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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百五十三話 第二席ジオラダ

 転移したルドルフが現れたのは暗い森の中だった。目の前にはちょっとした大きさの館が静寂とともに佇んでいる。館の窓はすべて暗い。木々の隙間の空には星々と細長い月が見える。


 やがて人気がないように見えたその館のドアがおもむろに開き、中から小さな燭台を手にした何物かが現れた。頼りないろうそくの灯かりは、頭をすっぽりと覆ったそのフードの中身まで照らすことはない。


「ルドルフ殿ですね。どうぞ」


 声ではっきり女性であるとわかった。艶のあるどことなく甘い響きの声だ。己を見下ろす巨漢の骸骨に怯む様子はない。


 案内されるままにルドルフが館の中に入っていくと、真っ直ぐに奥まった小さな部屋まで通された。テーブルの上に置かれたランプは空間を薄暗く照らしている。だがその薄暗さの中でも奥に立つ人物が何者なのかはわかった。特徴的な先の尖った耳。一人のエルフの男がそこにいた。


「ジオラダだ。以前、一度会っているな。このような場所までわざわざすまない」


 中央大陸を統括するエルフの第二席。精悍な佇まいながらも、短く整えた白髪と少しやつれた頬は彼の労苦を物語っている。


 ルドルフとはさほど見知った仲ではないが、ヌイを魔王の卵として保護した際に一度、長老のエルドネとともに南方大陸までやって来たことがあった。言葉の内容や物腰は丁寧だが、その威圧的とも聞こえる声の響きからは、目の前のアンデッドをやや下に見ていることが感じられる。


「ルドルフだ。なに転移魔術ですぐだ。それにたまにはこうして懐かしい場所に来るのも悪くはない」


 ルドルフは飄々と答えた。


 ここはエルフの隠れ家のひとつだった。北アストル王国の首都からさほど遠くない場所にあり、ルドルフもかつて極北への旅の途中でしばらく滞在したことがある。中央大陸の三国を飛び回るジオラダは、今日、貴重な時間を割いてここまでやって来たのだ。


 両者が挨拶を交わす間に、ルドルフをここまで誘った彼女はいつの間にかジオラダの隣にいた。外したフードから豊かなプラチナブロンドの髪がこぼれる。彼女もまたエルフだった。


「セネオラです。お初にお目にかかります」


 胸に手を当てて礼儀正しく礼をする様と、その可憐だがキリっとした面差しは生真面目でどことなく冷たい印象だ。その顔立ちと同様に性格までジオラダと似通って見えた。


「では早速用件と行きたいのだが」


「えっ」


 しかし挨拶が済んだところでジオラダが話に入ろうとすると、セネオラは最初の印象もどこへやらの素っ頓狂な声をあげた。


「まだお姉様が見えていませんが……?」


「だからあれは来ないと言っただろう」


「……では、私がここに来た意味は?」


「知らん。止めても無理についてきたのはお前だ」


「私はまた、お父様が私とお姉様を会わせたくなくて嘘を言っているのかと」


「どうしてそうなる……」


 ジオラダは苦虫を噛み潰すような顔をして、片手で頭を抱えた。


「すまない、ルドルフ殿。この娘にはかまわ……」


「ルドルフ殿、今日は本当にお姉様は、アリアナ様は来ないのですか? 重要な用件ですよね?」


 ルドルフに向き直ったジオラダが話を続けようとしたところを、セネオラが遮った。


 どうやら彼女の言う「お姉様」とはアリアナのことらしい。まさか本当の姉ではあるまい。ルドルフはアリアナからジオラダとはどうも気が合わないと愚痴を常々聞いている。三者がどういう関係性なのか興味を引かれたが、ルドルフも話をさっさと終わらせたいので、その好奇心はぐっと抑えて端的に答えた。


「来るとは聞いていない。話の最後に渡せと言われた手紙は預かっているがな」


「お姉様の手紙!」


「話の最後に……?」


 その言葉に目の前のエルフたちはそれぞれ異なる反応を見せた。セネオラは何かを期待するかのように胸の前で両手を握り、ジオラダは眉をひそめる。ルドルフはなぜかジオラダの方に親近感を覚えた。


「ジオラダ宛てだが……今見るか?」


「……ああ、すまないがいいだろうか」


 ジオラダはルドルフの差し出した手紙の封を切り、それをランプの明かりに近づけて目を通した。その内容を一読したジオラダは、ギリっと奥歯を噛む音が聞こえてきそうなほどに顔をゆがめた。


