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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百五十一話 国家の現状

 そうこうしているうちにルドルフらは大きな商館の前へとたどり着いた。ここが今日の目的地だ。


 中に入ると広いロビーが寂しく見えるほどに人がいない。客はもちろん職員も数えるほどで、建物の大きさとは明らかに見合っていない。しかしながら案内に出てきた受付の男の丁寧で親切な物腰は、ここが長い伝統のある商会であることを教えてくれる。


 応接室に通されると、そこにはすでに先客が座っていた。


「よぉ、ルドルフ。それにお連れさんたち」


「ヴァルターか。昨日ぶりだな」


 ヴァルターはザマルを奪取した後は自分の村へ引っ込むつもりだったが、魔物と人間の仲立ちとしてザマルに残っていた。図らずも生き残っていた人間の知り合いを見捨てられずといったところだ。これまで通り村長の役割を果たしつつも、今ではおかみさんや子供たち家族とともにザマルへ移住してきている。


「皆さん、お待たせいたしました。ささ、どうぞお掛けになって」


 間髪入れずといったタイミングでスウェンが部屋に入って来て、立ったままのルドルフたちを見て席を勧めた。トロールから解放された直後の髪も髭も伸び放題だった姿とは別人のようにこざっぱりとしている。


 彼は若輩ながらこの商会のトップを務めている男で、今はガディレルムの内務を取り仕切る立場でもある。穏やかな風貌ながらも目に力があり、今の仕事に充実をもって取り組んでいることがうかがわれた。


「では、早速話に入ろうか」


「なんでお前が仕切ってるんだ」


 ルドルフが呆れたように言うと、ヴァルターはおどけた表情を見せる。今日の話の主役はこいつではない。


 越してきた昨日の今日でルドルフがここに訪れたのは、この国の内情を詳しく聞くためである。それにはスウェンが一番の適任だった。ヴァルターも頭は切れるが、細々としたことは苦手でやや大雑把な嫌いがある。


 スウェンは期待通り、的確にルドルフの聞きたいことを説明してくれた。


 ルドルフたちが町の様子を見て感じた通り、魔物も人間も含めて、この国の人々の暮らしはだいぶ安定を見ている。領内全体を見れば、たまに小競り合いの裁定依頼がガディのもとに持ち込まれることはあるが、血が流れることは極めてまれで、大きな事件などは今のところないという。魔王が大人しくしろと言えば、気性の荒い者でも大人しくなる。


 すでに第一陣や第二陣で来た魔物たちは、すっかりそれぞれの居場所に腰を落ち着けていた。


 採集や狩猟の生活を好むゴブリンやコボルトは周辺の浜辺や森の中に居を定め、山中にまで広がって行っている。オーガも野山での暮らしを好むが、腕力を買われて町で土木のような力仕事に従事する者もいくらかいる。オークは人型の魔物の中でも手先が器用で知恵もあり、ザマルの町や滅んだ人間の村落跡などに集まって暮らしていた。畑を耕そうとしている者もいるらしい。獣人たちは人間と紛れて町に住んでいる。


 第三陣としてやってきたばかりの魔物たちはこれから居を定めることとなるが、ザマル周辺および西側の地域はすでに多くの魔物たちが場所を占めているため、ノルダの関に寄った地域を案内するつもりらしい。だが全体としてはまだ土地に余裕はあり、移住者の受け入れに問題はないとのことだった。


 一方、生き残った人間たちは海道沿いの村落や町にいた者を含めて、ほとんどがザマルの北街区に集まって暮らしていた。肉親の死や故郷が滅んだ傷心から立ち直れないでいる者もいるが、多くはとにかく生きるために前を向いている。


 なおトロールたちは歯向かう人間たちを容赦なく殺戮したが、またかなりの数を奴隷として本国に連れ去ったらしい。トロールはどうやら利用価値の高い資源を粗末に扱いはしないようだ。


 スウェンは「できればいつの日か彼らを連れ戻したいものですが」と無念のにじんだ声色で言った。それがほとんど不可能なことは彼も承知している。


 さておき、衣食住の住に関してはひとまず問題なさそうだ。


 ではそれ以外はどうか。


「生活の中で足りないものなどはあるか?」


 そのルドルフの問いに対するスウェンの答えは良し悪し半々といったところである。


 食糧について言えばおおむね問題はない。当面はトロールたちからぶんどった糧秣があり、そしてその当面の間に農耕や牧畜、漁業、狩猟といった食糧生産を軌道に乗せることは十分に可能だ。


 ただノルダの関以南、北アストル王国の各都市との通商が断たれたことで、いずれ物資的な不便が生じてくることは否めない。ヴァルターからルドルフの行商の話を聞いていたスウェンは「商会として是非とも協力をお願いしたい」と言った。


