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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第八章 北のトロール兵団

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第二百九十四話 二本の杖

 キランカへ続く古道の左右は見渡す限りの雪景色。広大な湿原はまだ白い布団をかぶっている。だが気候は見た目ほど寒々しいものではなく、進む石畳の道にはすでにほとんど雪はない。相変わらず雲の多い空模様だが、たまさか太陽が顔を出すと、冬の名残りの白が眩しく輝いた。


 防寒着はまだ手放せないが、その重ね着の層はひとつふたつ薄くなっている。人より代謝のいいバルドなどに至っては、動いている時はシャツに上着のみといった軽装になっていた。


 そんな古道の道行きが始まった翌日、先頭を行くストーラウがおもむろに立ち止まった。


「ここから少し道をそれる。今日中にはブロンダイクの隠れ家にたどり着けるだろう」


 急ぎの旅ではあるが、一ヶ所だけ寄り道が予定されていた。


 その寄り道の場所とは、歴史と伝説に燦然と名を輝かせる大魔術師ブロンダイクの隠れ家。もちろん本人はすでにいないが、そこには彼の残した遺産が眠っている。


「伝説の魔術師の杖か。どれほどのものか、俺も見るのが楽しみだ」


「はい。私も早く手に取ってみたいです」


 セラはその遺産の中から、報酬としてブロンダイクの愛用していた杖を受け取ることになっていた。非常に強力な杖だということであるが、何よりもセラはおとぎ話で聞いた伝説の魔術師のゆかりの品に触れるのを楽しみにしている。


 これは戦力増強も兼ねた報酬の先渡しである。


 ストーラウを先頭とした一行は古道を南に外れ、見渡す限り真っ白な雪原の道なき道を進んでいく。遥か前方にはこの湿原と王都のあるラチルカ地方を隔てる白い山脈を望む。


 やがて半日ほどが過ぎた頃、ルドルフたちは鬱蒼とした針葉樹の森へと足を踏み入れた。すでに太陽は傾いているが、四月に入って日はぐっと長くなっており、日没までにはまだ余裕がある。透明な木漏れ日が斜めに差し込み、雪に反射する様が美しい。


「間もなくだ」


 先導者のその言葉を信じて一同が歩き続けると、それからすぐに視界が開けた。


 依然として深い森の只中には違いなかったが、そこには不思議と平らな雪の広場が円形を成していて、その中央には巨石を組んで作られた石室がある。苔の上に雪を乗せた不揃いの大岩がまるで積み木のように組まれ、その黒い入り口をこちらに向けていた。


「ここがブロンダイクの隠れ家だ。ついてきてくれ」


 人間が一人ちょうど入れるくらいのその入り口にまずストーラウが入っていき、一同は次々とそれに続いた。最後に桁外れに大柄なルドルフが身をすぼめて斜めに体を滑り込ませ、横歩きをしながらなんとか進んだ。


「広い」


 ライトの魔術で光を灯したセラは思わずつぶやいていた。照らし出された石室の中身が、明らかに外見通りの広さではなかったからだ。左右だけでなく天井も高く、千人は余裕で収容できる円形の大ホールである。


「空間拡張の魔術がかけられているな。これはブロンダイクの技か」


 窮屈から解放されたルドルフが背筋を伸ばしながら言った。


 それは彼がよく野営のテントを広々させているのと同じ魔術だ。今ではルドルフ以外の使い手はいないはずの空属性の魔術だが、自分も昔の魔術を再現して習得したものなので、その魔術が生きている場所に出会ってもさほど驚きはしない。


 ことにブロンダイクは千年も前の魔術師である。今の時代の誰もが知らない魔術を知っていたとしても何の不思議もないだろう。


 ストーラウは勝手知ったる足取りでその殺風景な大ホールを横切ると、長く伸びる廊下を進み、左右に並ぶ扉をことごとくスルーして、その一番奥までやってきた。そして突き当りの扉を開けると、はじめの大ホールほどではないが、開けた円形の大部屋に出る。


