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リッチは少女を弟子にした  作者: 川村五円
第一章 ボーン・ミーツ・ガール
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第十話 失われた聖剣

 それから一拍置いて、席はまたしんとした空気に戻った。持ち主の名前が出たことで、聖剣が失われたことを思い出したのだ。


「サイラス……聖剣がなくてこれからどうなるかだね」


「僕はサイラス兄が心配だよ」


「あたしはあんなに取り乱したサイラスを初めて見た。いいえ、人があそこまで取り乱したところを初めて見たかも」


 リズとルインにとってサイラスは初めて出会った時から常に頼もしいリーダーだった。どんな困難を前にしても粘り強く状況を判断し、決して最後まで諦めることがない。彼が弱音を吐いたりへこたれているところなど未だかつて見たことがなかった。


 それだけにリッチに縋り付いて泣いている姿には目を疑った。ある意味聖剣が消えたことよりも衝撃だった。


「聖剣の神子ってな、いろいろあるのさ」


 ザイオンが言った。


 彼はリズとルインより少しだけサイラスとの付き合いが長い。聖剣を手に入れたいきさつについてもよく知っていた。彼と出会って間もなく、サイラスは聖剣に選ばれし者、聖剣の神子と呼ばれる存在となったのだ。


 この世界では善神に特別な力を授かったものを「神子」と呼ぶ。そして神子に付き従ってともに戦うものを「神子の従士」あるいは単に「従士」と言った。つまりサイラスは「神子」でそれ以外の四人は「従士」ということになる。


 神子はその生涯に一度だけ、善神からの使命を課される。神子の従士はそれを助け、そして見事その使命を果たした暁には、神子とともに大いなる栄誉と望むがままの報酬を授かることができるとされている。


「おっさんは何か知ってるのか?」


「まぁ、本人がいないところで俺から話すことじゃない。サイラスの口から直接聞け」


「そう……サイラス兄、元気になるかな」


「大丈夫だ。あいつは不屈の男だからな」


 聖剣の神子サイラスはあれからずっと宿の自分の部屋に閉じこもったまま出てこない。エレノアがどこかからか持ってきたありあわせの剣を握らせると少しは落ち着いたが、そのまま塞ぎこんでしまった。


 聖剣がなくなった今、サイラスがまだ神子であるのかどうかもわからない。サイラスが神子でなくなったとしたら、彼らもまた神子の従士ではなくなる。未来の栄光への道も閉ざされることになるだろう。


 だが彼らはそのようなことに関係なくサイラスが立ち直ることを願い、信じていた。幾度もともに死線をくぐった仲間として。それは損得では測れない想いである。


「それにしても、あのリッチはなんなの? 第四層にあんなのがいるなんてまるで詐欺」


 話題を変えてリズが言った。相変わらず表情の変化はとぼしいが、口調にはわずかに不満がにじんでいる。


「わからんなぁ。まあダンジョンの魔物がしゃべることはないから、外から来て住み着いていたんだろうが。第四層に魔物が湧かないのは、案外あのリッチがいたせいかもしれないな」


 ザイオンの方は粛々と己の所見を述べた。


 凪の第四層とも呼ばれる何もない層。魔物も現れず宝物もない層があるというのはダンジョンでは普通ありえないことだ。ゆえにそうした層のどこかには特別なお宝が隠されているという噂がまことしやかに流布していた。その宝を求めて第四層を探索する者たちもいくらかはいて、その中のひとつがケビンたち疾風の団だった。


「ケビンたちは運がなかった」


 ザイオンがぽつりと言った。


「あたしたちだって運がない。あそこで逃げてくるあいつらに会わなかったら、今ごろは第十層に向けて進んでるところだったんだし。ほんと余計なことをしてくれた」


 リズが言った。


 粗野で慣れなれしく、黒い噂もあるケビンたちに対して、聖剣旅団の一同はあまりいい感情を持っていなかった。それでもリッチが出現したと聞いては捨ておくことができず、案内されるままに向かった結果がこの通りのざまだった。


「しかしあの女の子は何だったんだろう? 本当にあの子がケビンたちをリッチのもとに呼び込んだの?」


 リズがずっと気になっていたことを口にする。


「ケビンが言ってたあれ? 自分の悪事がばれそうになったからついた嘘だろ。本当にしょうもない奴だよ」


 ルインが肩をすくめて言った。


「シーッ。声を小さく。あまり人のいるところでケビンのことを言いなさんな。あれでも外面の良さと顔の広さはなかなかのものだったからな。あいつを慕ってたやつはけっこう多いんだ」


「りょーかい」


 ザイオンがたしなめるとルインは不服そうにしながらも素直に従った。


「ケビンのことはどうでもいい。あたしが知りたいのはあの子のこと。あの子はリッチをかばってたし、リッチも彼女を助けてた。どういう関係だったんだろう」


 リズが不思議そうに言う。


「ケビンが少女を置き去りにして、でもリッチは少女を傷つけなかった、か。わからんなぁ。そう言えば魔術を教わってたとかも言ってたな。ますますわからん。リッチはアンデッドの中じゃ生前の自我を保っている方だし、意外と悪い奴ではなかったのかもしれん」


 ザイオンが頭の後ろで腕を組み、宙を見上げながら言った。自分たちが生かされたことを含めてわからないことだらけだった。


 と、不意に割り込んできた何者かがザイオンの言葉をぴしゃりと一刀両断した。


「何を馬鹿なことを。邪悪でないアンデッドなどいませんよ。彼らは理に反した存在なのですから。それに与するものをも含めて断罪は免れません」


 いつの間にかザイオンの背後にエレノアの姿があった。


「少なくともあの子は、悪い子には見えなかったけど」


 リズはエレノアが決めつけたことに同意はしなかったが、正面からは反対せず軽く少女のフォローをするにとどめた。一番優先したい話題があったからだ。


「そんなことよりエレノア、どうだった?」


「エレノア、会議の様子は?」


「エレノア姉、サイラス兄は、俺たちはこれからどうなるの?」


 その場にいた全員が口々に会議の様子をたずねる。どしっと席に着いたエレノアに対して全員が前のめりになり、その言葉を食い入るように待った。


 エレノアの顔は疲れ切っていた。町に帰還した直後もすでにそうだったが、さらに疲れ切っている。だがいつもと同じように気を張る彼女の口調は毅然としていた。


「聖剣は失われたと正式に認定されました。ですから我々の旅ももう終わりです」


 端的なエレノアの報告に一同は絶句した。そのまま彼女を見つめてまだ次の言葉がないかを待つ。


 エレノアは誰のものともしれないジョッキをひったくると、残っていたエールを一気に胃に流し込んだ。そして言った。


「それとあの少女の処刑が決まりました。あれがリッチの協力者ならば、それを邪魔しに町までリッチがやってくるかもしれません。その場合の討伐作戦には町中の冒険者が強制参加です。我々も解散の前に最後の一仕事と行きましょうか」

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