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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第三章 竜の名付け親

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第百三話 海辺の休暇

 翌朝、夜が明けるとセラとバルドはいつもの習慣で早起きしてきた。ぐっすり眠ってすっかり疲れは取れたようだ。ラエルはまだ高いびきをかいている。セラは魔術の、バルドは剣の、朝の短い時間だけだが、旅の間も鍛錬を日課として続けていた。


 やがてラエルも起きてきて、三人は焚火で温めたパンとベーコンエッグ、それに野菜のミルクスープ、デザートにオレンジの並ぶ朝食を囲んだ。旅の間もルドルフの用意する食事はいつもの通りだ。特に贅沢なごちそうではないが、わが家にいるのと変わらない、栄養バランスのいい食事が出てくる。


 朝から強い日差しが辺りを照らして、夜露の湿気を払い始めた。今日は暑くなりそうである。


 少しのんびりした朝を過ごしたあと、一行はディアドロとの待ち合わせの土地を目指して歩き出した。


 ラエルが後ろを歩くルカをちらちらと気にしながら歩いている。そのルカが少しおさまりが悪そうにして歩いているのは、着ている服のせいだ。アクィラがルドルフというクローゼットから取り出した女物の服である。


「アクィラ様、もう少しシンプルな服はないんですか? これ、あまりにひらひらしてて落ち着かないというか……スカートもちょっとスースーするというか」


「それしかちょうどいい服がねえんだ。いいじゃねえか。よく似合ってて可愛いぜ」


 ルカは短髪だが、実際かなりの女顔をしている。そしてアクィラがあえて出してきた少女趣味の服を着ると、まるで本当の年頃の少女にしか見えない。血の気のない透き通るような白い肌が可憐な印象を与えていた。


 アクィラはそれを見ていつになくご満悦な様子だった。もちろん実はもっと地味で大人しい服もある。だがそんなものを着せても面白くはない。毛布に穴をあけて頭を通して腰のところで結わえれば、と言うルドルフの案も却下されていた。毛布がもったいないとのことだ。


「アクィラちゃん、服を貸してくれたのはうれしいんだけど、もう少し大きいのない? やっぱりちょっと胸がきつくて」


「うるせぇ。お前の駄肉に合うサイズの服はねえ」


 イーリスもボロボロの革鎧からアクィラの服に着替えていた。アクィラの胸のサイズも別に小さくはなく、むしろ平均サイズよりわずかに上といったところだが、イーリスの持ち物はそれに比べてだいぶ大きい。夜が明ける前にルドルフがたしなみ程度のお裁縫で軽くサイズを調整してやったが、まだ窮屈らしく折に触れて不平を言っていた。


 アクィラはある意味いつも通りの格好だ。もともとアンデッドの頑健な体を頼みに鎧などは着ていない。今日は昨日までの旅装とは違い、完全に街中にいる町娘の服装である。それもこれから友達と出かけるのにちょっと気合を入れておしゃれをした、といった風な町娘である。イーリスとルカがそれと同じような服装で並び、雨上がりの風の渡る平原を歩いている。この三人だけを見るとまるで旅の一行の姿とは思えない。


 さすがに数日経ったところで、スカートはもう死んでも嫌だ、と泣き落として、ルカはしぶるアクィラからなんとかショートパンツを勝ち取っていた。さらに上着はバルドのシンプルなシャツを借りている。だが比較的小柄でなで肩のルカが、すでに青年の背丈をしたバルドのシャツを着ると、逆に女性が男物の服をラフに着ているようなちぐはぐなかんじになった。


「あれはあれでこう、ヤバくねーか」


「ヤバいね」


 ごきげんのルカを遠く眺めながらアクィラとイーリスがおかしな意気投合をしていた。アクィラは我が従士のポテンシャルにまだ気がついていなかったとは不覚だと唸った。


 一行は引き続きゆるやかな丘の続く平原をのんびりと南下していく。夏の日差しは強いが、空気はカラッとしていてそれほど苦しい暑さではない。アンデッドや魔物と行き会うこともなく平和そのものである。


 出発してからちょうど一週間目の昼過ぎ、予定通りに海沿いの待ち合わせ場所にたどり着いた。そこは長く続く砂浜で、白く輝く砂に穏やかな波がのどかに寄せている。


 待ち合わせ相手のディアドロとヌイの姿は見えないが、ルドルフたちはその浜の一角に腰を据えて、気長に待ち人の到着を待つことにした。なあにかえって良い骨休めになる。


 セラは先日、海というものを間近で初めて見たが、その海はもっとくすんだ色で、波も荒かった。今目の前に広がる海はそれとはまた違った海だった。盛夏の強い日差しを受ける海の水は碧色に透き通っていて、水面の向こう側に小さな魚がたくさん泳いでいるのが見えた。


 浜で遊ぶのももちろん初めてだ。セラ、ラエル、それにバルドも水着になって砂を踏みしめ、波打ち際ではしゃいでいる。


 この水着はあの日王都で入手していたものだった。赤竜のところへ行く行かないでへそを曲げたセラたちを、なだめる手段のひとつとして買ったのだ。竜のことが終わったら王都のずっと南にあるビーチへ遊びに行こう、と言っていた予定が、期せずして前倒しになったような形である。


 アクィラは上下セパレートでフリルのついたかわいい水着を着けていたが、さすがにルカにそれと類するものを着せるのは失敗していた。イーリスは神子の能力の代償としてカナヅチになっているらしい。海を見ると顔をこわばらせて後ずさり、みなが遊び始めるのを尻目に森の中に薪を集めに出かけて行った。


