第百五十七話 簒奪者
目の前では仲間たちとリッチキングとの激しい戦いが繰り広げられている。
その戦いを眺めていてふとセラの姿が目に入った時、ルドルフはひとつ可能性のある手段を思いついた。
「ザイオンよ。セラと交代してくれ」
「了解。何かするなら俺の魔力が尽きる前に頼むぜ。間に合わせてくれよ」
離れていったザイオンが戦いに没頭するセラの肩を叩き、こちらを指差す。
「何か思いついた? 私にできることがあればなんでも言って」
「リッチキングから教わった魔術で使えそうなやつがひとつあった。俺だけじゃ魔力が足りなくて使えないんだが、セラの異能があればなんとかなるかもしれない。なんとかならないかもしれないが」
「どっちなのよ」
「まあ俺も初めて使う魔術なんでな。確実なことはいえん。うまくいくにしても正直こんな手はあまり気が向かないのだが……全員が死ぬよりはマシかな、くらいな」
ルドルフとアリアナがそんな言葉を交わす間にセラはその目の前まで来ていた。弟子は黙って師匠を見上げながら、その指示をじっと待っている。その信頼にあふれるまなざしを見てルドルフの心が決まった。
「よし、我が弟子よ。これから俺はリッチキングの領地をすべて奪うことにした。お前にはそれに必要な魔力を融通してもらう」
「はいっ!」
思い切った調子で突拍子もないことを言い出した師匠に対して、弟子はただ強い返事を返した。
「だが、この魔術にはひとつ代償がともなう。少し辛いかもしれないが、こらえてくれるか?」
「わかりました」
セラは怯む様子もなく即答した。
相変わらず詳細を聞かずに返事をするなと言うのに。代償だの対価だのを求められる時は特にそうだ。これから伸るか反るか一世一代の魔術を行使しようという時に、ルドルフはなにやら微笑ましくなった。我が弟子もずいぶんと成長したと思ったが、まだまだなところもある。
ルドルフが今から使おうとしているのは、リッチキングがかつて教えてくれた儀式魔術である。リッチキングが死霊国を作り出すきっかけになった魔術でもある。本来は大量のアンデッドを瞬時に作り出すための魔術だが、今回はリッチキングの魔力の源を絶つためだけに、その魔術を行使しようというのだ。
教えてもらって以来、いくらか時間をかけて研究したので、ある程度はその魔術のことを深く把握していた。ゆえにぶっつけ本番にはなるが、どうにか使えそうな手ごたえはあった。
この魔術は前半のパートでまずその土地と深く接続しその主となる。そしてそれにより得た土地の魔力を上乗せし、後半パートでは無数の高位アンデッドを一度に生み出すという構成になっている。
要するに、普通にこの魔術を使えば、術者は土地から膨大な魔力を得て、大量のアンデッドを生み出す、と言う結果となる。
そして術者はアンデッドたちを生み出した後も、土地の持つ魔力を使い続けられる。現在のリッチキングの持つ無尽蔵の魔力はつまりそういうことだ。
しかしすでに一度この魔術が行われた土地で、その主が健在な状況でこの魔術を使った場合はどうなるのか。
これは読み解いた術式からの半ば憶測だが、より魔力が多ければ土地の主の座を奪い取れる。現在の土地の主の魔力には、土地自体の膨大な魔力も上乗せされるので、それは本来ならば到底無理な話だ。が、今回はちょいとセラの異能に賭けてみようという構えである。
成功すればリッチキングはこの土地との繋がりを失う。領地から供給される無限の魔力を使えなくなるのだ。
土地を奪えさえすればいいので、アンデッドを生み出すパートは余計なのだが、急なことなので省略するとかそういうアレンジはできない。すまないが命を落とした冒険者や神殿騎士の諸君で、アンデッドになれる体の残っている者があれば、一時的にアンデッドになっていただこう。
というか、なんでこの魔術ひとつになっているんだろう。土地とつながる魔術と、大量の高位アンデッドを生み出す魔術、ふたつに分けてもよさそうなものなのに。だがまあ魔術とは深淵なものだ。そこにもなにか意味があるのかもしれない。
そんなことを考えつつ、ルドルフはセラとともに戦いの繰り広げられている一隅から離れて、広大な展望室の中央へとやってきた。
