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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第一章 ボーン・ミーツ・ガール
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第二十七話 バジリスク

 三人は警戒しつつもそのまま進み、ほぼ部屋の中央にある石像群のそばまで進んだ。不意に背後に何かが動く気配を感じる。何の情報もなくこの部屋に足を踏み入れていたなら、石像に気を取られてとても気がつかなかったであろうかすかな気配だ。


 ルドルフが振り向くと、入口の上の壁に大きな目を爛々とさせた巨大なトカゲが姿を現していた。天井近くの闇にまだ半身を隠している。バジリスクである。


 ベルタの言う通り壁に張り付いているが、どんな力でそれをやっているのかと思うほどの巨躯で、ルドルフにもこの大きさは想定外であった。地脈の魔力を吸ってこれほどまでに成長したのか。これは第八層にいていいクラスの魔物ではない。


「後ろにいる。振り向くな」


 ルドルフが二人をかばうようにローブを広げてバジリスクの前に出た。


 獲物がこちらを見ていることを察知した瞬間、バジリスクがその邪眼の力を開放した。見開かれた目から放たれた無形の圧力がルドルフを襲う。それからバジリスクは入口を塞ぐように床に落下した。ずしん、と地が震える。縄張りに侵入した不届き者を逃がすまいと、底意地悪くも逃げ道をふさいだのだ。地に降り立った大トカゲの顔はルドルフの頭と同じくらいの位置にある。つまり普通の人間の身長よりはるかに高い場所だ。


 多くの者が今のような奇襲で石にされたのだろう。そして残った者も規格外に巨大なバジリスクの姿に絶望を味わったに違いない。周りに立つ石像たちの表情がそれを物語っていた。


「後ろからの不意打ちとは、トカゲのくせになかなかしゃらくさい真似をする」


 だが必殺の邪眼を獲物に浴びせたバジリスクの前に、ルドルフは平然と立っていた。巨大なトカゲが目をしばたたかせている。人と同じような知能があるのかはわからないが、自分が意図していたのと異なる結果に唖然としているようにも見えた。


 実のところバジリスクはルドルフにとって何ら危険な相手ではない。リッチに石化のたぐいの状態変化を及ぼす攻撃は効果がないからだ。


 バジリスクが機嫌を損ねたような奇声をあげてルドルフに突進してくる。自分の何倍もの大きさの相手にルドルフはまったく動じる様子もない。大口を開けたバジリスクの牙がルドルフの体に迫った。その牙の先から毒液がほとばしる。


 石化の邪眼のみならず、牙や爪にある強力な致死性の毒もバジリスクの特筆すべき脅威である。しかしあいにくとリッチは毒が効くような体も持っていない。石化も毒も無効となれば、相手は単にでかくていかつい顔をしたトカゲにすぎない。


「くそっ、ローブが! あと意外と痛い!」


 しかしつい今さっきまで余裕綽々だったルドルフが忌々しげな声をあげる。主たる攻撃手段を封じて楽々とかまえていたが、剣をも防ぐ強靭な魔道具のローブにバジリスクの牙は深々と突き刺さり、ルドルフの肋骨にひびを入れていた。


 たしかに石化も毒も効きはしなかったが、単純に牙の攻撃は効き目があったようだ。並のバジリスクの攻撃であればリッチを傷つけるには至らなかっただろう。だが相手はどう見ても並ではない。これはルドルフの油断しすぎであった。


「慰謝料をもらうぞ」


 ルドルフはわずかに怒気を含んだ声でそう言うと、バジリスクと正面から取っ組み合った。巨大な骸骨が巨大なトカゲを首投げにして地に叩きつける。再び地響きが周囲の石像を揺らした。


 この大きさからしてバジリスクも相当な怪力のはずであるが、ルドルフの膂力は明らかにそれを上回っていた。うつ伏せに床に押さえつけ完全に動きを封じる。片手で首根っこを抑え、そして自由な方の手でもがくバジリスクの目玉をえぐりだした。血がしぶきバジリスクが怪鳥のごとき悲鳴をあげてのたうつ。魔術師らしからぬ肉弾戦。憂さを晴らすには体を動かすのが一番である。


「セラちゃんは危険だし見ないでねー」


 アリアナは両手でセラの目をふさいで後ろを向かせる。実はセラの結界の指輪は毒や石化も防げるのだが、それでも異形同士が血まみれの戦いを繰り広げる様は年頃の少女にはちょっと刺激が強い。