「アリアナァ……ッ!」


「報酬はお父様が払えと書いてありますね」


 絞り出すような憤怒の声を上げるジオラダの隣で、脇から手紙の内容を除き見たセネオラが手紙の要約を口にした。


「うむ。俺も報酬はそちらからもらうように言われている」


 まさか話が通ってないとは思わなかったが。しかし気の毒だがこちらも貰うものは貰わなくてはならない。


「お姉さまの筆跡♪ それになんだか素敵ないい香り……」


 そんな話をよそにセネオラは手紙に鼻を近づけてスーッと深く吸っている。すまないがそれはきっと俺のローブにしみついた香の匂いだ。


「すまない、取り乱した」


 ジオラダは何度か深く息を吸ってようやく気持ちを落ち着けた。


 あの手紙の内容から驚きを通り越して即座に怒りが生まれてくるあたり、アリアナがジオラダに対して積み上げてきたものの歴史がうかがわれる。


「今日は無理だが報酬は必ず用意する。厚顔を承知で言うが、今は例のものを先に渡してもらえないだろうか。事態は一刻を争うのだ」


 そのジオラダの声には、当初のものとは違ってやや切迫したものが含まれている。ルドルフもその事情とやらは聞き及んでいたので、黙って今日の取引の品物を机の上に置いた。


 それは間に合わせのような簡素な鞘に収まった一振りの剣である。凝った細工の施された柄は一部が傷ついて欠けている。


「竜殺しの剣だ。改めてくれ」


 ジオラダはその剣を鞘から抜き、目の前に立てて、その吸い込まれるような赤の刀身をじっと見つめた。


 ジオラダの抱える問題とは、西の魔王の軍勢の中に混ざる竜たちのことであった。人間たちの軍がたちまち劣勢に追い込まれてしまったのは、それら竜の力によるところも大きい。


 確認されている五体のうち一体は多大な犠牲を払って倒したものの、まだ四体の竜が北アストル王国や西アストル公国の方々の戦場で暴れまわっている。


 その巨体から繰り出される重い攻撃と必殺の威力を持つ竜のブレス、そして業物の剣や強弓の矢をも容易く跳ね返す鱗。その脅威はもはや移動する小さな要塞といっていい。立ち向かわなければならない人間たちにとって、竜とはまさに絶望の塊であった。


 しかしこの竜殺しの剣があれば、少なくともその防御は紙のように裂くことができる。戦況を大きく好転させることができる品だ。


「助かる。これで希望の光が見えた」


 ジオラダは深く頭を垂れた。


「使い手は用意してあるのか?」


「ああ、それは大丈夫だ。神子の一人がすでに任を待っている」


 いかな必殺の武器でも使い手がなまくらでは力を発揮できない。だがエルフお墨付きの神子が持つというならばその辺り心配はないだろう。


「念のため改めて言うが、貸与するだけだ。用が終われば返してもらう。そうだな。報酬はその剣で倒した竜の牙をすべてと言うことでかまわん」


「感謝する」


 ルドルフは直截に頭を下げたジオラダに同情して、報酬はかなり控え目に要求した。要求し足りない部分はアリアナにツケておくことにする。


「ところで今ひとつ聞きたいことがあるのだが」


 用件は済んだ、ということでルドルフが帰る気配を見せると、ジオラダがそれを呼び止めた。


「君は今ザマルやノルダの関を占拠した魔物たちの中にいるそうだな」


「ああ」


「では、いずれその奪還にも協力してくれると言う理解でいいのだろうか」


 なるほど。やはりそう来るか。それはルドルフも想定していた展開なので驚くことはなかった。


「脅威を退けた後は、もちろん失地回復を狙うというわけか」


「当然だ。今はたまたま助けになっているとはいえ、魔物は魔物だ。この中央大陸に国を建て根を張るなど許すわけにはいかない」


 ジオラダの言い分はきっぱりとしたものだったが、ルドルフの返答もまたはっきりしていた。


「アリアナからの依頼はトロールを食い止めることだけだ。それ以外のことで働く気はない」


「報酬が必要なら私からも別途出そう」


「悪いが俺は高い。アリアナは今回の報酬に白紙の手形を切ってよこした。あなたにそれと同じことができるなら一考しよう」


 ジオラダはやや驚いた表情となった。その反応を見るに、どうやらアリアナが約束した代償については知らなかったと見える。「お姉様がそこまで」とセネオラのつぶやきが聞こえた。


「もっともその話が具体化する前にやることはいくらでもあるはずだ。西の魔王の打倒。三国統一。ガディレルムをどうにかするのは一番最後の話ではないかね」


 その言葉を聞いたジオラダは痛いところを突かれたかのように難しい顔になってしまった。思わずルドルフも気の毒になり、少し言い過ぎてしまったかなと後悔した。


 静かな沈黙が流れたところでルドルフが本格的に帰ろうとすると、今度はセネオラが側までやって来た。


「もし、ルドルフ殿はこれから先、アリアナ様と会うことはありますか?」


「ん、ああ、明日一度顔を合わせることになっている」


 明日、と聞いてセネオラはうらやましそうな顔をして唇を噛んだ。小さな声で「いいなぁ」とつぶやくのが聞こえた。期待通りだがあまりに期待以上の答えだったらしい。


「では、これを渡していただけますか」


 しばらくして気を取り直したセネオラはそう言って一通の封書を差し出してきた。さっきから裏でごそごそ何をしているのかと思いきや、この手紙を書いていたのか。本当に何しに来たのだこの娘は。娘と言っても多分俺より年上だけど。


「お前、何をしているんだ。アリアナと必要以上に関わるのはやめろと言っているだろう。いい加減が感染る」


「お父様にとやかく言われる筋合いはありません。そちらこそ少しはお姉様のように頭を柔らかくしたらどうなのですか」


「馬鹿を言うな。秩序の徒たることこそエルフの本分。アリアナのやり方はその本分をないがしろにするものだと何度言えば」


 それから延々と続く父と娘の言い合いが始まった。うん、付き合ってみるとわかるが、エルフというやつも意外と人間味がある。


 ルドルフはその決着を待ちきれず、おもむろに転移魔術を唱えて姿を消した。一応手紙は渡しておいてやろう。

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