幸いにして儀式の舞台は整っている。この展望室こそがその舞台だ。
リッチキングがかつて描いた魔法陣がそのまま残されている。何百年も前のものだが、かの王も何か思うところあってあえて残していたのだろう。
二人は向かい合わせになってその魔法陣の中心に立った。儀式の間、無防備になる彼らを守るためにアリアナが傍に立つ。
「今から魔術を使う。セラは魔力を頼む」
「行きます」
セラが目を閉じて己の能力を解放した。セラの体の内側からリッチキングの領地に負けぬほどの膨大な、いやそれよりも遥かに大きな魔力があふれ出す。いずことも知れぬ異界から無限の魔力を引き出すセラの神子の異能である。その効果は短い時間に限られるが、この儀式魔術が終わるまでには十分な時間だ。
ルドルフが呪文の詠唱を開始する。リッチキングの魔力を上回るために必要な多大な魔力。セラの体から湧いてくる尽きせぬ魔力はその条件をゆうに満たした。詠唱が進むにつれ複雑で巨大な術式が淀みなく形成されていく。やがて魔法陣から展望室にあふれた透明な緑の光が、展望室の外へ、王宮の外へ、それから城塞都市の中へいっぱいに広がっていった。
ここにいたってリッチキングに初めて動揺の色が走った。眼窩の紫色の光が不規則に明滅する。何が行われようとしているのか、とてもあり得ないとことが行われようとしていることに、ようやく気がついたのだ。
「オースよ! ルドルフを止めろ! この魔術を止めるのだ!」
叱咤するようにオースに命を下すとともに、彼自身もルドルフを阻むべく呪文の詠唱を始めようとした。だがその寸前に隙だらけとなった王の頭をサイラスの大剣とベルタの槍が同時に砕いた。王冠が地に落ちて転がり、詠唱が始まることはない。
ルドルフとセラに向けて剣を振るおうとするオースの前にアリアナが立ちはだかった。やおら魔法陣の間近で剣と盾が激しくぶつかり合う音が響き始めるが、儀式魔術の行使には何の影響もない。
やがてルドルフの詠唱が完了し、緑色に輝く光の柱が城塞都市を包んで屹立した。そして音もなく現れた光は、現れた時と同じく音もなく消えた。
「余の、余の領地を奪うとは! 許せん、簒奪者……この簒奪者めが!」
砕かれた頭を再生したリッチキングが怒り心頭となって叫んだ。その姿には先ほどまで周りを圧していた膨大な魔力の気配はない。その気配は今やルドルフに宿っていた。
「返してもらうぞ! それはウルムトを守るための力だ!」
しかし領地の魔力を失ってなおかの王は恐るべきリッチだ。奪った領地による莫大な魔力があったとしても、正直ルドルフは目の前のリッチの王に勝てるとは思わなかった。こちらは所詮凡人。対して向こう天性の才を持つ三百年の魔術師である。
とはいえリッチキングもやはり動揺していたのだろう。ゆえにこの場で真に警戒すべきものへの目配りを怠った。
目と鼻の先にアンデッドにとって何よりも恐るべき力の気配が立ち上がる。サイラスが真正面に構えた大剣の刀身が眩く輝く。土地の魔力の移譲とともに神子の力を封じていた術式は破れ、聖剣はすでに復活していた。
サイラスはその切っ先をリッチキングに向けて無言で突撃した。リッチキングはとっさにかわそうと身を引いた。だが遅すぎる。突き出された聖剣は王冠を失った骸骨の胸を一直線に貫いていた。
「おのれ……ゆる、せぬ……」
それを最期の言葉に、死者の国の王は塵となって風に消えた。
リッチキングはここに消滅した。
「これはなんたること……王家の者とはいえ弑逆は大罪! これは謀反ですぞ! 私は! 私は……!」
悲壮な顔となったオースがサイラスに剣を向け近づいていく。アリアナはもはやするがままに任せた。
数合も打ち合わないうちに、サイラスの鋭く突き出した大剣の刃が老将の額をわずかにかすめる。次の瞬間、オースもまた塵と化して消滅していた。
戦いが終わり、しばしの静寂が流れた。聖剣を握るサイラスの目にじわりと涙が浮かんだ。エレノア、リズ、ルイン、ザイオンが走って集まり、サイラスに覆いかぶさるようにしてもみくちゃにした。彼らの目にも等しく涙が浮かんでいる。
果たされた一族の悲願。
彼はついにやり遂げたのだった。




