第二百九十五話 王国の守護者
「あの奥には何があるのだ?」
ルドルフが指差して聞いた。倉庫からさらに奥に続く扉がある。実は先ほどから気になっていたのだ。
「ブロンダイクが工房としていた場所だ。今はもう何もないだろう」
ブロンダイクは魔道具作りの匠でもあり、この場にある魔道具のすべてはその工房で作られたものだという。何もない、と言われても大魔術師の工房と来たら見学しないわけにはいかないだろう。
ルドルフが頼むと、ストーラウは特にもったいぶることもなくうなずいた。
扉を開けたストーラウについて、ルドルフが工房へと足を踏み入れる。そこは今までいた倉庫と同じくらいの広さがあり、何かガラクタのようなものがそこら中に雑然と転がっていた。部屋の真ん中には石造りの台が床から飛び出していて、どうやらそれは作業台のようだった。
後からゼレク、ラエル、アクィラもやって来る。
「ここはもとは小さなダンジョンだった場所だ。すでに涸れて数百年が経っているが、ブロンダイクが生きていた頃にはダンジョンもまだ生きていた。あふれる魔力が魔術師の根城とするに持ってこいなのだと言っていた」
辺りを見渡すルドルフにストーラウが補足説明した。彼は生前のブロンダイクの言葉を語る。彼らは盟友であり、ともに背中を任せてエレストリア王国の建国を成した仲である。
涸れた、というのはダンジョンとしての力を失ったということで、ドミラフの大穴のように突然現れるダンジョンがあれば、突然涸れるダンジョンもある。その仕組みは謎に包まれている。涸れたダンジョンは崩れて形を失うことが多いが、この場所のようにがらんどうの残骸として姿を残している場合もある。
それにしてもダンジョンを拠点にする先駆者がいたことにルドルフはやや感心の思いである。ブロンダイクはエレストリア王国の宮廷魔術師でもあったから、国が有するダンジョンのひとつを公然と譲り受けていたのだ。
ルドルフらは工房の中を歩いて回った。最初にストーラウが何もない、と言った通り、そこに見るべきものは特になかった。転がるガラクタは魔力も宿さぬ本当のガラクタで、千年前のものと考えれば、もしかすると骨董的価値があるかもしれない、といった程度のものである。
しかしその部屋の一番奥、物陰の暗がりの中にアクィラが何かを見つけた。
「死体か? あれは」
ルドルフらが部屋の奥に集まると、そこに何者かがいた。
床から並んで生えた円柱の中ほどのひとつに寄りかかり、足を投げ出し座っている。脱力したままにわずかにうつむいた顔はどこか無機質な印象だ。髪の長さ、それに質素な貫頭衣の胸のふくらみから女性だとわかった。頭の両側に大きくカーブを巻く羊の角が生えているのが目を引く。
「アンブロー」
ストーラウが軽い瞠目とともにその名を口にした。
「アンブロー? アンブロー様ゆかりの者なのですか」
ゼレクが聞き返す。ゼレクはその名を知っているようだ。
「違う。これがアンブローだ……そうか、この場に備蓄していた魔力がもう……それで起動できなかったボディがこうして残されているのだな」
要領を得ない顔をするゼレクやルドルフらを前にして、ストーラウはアンブローが何者かを説明をしてくれた。
それは魔術師ブロンダイクによって生み出されたドールだと言う。
ドールが何かに関してはルドルフが説明を補完した。
それは魔術によって生み出された存在で、人間を模した人形の体を持つ人造生物の一種だ。自律思考が可能な人工的な魂を宿し、簡単な会話など意思の疎通もできる。ホムンクルスと同じ人造人間とも言えるが、一応ながられっきとした生命であるホムンクルスとはまた成り立ちが違う。
ルドルフの説明が終わったところで再びストーラウが語りだす。
アンブローは予備を含めて十二体のボディを持っており、破壊されるなどして活動を停止すると、この場に保管されていた別のボディのひとつが目覚める仕組みになっていた。
「では傷だらけで倒れたアンブロー様が、幾度もよみがえって王の危機を助けに現れたと言うのは……」
「壊れるたびに次のボディに成り代わっていたのだ。それもどうやら十体目が潰されたところで終わったようだが」
ゼレクの問いにストーラウが答えた。
王国の守護者として作られたアンブローは優れた戦士でもあり、極北の魔王の軍勢との戦いでは倒れても倒れても王を守ろうとした。その奮戦が報われなかったのは歴史の語るところである。
ゼレクもアンブローが千年もの間、王国を守ってきた存在であることは知っていた。ゆえにその話をなんとか飲み込むことができたが、「それにしてもこれがアンブロー様とは……」と戸惑うのは、目の前のアンブローだとされる存在が彼の記憶とは別の姿をしているせいだ。
彼の知るアンブローとは屈強な全身鎧の戦士だった。兜の下の眉目秀麗な顔立ちも見たことがある。目の前にいる華奢な女性とは顔や体格はおろか性別も違う。共通していたのはその頭の角くらいなものだと言った。
ルドルフは目の前で眠る女性がドールのボディであることまでは容易く理解したが、動いているボディが破壊されることでほかのボディが目覚める、という話には驚きを隠せなかった。
聞くにどうやら意志や記憶も引き継ぐようだ。未だかつてそんな例など聞いたこともない。大魔術師ブロンダイクの大いなる技ということか。
ここはもとはダンジョンの、おそらく地脈の通る場所だった部屋だ。本来ならばその地脈から得る無限の魔力で、この女性型のドールも次のアンブローとして目覚めるはずだったのだろう。しかし地脈が涸れ、残存した魔力のみでは十体目までで限界を迎えてしまったのだ。
動かぬアンブローを見下ろし、わずかな思案の後、ストーラウが言った。
「アンブローを起こせればこの上ない戦力になる」
そこにちょうどセラがバルドと並んでやって来た。倉庫に戻ったところ、誰もおらず、奥に続く扉が開けっぱなしだったので後を追って来たのだ。
どうしてここに集まっているのかと聞くセラに、ルドルフがざっと状況を説明してやる。その説明が終わったところでストーラウがセラに言った。
「セラ、魔力を融通してもらえるだろうか。アンブローを目覚めさせるには膨大な魔力が必要だが、貴女ならば可能なはずだ」
セラは急に声をかけられたことに目をパチクリさせたが、すぐに
「はいっ」
と大きく返事をした。
「ではどちらを……」
セラが念のために聞く。見れば一番隅っこの円柱には同じく羊の角を付けた、少年とも少女ともつかぬ子供が体を預けている。
「こちらを頼む。そちらはおそらく最後の予備だ」
ストーラウの返答を受けて、セラと、そしてルドルフが女性の方のドールの体を調べると、首の後ろに円で囲まれた文様が描かれていた。魔力を注ぐとしたらここだ。
みなが見守る中、目を閉じたセラが己の神子の異能を解放し、どこからともなく無限の魔力を引き出す。見えないはずの魔力が、この場にいる誰にも感じられるほどの圧力をもって渦巻いた。その渦が止んだしばらくの後、ドールに変化が表れる。
キィンと鋭く耳慣れぬ音が甲高く響いたかと思うと、その女性の体がびくりと震え、ゆっくりとその顔を上げた。
光を帯びて透き通った琥珀色の瞳が一同を右から左に眺め、最後にその視線はストーラウに釘付けとなる。どことなく非人間的な無機質さを漂わせていた表情が崩れ、皮肉の色とともに一気に人間味を帯びた。




