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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第七章 小さな魔王の国

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第二百三十九話 不死者の求めるもの

 今朝もルドルフが食事の盆を手にセラの部屋まで行くと、その部屋のすぐ外にひとりの青年がいた。目を閉じ、腕組みをして椅子に座っている。バルドである。ルドルフが近づく気配に目を開ける。どうやら眠っていたようだ。


「お前もいい加減、自分の部屋で寝たらどうだ」


「おはようございます。俺は大丈夫です」


 セラが目覚めてから一週間が経つ。


 彼女が昏睡している頃から、また目覚めた後も、バルドはこうして番犬のようにセラの部屋の前に控えていた。この程度でバルドが体を壊すことはあり得ないので、ルドルフもあまり強くは言わず好きにさせている。


「そうか。だがセラの体ももう心配はない。お前もそろそろ日常に戻れ」


 バルドは無言でうなずいたが、そのまま前を向いて椅子に座り続けている。そうしないと心の収まりがつかないのだろう。


 セラが刺されてしばらくの間、バルドの不意に物を壊してしまう癖が再発した。いま座っているのと同じ椅子も三つ壊している。


 この頃はもうずっとなかったことだが、心が不安定になるとその神子の異能由来の怪力が時に暴発する。今はもう椅子を壊してしまうことはないが、セラを守ろうとする気持ちは未だその態度に強く表れていた。


 ルドルフがノックをして部屋に入っていくと、薄暗い部屋の中、少女はすでにベッドの上で身を起こしていた。柔らかそうな金色のくせっ毛が肩を隠して体の周りに広がっている。


「おはよう。もう起きていたか」


「おはようございます、師匠。今日は少し早く目が覚めちゃいました」


 小さなテーブルの上のランタンの中では豆粒サイズの太陽石がロウソクの火のように弱く輝き、地下のダンジョンの一室にも曙光の訪れを知らせている。ルドルフが魔術で光球を天井に浮かべると、室内は廊下と同じ優しい朝の明るさとなった。


 その灯かりの下、笑顔を浮かべるセラの顔色はもうかなり良い。


 最後の弟子が最悪の形で終わらなくてよかった。


 ルドルフは髑髏の暗い眼窩に静かな緑の光を浮かべながら、そんな感慨を抱いた。


 あの日、呪いの短剣で受けた腹の傷は、本来ならば致命傷だった。


 不治の呪いは解いたものの、すでに流した血の量は彼女の生命をほとんど奪いかけていた。その命を繋ぐために強力な霊薬を惜しまず投じ、なんとか一命をとりとめたのだ。


 今は滋養のつく薬湯を飲ませるくらいで、セラの自然治癒力に任せている。これ以上の強い薬はかえって毒になる。幸いにも後遺症は見られないが、完全回復までには今しばらくかかるだろう。


「だいぶ調子もいいようだな。今日はそこに座って食べられるか」


「はい」


 ルドルフはベッドから少し離れたテーブルに食事の準備をした。中央にパンの山盛り入った籠を置くと、その隣に同じく山盛りサラダのボウルを並べる。用意の終わったテーブルには暖かいスープの入った小鍋。大皿に盛った焼きたてソーセージや炒った卵もおいしそうに湯気を立てている。


 その間にセラはベッドから出て寝巻のままで椅子に座った。


 並べられた食事の量は病人が一人で食べるにしてはだいぶ多い。フォークやスプーン、取り皿は二人分あった。


「バルド、ついでだからお前もこっちに来て食え」


 ルドルフが部屋の外に声をかけると、バルドがひょっこりと顔だけをのぞかせた。


「おはよう、バルド」


「おはよう」


 セラが笑顔で挨拶すると、バルドも挨拶を返した。それからテーブルの上に自分の分の食器も並べられているのを見て、おずおずと部屋の中に入ってきて、セラの向かいに座った。


 ルドルフが今日持ってきたのは昨日までの病人食ではなく、普通の食事だ。セラにとっては久しぶりに誰かと共にする、いつも通りの食事だった。楽しげに会話しながら食べる様子や、ころころとした笑い声に、バルドもなにやら安心したように見える。


「もう食事は部屋まで持ってきてもらわなくても大丈夫そうです」


「そうか。わかった。だが無理はするなよ」


 ルドルフがすっかり空になった食器を下げる途中、廊下を二人の少女と老人がやって来た。短い黒髪で大人しそうな方がヌイで、サラサラの長い銀髪碧眼の元気いっぱいの方がフォルエラ。金髪碧眼の老賢者はそれらの保護者であるペレディルスだ。


 少女らはルドルフへの挨拶もそこそこにセラの部屋へと飛び込んでいった。


 いつも病人の部屋に長居をしようとするので、ルドルフはここ毎日彼女らを適当なところでつまみだす必要があったが、今日のセラの様子だとそういう心配はもう要らなそうだ。もし何かあってもバルドとペレディルスが良きに計らってくれるだろう。


