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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第八章 北のトロール兵団

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第二百九十六話 ストーラウとアンブロー

 アンブローの瞳が震え、涙が頬を伝った。


「ストーラウ、すまない。ボクはダグラスを、王陛下を守れなかった」


「私こそすまない。来るのがだいぶ遅れてしまった」


 沈痛な面持ちでストーラウが詫びる。懐かしき再会にしてはずいぶんと悲壮な空気だった。


 二人の間に沈黙が流れる中、目覚めたアンブローを目にしたルドルフはまたしても驚いていた。目の前で泣くその姿が彼の知るドールとはまったく違っていたからだ。いや涙すら流せるとは。これほどに感情表現の豊かなドールをルドルフは見たことがない。


 そしてまだ眠ったままの子供のボディの方に目を向ける。是非あれを調べさせてくれないだろうか。分解もありの方向で。


 ややあってアンブローが言った。先ほどまでの失意とは打って変わって決意の目をしている。


「もう何の存在価値もないボクだが、せめて仇を取って終わりたい。協力してくれるか、ストーラウ。君がいるなら極北の魔王にも一泡吹かせることができるはずだ」


 場は得もいわれぬ空気に包まれた。一瞬、アンブローが何を言っているのかわからなかったのだ。


 だがストーラウだけはアンブローの状態を正確に把握していた。


「極北の魔王はとうの昔に倒れた。殲滅の神子の手によってな。そこにいるリッチは名こそ伝わっていないが、その時の従士の一人だ」


 その冷静な一言に、今度はアンブローが意表を突かれた顔になる。ストーラウの指し示すまま、やや間抜けな顔でルドルフを見つめた。


 やがてアンブローも自分の置かれた状況に気が付いた。


「……ボクはいったい何年寝ていた?」


 それから程なく、すっかり事情を聞かされたアンブローは一転して声を荒げた。


「君がいながら六十年も何をしていたんだ!」


「返す言葉もない」


 極北の魔王が倒されたというのに、トロール兵団ごときにこの大陸をほしいままにさせている。ストーラウの実力を知るアンブローにはそれが許せなかったのだ。


「王がいなくなっても民がいる。できることはまだあったはずだ」


「すまなかった。どんなに責められようと言い訳のしようもない」


「謝れば済むと思っているのかい? 気に食わないな」


 アンブローは何度もなじり、ストーラウは何度も謝った。長年のストーラウの腑抜け振りからすれば、その怒りはもっともである。


 その剣幕にみなが口を挟めないでいる中、ルドルフはアンブローの感情の高まりを感心したように眺めていた。まるで人間そのままの疑似魂魄だ。その目はやはり魔術的な興味に輝いている。


 しばらくして、ようやくアンブローの口撃が止まった。まったく言い訳せずただ謝罪を繰り返すストーラウに、アンブローもそれ以上は何も言えなくなってしまったのだ。


「……君は昔からほんとうにずるい。いつの間にかボクの方が駄々をこねている気分になる」


 ストーラウが下げていた頭を上げる。


「王国再興のため、我らとともに来てくれないか。私に恥を雪ぐ機会を与えてほしい」


 アンブローはその顔をしばし眺めてから言った。


「もちろん王国再興には協力するとも。でも君とはしばらく口を利きたくないな。ボクはニカマスでオウルに手を貸すとするよ。ゼレク、悪いけど事情を説明する手紙を書いてくれないかな」


「はっ」


 アンブローはゼレクだけでなくオウルの若い頃にも会ったことがある。ゼレクを前にして若者が老人になっていたことに最初は少し衝撃を受けていたが、事情を呑み込めばどうも気安く語りかける仲のようだ。


 ストーラウにはことさらにわだかまりをあらわにするアンブローだったが、ゼレクには謝罪と感謝を幾度も述べ、よくぞ雌伏の時を耐え抜いたと感銘の態度を隠さなかった。そしてレジスタンスのために尽力を惜しまないと約束する。


 それから稼働に必要な魔力を供給してくれたセラには感激とともに感謝を伝えた。


「こんなに魔力が体にあふれるのはマスターが生きていた頃以来だよ!」


 とのことである。マスターとはもちろんブロンダイクのことだろう。


 それにしても成熟した女性の姿をしているが、口調は爽やかな青年のようだ。


「女性の体になって違和感はないのか?」と聞くと、「別に」とのことであった。男勝りとは少し違うが、さばさばしたお姉さんと見れば、接する方としてもさほど違和感はないか。彼と呼ぶか彼女と呼ぶかは少し迷うところであるが、ひとまずは外見に合わせて彼女と呼ぼう。


