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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百五十二話 第三席ストーラウ

 ルドルフがザマルに住むようになってから五日目のことだった。


 朝っぱらからヴァルターが尋ねてきたので何事かと思いきや、エルフらしき者がいるから来てくれと言う。「エルフらしき者」とはなかなか聞ける言葉ではない、と思いつつも、ルドルフが大人しくついて行くと、彼は家のすぐそばの階段から北の城壁に登った。


 四方に開けた視界の中、コボルトの衛兵が近くに立っている。その遠巻きに視線を向ける方を見れば、たしかにエルフの尖った耳を持つ男がいた。乱れて伸び放題の髪で表情は見えないが、じっと北の海の彼方を眺めている。


 その顔の向く方向には、水平線のほかに何も見えない。


 にもかかわらず、エルフはじっと城壁の上に立ち尽くし、海の向こうを眺め続けていた。


「ストーラウか?」


 ヴァルターとともに近づいたルドルフがその名を呼ぶと、その長身のエルフはこちらを向き、黙ってうなずいた。


 エルフの第三席ストーラウ。


 アリアナがトロールを抑える助けにとよこした男である。剣の腕は彼女を凌駕するという。それが本当ならば、この上なく頼もしい存在だ。


 しかし深い髪の奥からのぞくその目にはまったく覇気がない。こうして間近に対面していてもその存在を希薄に感じるほどだ。


 聞くところによると、彼は北方大陸を統括していたエルフで、その大陸に長く存続していたエレストリア王国を建国の時から支えていた。かの国が滅ぼされてからしばらくは中央大陸で奮戦していたが、長年の紆余曲折の末にこんな調子に落ち着いてしまったらしい。本当に使い物になるのだろうか。


「ルドルフだ。よろしく。いつ来たのだ。門兵に言ってくれれば迎えを寄越したのに」


 名乗るとともに語りかけるが、ストーラウから返事はない。本当に大丈夫だろうか。一応「住む場所に案内する」と言うと黙ってついてきた。どうやら意思の疎通はできるようだ。


「しかしどっから城壁に登ったんだい。まさか外の壁をよじ登ったんじゃないだろうな」


 ヴァルターが冗談めかして言うその言葉には反応しなかった。


 実際、それは「しかし」と言いたくなるような不思議だった。城壁は中からなら簡単に登れるが、中に入るためには城門をくぐらなくてはいけない。城門には常に門兵が立っている。だがストーラウのような目立つ男が通ったという報告はどこからもない。


 そもそも、この男がどうやってザマルまで来たのか、それも皆目見当がつかない。


 海道方面から来たのではないことは明らかだ。ノルダの関からは何の連絡も来ていない。だとすればワレドナ村のある山地を抜けて来るしかないが、それにしたって山に入ってから二週間はかかるはずの道のりである。


 たった五日でザマルにルドルフを訪ねたのは不可解だ。ストーラウは生粋の戦士と聞いているので、転移魔術の類とも考えられない。


 そしてそのことについて尋ねても、ストーラウは相変わらずの無口だった。


 間もなくたどり着いたのは、ルドルフたちが住む家のすぐ隣だった。ヴァルターは玄関口で新顔の入居を認めると「あとは任せる」と言って去っていった。彼にも彼の仕事がある。


 まさかこれほど早いとは思っていなかったものの、ストーラウが来ることは知っていたので、すでに暮らす準備はできている。


「そういえば、もう一人同行者がいると聞いていたが」


 二人分の部屋を案内しようとして、ルドルフはそのことに思い当たった。しかし幽霊のように立ち尽くすストーラウは何も答えない。


 その時、ストーラウの腹の虫が長く大きな音を立てた。


「朝食は食ったのか」


 ルドルフが問うと、返事の代わりに黙ってテーブルに座った。


 これはかなりの重傷だ。


 そんな感想を抱きつつも、ルドルフはいったん隣の自宅に戻り、朝食の残りを持って引き返して来る。そしてそれをテーブルに広げていると、不意にストーラウが口を開いた。


「ルドルフと言ったか。時間遡行者の件を収めるのに活躍したそうだな」


 それはまったく腹に力の入っていない声だったが、不思議と聞く者を惹きつける響きのある声だった。


「時間遡行者も間が悪い。少なくともあと三年、あそこからもっと前に遡った時だったら……私が協力してやったと言うのに」


 ストーラウは自嘲気味に言った。


「いや、備える時間などいらぬ。あの日のたった三日前でよかった。そうすればせめて私は死力を尽くして死ぬことができたのだ」


 ルドルフは何も返さなかった。それは明らかに返答を求めた言葉ではなかったからだ。


 ストーラウがエルフの会合で留守にしたほんの一週間の間に、彼が長年をともに歩んだエレストリア王国は滅ぼされてしまった。極北の魔王と、その率いる七体の眷属によって。


 彼もまた変えたい過去を持つ一人なのだ。


 それからストーラウは相変わらず抜け殻のように過ごし、セラとバルドを紹介した時も黙ったままだった。ガディやスウェンがやって来た時も同じだ。


 ルドルフが用意した食事をただ食らい、時に北の城壁から北の海を眺めて過ごしている。


 まさに穀潰しだ。そんな評価をしつつも、ルドルフはストーラウの面倒を見続けた。せめてトロールが来た時にきちんと働いてくれればいい。用心棒とはそういうものだ。


 だがそんなルドルフも、ストーラウの着る衣服がだんだんと薄汚れて、臭気を放ち始めるのには閉口した。北海に面する港町とはいえ、今のような夏の真っ盛りには汗ばむ陽気になる。替えの衣服を用意してやると、かろうじて自分で着替えてくれたのは助かった。


 だが、ううむ、こうして衣食住、ずっと面倒をみなければいかんのか。


 報酬にはこの介護の分も乗せてやるぞ、とルドルフが決意していると、ストーラウから遅れること十日ほどで一人の女エルフが現れた。彼女はノルダの関の門を叩き、そこから獣人の兵士に案内されて転移門でザマルまでやってきた。


 カミラと名乗った彼女は、ストーラウの世話を任された者だという。これまでの話を聞くと平謝りにルドルフに謝り、ストーラウの面倒を引き継いだ。


 なんでも、長老から命を言いつけられて馬を用意していたら、ストーラウはいつの間にかふらりとひとり空を飛んで行ってしまったのだという。


「空を?」


「ええ。ご存知ではありませんでしたか。ストーラウ様は飛行の指輪を持っているのです」


 カミラはあっさりと答えたが、ルドルフは驚きに眼窩の炎を燃え上がらせた。それは極めて希少な品物だったからだ。


『飛行の指輪』は『空飛ぶ指輪』とも呼ばれ、その名の通り空を飛ぶことができる魔道具だ。


 誰もが知れば意外に思うことだが、実は空を飛ぶ魔術というものはどこにも存在しない。かつては一般的な魔術だったともいわれるが、少なくとも今は痕跡すらほぼ伝わっていないのだ。そのごくわずかな残り香が件の魔道具だった。ルドルフとしては喉から手が出るほど欲しい。


「ストーラウ様がここまで迅速に動くのは、ついぞなかったことです。トロールと戦い、雪辱を晴らせれば、あのお方もかつての自分を取り戻せるかもしれません」


 そう言うカミラの声はわずかに弾んでいる。どうやら彼女はいつかストーラウが立ち直ることを信じているようだ。


 だがルドルフはとうに上の空だった。


 たったひとつのあることを強く考え始めている。


 アリアナからの報酬をその飛行の指輪にできないだろうか。

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