 ルドルフとしてもそれはやぶさかでない。アリアナからこの地の防衛を言いつかっているが、それはもちろんガディレルムあっての話だ。国としてより強く、より安定してくれるほどルドルフは楽になる。ガディレルムが強大に成長しすぎてしまったらどうなるか、などという仮定の話は、今はしている場合ではない。


 快諾したルドルフが「では詳しくはのちほどまた聞かせてくれ」と言うと、スウェンはすでに作成していた物資のリストをファイルから取り出し、テーブルの上に広げた。各品目ごとの必要量はもちろん、ものによっては買い付ける場所や時期、金額の目安などの備考まで記されている。なるほど、できる男だ。


 スウェンが生きていたのはこの国にとって僥倖だったかもしれない。ルドルフは思わずそんなことを考えた。


 ルドルフにとっても幸いなことに、国の内情は自分の心配するところではないようだ。


 次の話は外敵であるトロール兵団についてである。北方大陸の本国と、ノルダの関の先にいる侵攻部隊。ガディレルムが警戒すべき敵はふたつの方向にいる。


 ヴァルターが飄々と言った。


「ここからは俺も話に加わるぞ。一応将軍なんて役職をもらってるんでな」


 まず北の本国について。


 こちらに関しては、あれからトロールたちの船がやって来る気配はない。


 戻るはずの輜重船が戻っていない件に関しては、まだそこまで不審に思われていないだろう。


 ザマルから北方大陸までの航路は順調に行けば七日から十日といったところだが、風待ちなども考慮すれば一ヶ月以上かかることも珍しくない。とんぼ返りするとも限らないと思えば、往復二ヶ月はまだ通常の範囲内だ。


 とはいえ、いずれ異常ありとみなされることは間違いないので、ゆくゆくは何か対策を考えなくてはならない。


 次にノルダの関の先まで攻め込んでいた侵攻部隊について。


 これに関してはルドルフの方からアリアナに聞いた情報を含めて共有した。


 有体に言うと、その部隊はすでに壊滅している。


 ノルダの関を越えたトロールたちは北アストル王国の領内を荒らしまわっていたが、半月ほど前に急に勢いを失って一敗地に塗れたという。屈強なトロールといえど腹が減っては戦はできない。おそらく後方から食糧が届かなかったことで飢えて弱体化したのだろう。


 彼らが頼みにする補給としては本国から船でやってきた輜重とは別に、ノルダの関にまとまった量で集積されていた物資もあった。ルドルフがノルダの関を奪取してからこっち、その流れが止まったのだからさもありなんといったところだ。


 トロールの敗残兵がノルダの関まで撤退してくる可能性はあるが、それも脅威ではない。


 というのもノルダの関とザマルとの間には奪取後すぐに転移門が開通していて、関にはすでに間に合わせのトロールゾンビではなく、魔物たちの兵隊が常駐している。救援もすぐに出せる。敗残の兵でこれを抜くことは到底無理だ。


 そこでヴァルターが口を挟んできた。


「俺たちもなかなかいい仕事をしたな。しかし、となると、警戒するべきはむしろ北アストル王国の方か」


「たしかに。西に魔王の軍勢とも戦っているから、まだこちらに兵を割く余裕はないと思うが、備えておくに越したことはないだろう」


 北からの圧力がなくなったことで北アストル王国は息を吹き返し、現在は西の魔王の軍勢と大陸の真ん中あたりでやりあっている。すでに領土の半分を失っているが、今のところは一進一退。持ち直したといっても凄惨な戦いが続いているそうだが、反攻作戦に将兵の士気は高まっているとのこと。


 ルドルフがそこまで話すと、おもむろにヴァルターが問うた。


「北アストル王国が攻めてきたら、お前さんはどっちの味方をするんだい」


 いささか真剣な顔つきでルドルフをじっと見つめている。


 エルフからの依頼でここに来たことは正直に話してある。今のルドルフは明確に人間サイドの都合でガディレルムに肩入れしているのだ。


 セラやバルド、スウェンも注目する中、ルドルフは気負わず答えた。


「そうだなあ。俺が受けた依頼はトロールの件だけだから、王国に味方する義理はない。敵する気もないがな。あとは当事者同士で勝手にやってくれ」


「ま、その辺がお前さんの落としどころか」


 ルドルフのひと言にヴァルターも肩の力を抜いた。それからため息まじりに別の懸案を口にする。


「だが、まいったね。そうなると今度は俺たちがトロールと王国に挟み撃ちにされちまうな」


「トロールのことはしかと引き受けている。手は打っておくから心配するな。ノルダの関もグレアズあたりに守らせれば落とせる者はいないはずだ」


 ルドルフがしれっと言った。


「そいつは安心だ」


 にまっと笑うヴァルターに、ルドルフも自分の懸念を口にする。


「それよりも俺が心配しているのはお前たちの方から下手に攻め込むことだ。くれぐれもダドリー辺りには釘を刺しておけよ。そんなことをしている余裕はまだこの国にはないはずだ」

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