 セラは相変わらず一日の大半をベッドで過ごしたが、その日を境に立ち上がって部屋の外へ出ることも増えてきた。若い体は回復も早い。今日明日にもすぐにとはいかないが、この調子なら一ヶ月も経てばすっかり元気になるに違いない。


 しかしそれからさらに一週間が経った頃だった。セラは久しぶりに魔術師らしいローブを着てルドルフの前にやってきて、真剣な顔をして言った。


「今日からまた魔術の指導をお願いします」


「いや、それはまだ早い」


 ルドルフは即答した。たしかに日々目に見えて回復はしている。が、昨日は調子に乗って少し具合を悪くしていたではないか。


「でも!」


 セラは焦りの表情で食ってかかった。それから唇を噛んで下を向き、悔しそうに言った。


「でも……少しでも時間を無駄にしたくないんです。魔道具の作り方とか、魔法陣の書き方とか、まだまだ全然ですし。師匠の弟子でいられるうちに学べるだけのことを学んでおきたいんです」


 なるほど。ルドルフにはセラの焦りの理由がわかった。


 こうしている間にも弟子の年季明けは刻々と近づいている。もう半月以上を無為に過ごしているのだ。残りは一年と四ヶ月だか五ヶ月だかである。


「無理をして体を壊せば、もっと長い時間を無駄にするぞ」


 ルドルフは冷静な一言を返す。しかしセラは下を向いたまま黙っている。これは説得に骨の折れるかんじのセラさんだった。


 たしかに若い頃は多少どころかかなりの無理も効くし、実際彼女はこれまでだいぶ無茶もしてきている。だがそれは健康な体であったからこそ可能だったことで、今の病み上がりの体には荷が重い。若さゆえ、いったん壊した体が元通りに戻らない、という経験もまだないのだろう。


 ルドルフは大きくため息をついた。


「休養している間だけ弟子の年限は延ばしてやる。だからまずは体調を万全にしろ」


「本当ですか?」


「本当だ。今回のお前の怪我は俺の抜かりも大きい。しばらく魔術の修行のことは忘れて体を治せ」


「!……ありがとうございます!」


 強張った顔を打って変わってほころばせると、セラは安心したように自分の部屋へ戻っていった。


 己の書斎に一人残されたルドルフは、弟子の年季明けまでの残り期間を改めて数え、セラが弟子となってからのことを振り返った。


「……色々とありすぎじゃないか?」


 思わずそうひとりごちた。


 死者の国の王と神子たちとの戦いに巻き込まれたのだから、それは色々とあって当たり前とも言えるのだが、そのほかにも子竜の名付け親を探しに駆けずり回ったり、死んだ振りの後であちこちうろうろした末に結局元の地点に戻ってきたり、あまつさえ旧友の過去への旅に付き合わされたり。


 セラを弟子にしなければすべてはなかったことだろう。


 いや……


 元の元はといえばすべてはデダルスが発端か?


 あれはどうもあの手この手で俺を時間遡行へ巻き込もうとしていたフシがある。


 思えばアリアナやガーモントにリッチになった件を吹聴したのも、そのための布石になればと考えてしたことに違いない。巻き込みたい対象が、完全に変化のない生活に埋没せんとしていたからだ。


 正直、普通に過去行きのお供を頼まれても自分は絶対に断っていたし、断るであろうことを奴もよく知っていた。


 それを踏まえれば巡り巡ってセラを弟子にする羽目になったのも元凶はデダルスといえる。あの野郎。


 とにかくこうなる前は思いもしなかったような濃い日々を過ごしている。なんとか無事に過ぎてみれば悪くない日々でもあった。だがそれはルドルフがリッチになってまで目指した日々とはかけ離れていた。


 凪いだような孤独の平穏が恋しい。ほかの何にも煩わされず己と魔術のことだけを考えていられる時間が。


 再びそのような時間が得られれば、膨大な数の魔道具を手に入れたことでもあるし、当面は研究に没頭するだろう。それらをすべて味わいつくした後は、また死体のように横たわって動かない時間を過ごすのも乙だ。何もしないで虚無の日々を味わうのも実はなかなか楽しいものである。


 またそうした暮らしに戻れるまで、あと一年と少し。不死のリッチの膨大な時間に比べればわずかなものといえようか。


 セラが回復したらあとは師匠と弟子に集中しよう。面倒なことには首を突っ込まず、余計な頼まれごとも鉄の意思で断ろう。そうすればきっとあっという間だ。


 そんなことを考えつつ、なんだかんだあの優秀な弟子がどこまで行けるのか、楽しみにしている面もある。


 これが最後の弟子と思えば、一ヶ月や二ヶ月、指導期間を延長してやるのもやぶさかではない。

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