 そうしているうちに子供ら三人は少し沖の水の深いところまで泳ぎ、潜ったり浮かんだりして遊び始める。ラエルが水の精霊を使って流れや渦を作って楽しんでいるのを見て、セラは何かしばし考え込んでいた。それからやおらにそばにいたバルドを捕まえると、黙って後ろからその胴に手を回して軽く抱き締めた。


「ちょっと動かないでいてね」


「え、な、なに?」


 バルドはいつになくドギマギしていた。セラの水着は大人しいワンピースタイプのものだったが、その水着越しとはいえ背中に当たるささやかな感触が少年を戸惑わせる。そんなバルドの顔色をよそにセラが呪文を唱えると、二人の姿はパッと消え、海面から十メートルくらいの空中に転移の光とともに現れた。


「うぉああああぁ!?」


 予期せぬ浮遊感にバルドは思わず間抜けな声を上げた。そのまま二人とも足から海面に落下する。そしてざばんっと海の中にいったん深く沈んでから二人はそれぞれ海の上に顔を出した。


「あははははは!」


 バルドはまだ何が起きたのか完全には飲み込めず、濡れた犬のような顔をしている。セラはそんなバルドを見て腹を抱えて笑った。


 それはかつてディアドロがヌイを連れて転移したのと同じ魔術、ショートリープの魔術だ。目で見えている百メートル程度の範囲にしか転移できないが、通常の転移魔術とは違って術者が捕まえている他人も一人までいっしょに転移させることができる。


 ルドルフは呪文を書き記してもらって目下習得に勤しんでいるが、セラはディアドロのお手本を見てすでに習得を済ませていた。


 僕も僕も、とラエルもセラにショートリープをせがむ。同じようにはるか上空から海の中に落下した二人は、海面に上がると顔を見合わせて笑った。


「もっかいもっかい! ほら、バルドから」


「いや、俺はいい」


 興奮するラエルに対して、バルドはやや顔を赤くして固辞の構えだ。


「なんだよ、怖かったのか?」


「そんなわけあるか」


「じゃあやろうよ。次はもっと高くてもいいな!」


「とにかく俺はいいから。お前らだけでやっていればいい」


 断り続けるバルドをラエルがしつこくはやし立てている。そんなバルドをセラがおもむろに後ろからえいっと捕まえ、バルドが固まっているうちにまた上空へと跳躍した。ラエルのリクエスト通り、今度はさっきよりもさらに少し高い。が、そこで上空に姿を現したのはセラのみだった。バルドは相変わらず海の中にいる。


 どうやら被術者に抵抗の意思があると、この魔術は半分しか成功しないらしい。


 一人海の中に落ちたセラが、何やらむくれながら再びバルドを捕まえている。バルドは赤くなりながらも今度は抵抗せず、セラと二人ではるか上空へと跳躍した。


 あの中だとやっぱりバルドが一番大人なのかなぁ。色んな意味で。


 三者の様子を見ながらルドルフはそんなことを思った。その面白そうな遊びをしている三人に、アクィラとルカが近づいていくのが目に入った。


 ルドルフは黙々と釣りをしたり貝を採ったりして食糧の現地調達に励んでいる。なんだか懐かしくも楽しいこの感覚。


 もともと農村の生まれで、農閑期は猟師をしていたこともあり、野外で食べられるものを探すのは得意であったが、魔術師として研究に打ち込むようになってからはついぞご無沙汰になっていた感覚だった。


 今度久しぶりに弓矢を使って狩りをしてみるのもいいかもしれないな、などと考えつつルドルフは一人釣り糸を垂らしていた。


 アタリを待つ間に彼方を眺めれば、続く海岸に沿って北の方角に死霊国の不毛の瘴気の大地が見え、そこからさらに岸をなぞって東の彼方に目をやれば、人間たちの領域がうっすらかすんで見える。目の前に広がる海を渡れば、あとはグラナフォートまで歩いて帰ることが可能だ。目当ての竜に会った後、戻るのもまた船だろう。


 ひるがえって陸の方に目をやれば、たまに犬の頭を持った魔物であるコボルトたちが森の中からこちらをうかがっている。こちらに敵意を持っている気配はない。どちらかと言うと興味津々といった様子に見える。が、一応警戒心はあるのか近づいてこようとはしなかった。


 その夜はルドルフが採った魚介で浜焼を楽しんだ。内陸の普段の暮らしではなかなか保存食以外の魚介を食べる機会はないので、これもセラたちにとっては新しい経験だった。明るい笑い声の響く極めてのどかな夕べである。静かに寄せる波音の上にうるさいくらいの星空が広がっていた。


 予期せぬ休暇に翌日からも海辺を遊びつくしたルドルフたちだったが、肝心の待ち人であるディアドロとヌイは何日経っても現れる気配がなかった。


 多少の遅れは想定内だ。しかし約束の期日から一週間が過ぎようとしても姿を現さないのは、さすがに少し遅すぎる。まさか約束を反故にしたのか? とわずかな疑念がルドルフの頭をよぎった。


 が、あのダークエルフはあれでなかなか律儀そうだ。おそらく黙っていなくなることはしないし、仮にこちらを騙したとしても「騙されたなバーカ」くらいの書置きはしそうである。おそらくは何かトラブルがあったと見るべきだろう。


 目的地である竜のところまで行くにはディアドロの持つ船が必要だ。また大まかな場所はわかっているものの、死霊国の領域内でもたもたしていると討手がくることを考えると、案内人としてディアドロ本人もまた必須である。


 タイムリミットまではまだ余裕があるとはいえ、あまりのんびりしすぎるわけにもいかない。ルドルフたちは海辺の休暇を切り上げ、来た道を戻って魔物たちの集落を訪ねることにした。

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