 その部屋の壁は棚でびっしりと覆われ、床には四角い台座が一定間隔で規則正しく並んでいる。そのすべてに何らかの品物が展示品のように行儀よく収まっていた。ルドルフがセンスマジックを使うと、どれもが例外なく強力な魔力を放っている。


 倉庫。ストーラウはこの場を単にそう呼んだが、魔術師にとっては恐るべき宝の山だ。ルドルフの目の炎がいっそう強く輝きを放つ。それらの品物が魔道具であるとわからないものにとってもその景色は壮観だった。みな辺りを見回し圧倒されている。


 ストーラウは部屋の中心にセラを誘うと、その場に鎮座する二本の杖を指し示した。幾何学模様の装飾が施されたひときわ立派なふたつの台座があり、それぞれに杖が一本ずつ置かれている。


「どちらか一本取るがいい。詳しい性質などは私にはわからないが、いずれもこの上ない力を秘めた杖だと聞いている」


 片方はヤドリギの絡みついた神秘的な長杖。節くれ立った無骨な木の杖にまとわりつくヤドリギの枝葉は青々として、瑞々しい生命を宿しているかのようだ。


 片方は柄の端に小さな青い宝石のはまった瀟洒な短杖。宝石の深い青の奥には夜空の星のような煌めきが宿っている。


 候補が二本あるとは思わなかった。


 セラは二本の杖の間にしばらく視線を往復させ、最後に首だけ動かして背後に立つルドルフを見上げた。どちらがいいか、師匠の助言をあおぎたいというわけだ。


 魔術師の杖は剣士にとっての剣のように手放せないものだ。優れた杖は魔術の威力を増し、消耗の負担を軽くしてくれる。


 一般的にはスタッフ、長杖の方が魔術師の杖としての能力は優れているが、長い分かさばるというのが難点だ。


 一方のワンド、短杖は取り回しに優れるが、長杖に比べるとやや力は劣る。


 長杖は人の背丈ほど、短杖はやや長めのナイフ程度の長さ大きさをしていて、特に規格が決まっているわけではないが、中途半端な長さの杖というものはあまり見ない。


「詳細な性能がわかればいいんだがな……」


 ルドルフはあごに手をやりつつそう言った。杖には特定の属性に特化していたり、魔術の補助以外にも魔道具として何らかの機能を持つものなどもある。また長杖の方が能力に優れるとはいっても、あくまで一般の傾向なので、エルフが太鼓判を押すクラスの品となるとさほど参考にはならない。


 長杖はセラの背丈よりずっと長い。旅やダンジョン探索に持ち歩くには短杖が正解であろう。だがルドルフとしてはあのいかにもな見た目をした長杖の方も無性に気になる。ゆえにどちらをと明言することは憚られた。


「両方を試させてもらうことはできないか?」


「かまわない。明日の朝までに受け取る一本を決めてもらえばいい」


 ルドルフが尋ねるとストーラウは当たり前のように快諾した。いずれにしろ今日はここで一泊することになっているのだ。


 そのやり取りを聞いたセラはストーラウに断ってまず短杖の方を手にした。やや緊張の面持ちである。


「すごい。持っただけでなんだか普通の杖と違う。手に吸い付くみたい」


 短杖の柄を握るなりセラがそう言った。見開くその瞳の奥には宝物を手にした時の小さな喜びが煌めいている。


 セラは実際の使用感を試すべく、いそいそと外へと向かった。バルドが隣に並んで歩く。


「両方持っていけばよかったのに」


 セラを見送った後、ルドルフは気が付いたようにそうつぶやき、長杖の方を手に取った。こちらも手にしただけでただものではない杖だと感じられる。相当な逸品である。アリアナならば「かなりいい」と言うであろう。おそらくはあの短杖の方もそうだ。


 杖にすっかり魅入られたルドルフは「セラが選ばなかった方を譲ってもらうわけにはいかないか」とストーラウに交渉を試みたが「飛行の指輪でなくあちらがいいのか?」と言われて諦めた。ここはどうにも融通が利かなそうなかんじだ。


 いずれ何か別の機会を狙うとするか。いや、ザマル死守の報酬としてアリアナに口を利いてもらえばいけるか? これは次に会った時、真っ先に確認しなくては。

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