 そうしている間にルドルフはもう片方の目玉もえぐりだし、血の滴るそれを次元収納にしまった。バジリスクの目玉は魔物由来の素材としてはなかなかに価値のある戦利品だ。これほどの大物の目玉ならさらに希少価値が付くだろう。


 弁済費用の回収も終わったのでこのままバジリスクの息の根を止めてしまおうと、ルドルフはエナジードレインでバジリスクの生命を吸い始めた。しかしここでも少し予想外が起こった。


 いくらエナジードレインしてもバジリスクの暴れる勢いは止まらず、ややもせずしてもがくその鉤爪がルドルフの自由な方の片腕を砕き飛ばした。気がつくとえぐったはずのバジリスクの目玉が再生している。


「くっ、地脈の力で回復しているのか」


 ルドルフは悟った。エナジードレインされるそばからバジリスクは地脈よりそれ以上の力を得ているのだ。ダンジョンの魔物にとってここは無尽蔵の回復が受けられる圧倒的なホームグラウンドであった。


「これは目玉が取り放題なのでは」


 ルドルフはいいこと気がついたとばかりに言った。骸骨の砕けた腕もまた巨大トカゲの目玉と同じように再生している。地脈の潤沢な魔力の恩恵を受けられるのはバジリスクだけではない。


「悠長なこと言ってないでそろそろ片づけて。石像が壊れたりしたら取り返しがつかないんだから」


 アリアナのたしなめる声にルドルフも変な欲はかかずに勝負を決めることにした。再生した分と合わせて四つの目玉に、このバジリスクの牙や皮、それに核である魔石を足せばローブの代金としては十分だろう。


『エアロエッジ』


 バジリスクを抑えつけたままルドルフが呪文を唱えると、不可視の風の刃がその太い首をザンと切り落とした。首を断たれてもその体はしばらく動いていたが、時間が経つにつれ徐々に力を失い、間もなく静かになった。地脈の魔力による再生力もさすがに首をはねられては働かない。


 戦いが終わると、ベルタがふわりと三つの石像の前に舞い降りた。どうやら最前列にあるこれらの石像が彼女のパーティメンバーらしい。パーティ名は刹那の色彩と言ったか。


 ひとつは間抜けに口を開けていて、ひとつは無表情。不意を打たれて石化したのだろう。そしてもうひとつはベルタのものである。折れた槍の柄の半分ずつを両手にかかげ、その胸は深くえぐれていた。バジリスクの爪を槍の柄で受け止めようとしてかなわず、大きな傷を負った直後に石化したものと見える。歯を食いしばり何かをにらむ形相をしていた。


「これは思わぬ拾い物だわ。貴重な人材よ。ふ、ふ、ふ」


 アリアナは彼女らを前に含み笑いとともに高揚している。刹那の色彩とはかなりの実力者なのに違いない。ここまでアリアナのお眼鏡にかなう人材はそうはいない。


 ルドルフらは刹那の色彩のものを含めて合計十七の石像を確認した。これを地上まで運んで神官を呼べば、そこでこれらの石像を人間に戻すことができるだろう。また石にはされなかったが命を奪われた幾人かの冒険者の遺骨と、散らばっている荷物も集めて遺品として回収する。


「バジリスクに睨まれると、身に着けている装備品や持ち物まで合わせて石になるんですね」


 セラが部屋に落ちているものを集めるのを手伝いながら、初めて見る石化の様子を確認するように言った。


 そうなのである。石像たちは銘々に荷物を背負っていたり、手に武器を持っていたり、もちろん衣服や鎧なども身に着けていて、それらごと石になっていた。槍使いの彼女が持っている折れた槍も、折れたそのままに石になっていた。そして彼女がいた場所をよく見ると石になっていない槍の破片が床で朽ちている。


「なんだか面白いだろう。石化の魔術を使っても同じことができるぞ」


 ルドルフはセラにそう教えてやった。


「ここは転移門を作るのにちょうどいいかもしれんな。石像はまだ命があるせいか次元収納に入らんし、地上にあれらを運ぶにもその方が都合がいいだろう。ついでに地脈の魔力を吸い上げる魔道具を置いとけばこういう異常に成長した魔物も出なくなる」


 思いがけず魔力のリソースを見つけたルドルフはホクホクしている。


「色々と自重してよね。第四層の時みたいにならないように。やりすぎは禁止」


 アリアナはすかさず釘を刺した。


 ベルタは仲間の復活を見届けたいということで、しばらくルドルフのもとに留まることになった。それからというもの、セラはルドルフに近づく前にきょろきょろと辺りを見回し、ゴーストが側にいないかどうかをいちいち確認するようになった。

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