 外見といえば頭の羊の角は飾りではなく本当に生えているものだった。なにゆえ生えているのかは不明だ。


「その杖は……」


 やがてアンブローはセラの持つ短杖に目を止めた。


 彼女はストーラウがブロンダイクの杖を勝手に報酬にしたと聞いて、また少し怒りの表情を見せた。しかし恐縮したセラがそれを返そうとすると、むしろそれを押し付けてきた。


「いいんだ。かまわない。でもミストルティンの方はボクに使わせてくれないかな。今のボクにはあの杖が必要だ」


 聞けば今のアンブローのボディは戦士というより魔術に特化したタイプなのだと言う。


『ミストルティン』とは長杖の方に付いた銘である。


 ヤドリギのまとわりつくその杖には周囲の魔力を大きく集め蓄積する力があり、術者は杖に貯えられた魔力を使うことで、己の魔力消費を抑えることができる。つまりオートチャージ機能付きの大容量魔石を手にしているような塩梅である。その効果がアンブローはどうしても欲しいのだと言った。


 なんとなればアンブローは魔力が底を尽けば機能停止に陥り、また眠りについてしまう。魔力は彼女の動力でもある。万が一にも使い果たしてしまうわけにはいかないのだ。


 短杖も極めて優れた魔術師の杖で『エンハンサー』と言う銘がついているらしい。ブロンダイクが最も好んで使っていた杖だと言うことである。短杖ながらどんな長杖をも凌駕する性能を持つ。


 アンブローの説明によると、エンハンサーは魔術の威力をおおむね一段階高めてくれるという、こちらもミストルティンに負けず劣らずの破格の特性を備えている。たとえばエナジーショットであれば初級が中級の威力になるし、中級は上級の威力になる。上級魔術を使えば、普通に使っても極限突破オーバードライブ相当の効果を発揮する。代わりに魔力の消費を抑える機能は弱いのだが、セラの魔力容量ならばさしたる問題にはならないだろう。


「セラのような優れた魔術師が使ってくれればマスターもきっと喜ぶ」


「大切に使わせてもらいます」


 アンブローとセラは互いに笑顔を交わした。


 なお、倉庫に仰々しく並べられている魔道具のほとんどは使わない方がいいとアンブローは言った。強力な力を秘めてはいるが、取り扱い注意の品ばかりであると言う。個々の詳細はアンブローも知らない。ルドルフの目にはそれでも研究対象として魅力的に映る品々であったが、やはり簡単には譲ってもらうことはできなさそうだった。


 アリアナにはこれらに関して口を利いてもらおうかな。長杖はどうも駄目みたいだし。


 一行がブロンダイクの隠れ家で過ごしたその夜、アンブローはルドルフから極北の魔王をどうやって討伐したのかをしきりに聞きたがった。久々に話すその冒険譚には、初めて聞くゼレクも興味を隠せない。


 アンブローやゼレクが何か感心するたびに、なぜかセラの顔にあふれんばかりの喜びと誇らしさが表れた。いや、あなたの師匠は語ったシーンではほぼ活躍してないんですけどね。裏方だったもので。


 ストーラウは離れたところで一人静かに耳を傾けていた。


 明日に備えて一同が眠りにつき、眠らないはずのアクィラもラエルの隣で横になる中、アンブローは一晩中ルドルフに話をせがみ、ルドルフも仕方がないので色々と話してやった。睡眠の邪魔なので入り口の広間で眠る者たちとは離れて工房に移動している。


 その未明、話が大きくひと段落したところでアンブローがおもむろにルドルフに問うた。


「ところで、ずっと気になっていたんだけど、その指輪は?」


 彼女の視線と言葉が指すのはもちろん飛行の指輪だ。


「ストーラウからの報酬だ。これほどの品でなければ俺はこの依頼を受けなかっただろう」


「……ふぅん」


 アンブローは黙り込んで神妙な顔つきとなった。


 ややあって再びルドルフに昔話を促したが、それ以上は指輪のことにもストーラウのことにも触れなかった。


 翌朝、アンブローは一行にあっさりとした別れの言葉を告げ、さっさと空を飛んでニカマスの方角へと消えて行った。おもむろに宙に浮いたのは驚いたが、どうやら飛行の魔術をその身に機能として備えているらしい。


 魔術師タイプのボディと言うことで、残念ながら魔術殺しのボルドール相手の戦力としては期待できなさそうだ。しかしボルドール以外のトロール兵たちを相手取るレジスタンスにとっては心強い戦力となってくれることだろう。

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