しいものだった。重心のコントロールがうまくいかず、無様に体が揺れるのを抑えることができない。


 それでも城壁の上を巡回するオーク兵の目を盗み、なんとか城壁の上に躍り出たルドルフは、城壁の内側に設けられた階段を下って、西街区へと降り立った。東街区もそうであったが、ここにも町の住人たちの気配はない。それはまったく廃墟のような静けさだった。


 しかしルドルフの目には、その空虚な町が異様な賑やかさに見えていた。肉体を失ったこの世ならざる者たちが無数にさまよっている。


 この町の元の住人たちであろう。この数のゴーストは戦場でもちょっと見ない。よほど大勢がよほどむごい殺され方をしたものと見える。


 どうやらこの町では最悪の事態が起こっている。

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