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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第四章 不死の国の王

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第百四十七話 お手本の魔術

 ルドルフは真っ暗な地下墓地の奥で意識を取り戻した。魂の器を隠していたその場所だ。自らの体を触って確かめる。欠損している骨はない。どうやら復活はつつがなく成ったようだ。


 おもむろにライトの魔術で小さな光球を宙に浮かべ、次元収納からローブを取り出しはおる。


 それからふと寺院を目的地として転移魔術を使ってみようと思い立つが、実際に呪文を唱えようとするとどっと体が重くなり、ひと言も詠唱できない。


 やはり一度滅びてもリッチキングによる支配は消えていないらしい。そうだろうなと思っていたことなので、これは単なる確認である。駄目だと思っていても確認したくなる性分なのだ。


 さてどうしようか。


 リッチキングはここにルドルフが復活したことをすでに知っているだろう。彼は己の領地に入り込んだ者をその数くらいなら把握できる。こうして自らが治める都市の地下に唐突にひとつ、何かが現れたのなら、そのうち迎えをよこすのに違いない。


 ではお呼びがかかるまでは寝転んで考え事でもしていようか。


 ルドルフは背中から地べたに倒れ込み、天然の岩がむき出しになった天井を見上げる。


 あれからどれだけ時が経ったのだろう。リッチキングの軍はどうなっただろうか。ダンジョン・オーバーフローは町をひとつ滅ぼすこともあると言うが、さすがに八十万からの軍勢が全滅することはあり得ない。しかし仮にラズールやティエーレ、それにエゼルのうち一人でも倒れていたとすればリッチキングにとっては大打撃だ。


 まあそこまでうまくは事が運ばなかったとしても、今やリッチキングよりも危険視されるリッチの命をひとつ削ったのだから、人間たちからすれば大戦果といえる。まったくしてやられたものだ。


 周到に仕組まれた罠の中にアンデッドたちがまんまと飛び込んでしまったことを考えると、なぜかニヤリと笑ってしまう。なにせ大神官まで引っ張り出しての大仕掛けだ。


 だが自分の命の予備がまたなくなってしまったことと、残りひとつしかない命を敵の誰もが狙ってくる状況に置かれたことは、まったく面白い出来事ではない。そのことに思いあたるとルドルフの笑いはすぐに打ち消されてしまった。


 さて、どうしようか。


 何か手を考えなくてはならない。どうやって身を守ろうか。


 シンプルな話、こうしている間にリッチキングが倒されればその支配はほどけ、ルドルフは自由の身となる。


 だが到底そんなことにはならない。リッチキングも己の前まで敵がやってくれば、さすがにルドルフを盾として戦うだろう。ルドルフが貴重な駒であるにしても、その前に王が取られてしまっては意味がないからだ。戦いには必ず巻き込まれる。


 いっそのこと一ヶ月くらい復活しないでおけば、その間に聖剣の神子がリッチキングを倒してくれたかもしれないのに、などと益体もないことを考える。ほんとうに益体もない。


 ありえない仮定に飛んだ思考を引き戻そうとした時、ルドルフはふとこの地下墓地に動かぬ死体がたくさんあることに気がついた。膨大な量の白骨が積まれて壁になっている。


 これら膨大な骸骨たちをすべてアンデッド化すれば、わが身を守る一軍団くらいは作れそうだ。かつてリッチキングが行使した大魔術ではない、ありふれた死霊魔術でもそれくらいはできる。


 そのまま下位のスケルトンを大量に作るか、それともまとまった量の骨を組み上げて異形の高位アンデッドを数体作るか。そんな思考に心を遊ばせる。ただ自分の手駒はリッチキングの手駒にもなる。そう思い至ると実際に行うのはバカバカしくもなってきた。


 寝転びつつ切羽詰まったことから下らないことまで、色々と考えながら数時間が経過した。その間、ルドルフは地に倒れ伏した白骨死体のように動かない。


 そんなルドルフの耳にコツコツと歩く音が響いてくる。一人ではないが大人数の足音でもない。入り組んだ地下墓地の中をまっすぐ迷いなく向かってくる。いよいよリッチキングのお迎えがやってきたようだ。ルドルフはため息交じりに立ち上がってローブについた塵を払った。


 そこにかすかに話し声が聞こえてきた。


「すぐこの先にいるみたいです」


 それはルドルフにとって聞き覚えのある、しかし意外な声である。


 間もなく闇の中から姿を現したのはなんとセラだった。なぜか片手にごく小さな鳥かごを持っている。


「師匠!」


 セラが喜びに震える声とともにルドルフに駆け寄ろうとする。が、その肩をもう一人の手が抑える。アリアナである。


「あなた、まだリッチキングの支配下にいるわね?」


 師匠を前にして今にも感情があふれ出さんばかりのセラとは対照的に、アリアナの声は冷淡そのものだ。


「その通りだ」


 嘘をつく必要もないのでルドルフは正直に答えた。


「自分で支配を解くことはできる?」


「いいや、それができればやっている」


 問答をかわすルドルフとアリアナの間に凍るような緊張感が漂っている。


「ところでなぜこの場所がわかった?」


「それはあとでね。あなた、いま私たちと戦うように言われている?」


「いいや、復活したばかりでまだリッチキングとは顔を合わせていないのでな。今の状況もわからん。色々と基本的な命令は受けている。勝手にこの都市から出るな、アンデッドを害するな、誰かに攻撃された場合は全力で反撃しろ、とかな」


「そう、じゃあ私たちにひとつ魔術を見せてもらうことは問題ないかしら?」


 アリアナはそう言うとセラに目配せをした。


「あのっ、アンデッドの支配を解く魔術を、私に実演してもらえませんか」


 場を支配する重たい緊張感の中、セラの健気な一生懸命さが微笑ましい。その言葉を聞いたルドルフはニヤリと笑う。


「いいだろう。弟子にひとつ魔術を見せるくらい、お安い御用だ」


 それからルドルフは何もない空間に向かってドミネイトリリースの魔術をゆっくりと唱えた。対象がいないのだからもちろんその魔術は何の効果も発揮しない。しかし詠唱が終わった瞬間、食い入るように見つめていたセラの目が潤む涙とともに輝いた。師匠を救うための魔術を習得したのだ。


「念のため確認なんだけど、この魔術をかけられることは攻撃されていることになるかしら?」


「残念ながら。俺は全力で抗わなくてはならないだろうな」


「あら、そう」


 その瞬間、アリアナの手にした剣がルドルフの体を大きく砕いていた。受け止めようとした前腕の骨ごと右の鎖骨と肋骨が持っていかれている。彼女がこう動くことは読めていた。それでなんとか頭蓋骨狙いの一撃は逸らすことができた。


「加減を間違えて死んじゃったらごめんなさいね。殺さない程度にすませるつもりだけど」


 振りかぶり、再び頭骨めがけて振り下ろしたアリアナの剣を、間一髪のところで分厚い魔術の障壁が阻んだ。その間にルドルフの砕かれた骨はゆっくりと再生していく。


「気にするな。こちらも手加減はできん。そちらも危ないと思ったらくれぐれも死ぬ前に逃げろよ」


 地下墓地の最奥の狭い空間で一人のリッチと一人のエルフ、そして一人の少女が対峙した。

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