表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/20

覚悟を決める、俺。

 テモワンは過去の恐怖に身を震わせながらも、体を動かすことで命の灯を繋いでいく。

 次の屋根に飛び移ろうとしたその時、空が光り、彼の眼前の建物が爆発した。


「逃げられると困るんだよなー」


 土煙の中から一人の男が出てくる。

 周囲を見回すと、三つの人影があった。


「あんた、元騎士だろ? 良い動きだったぜ」


 屋根に飛び乗った男が、固まって一歩も動けないテモワンの肩をポンポンと叩く。


「奴は……あの悪魔は……」


 かつて見た漆黒の悪魔。

 ある女騎士の姿が、テモワンの脳裏をよぎる。


「悪魔? ああ、ラスさんのことか。こっちも訳ありなんだ」

「俺も、消されるのか……?」


 数年前、一つの騎士団が消された。

 その騎士団は身勝手な理由で、盗賊まがいのことをやっていた。

 テモワンもそこに所属していたが、理由をつけて悪事の手伝いを断っていた。

 彼が面倒くさがり屋だということは騎士団内の共通認識だったため、無理やり参加させられることはなかった。

 しかし、彼は見て見ぬふりをしていた自分に罪悪感を抱いていた。


 そしてある日、地獄を見た。

 この世界の強者である騎士を、一方的に蹂躙する黒髪の少女。

 なぜか見逃されたテモワンは、過去の自分から逃げ続け、挑戦者となった。

 門の中なら、奴に出会わないと思ったからだ……


「いんや、あんたには興味ないね」

「そう、興味がない」


 男の背後に急に現れた少女。

 テモワンの脇に抱えられたリーダーが気絶していることを確認して、彼女はフードを外す。


「レーヴ王女……」


 テモワンは反射で(ひざまず)く。

 騎士とはそもそも、王族を頂点として存在しているのだ。


「まだ騎士の誇りがあるのか。大したものだ」

「今までの無礼をお許しください。私の命でよければ差し上げます。ですが、彼らパーティは……」


 テモワンはパーティを(かば)う。

 それは、彼らがまだ現実を知らない、ただバカな若者たちだからだ。

 そんな彼らを過去の自分と重ねていたのかもしれない。


 レーヴがゆっくりと近づき、手を向ける。

 下を向きながらもその影が見えていたテモワンは、自分の最後を覚悟した。


「治癒六段階、(れい)


 そう彼女が唱えると、テモワンの右側に横たわっていたリーダーの右腕が、付け根から再生していった。

 これは国宝にも指定されている究極の”報酬”。

 欠損した部位すら元に戻す、治癒の最高位魔法だ。


「なん、で……」


 テモワンは驚きの顔を上げた。


「先輩に"失敗"はない。まだ生きているお前の価値を見せてみろ」


 そう言って、手を差し伸べた王女。

 テモワンはもう一度、騎士になる夢を見てしまった。



 *



 そして時は戻って、現在。


 ……


「やっと、元通りになったわね」

「ああ、素晴らしい塔だ」


 俺の目の前には、悠然と(そび)え立つ塔があった。


「で、さっさと終わらせましょうよ」


 塔の入口、その近くにある光の膜は、試練へと続く穴だ。

 その近くでリュゼが、手を差し出して糸を催促している。


「打ち合わせ通りに頼むぞ」

「分かってるわよ……ちょっとは信頼してよね」

「ああ……」


 本当に嫌な予感がするのだが、それ以上のトリックショット欲が俺にはある。

 リュゼに日用型魔導具”糸”を渡し、俺は塔の内部に入った。


 塔の中は、螺旋状に昇る階段となっていた。

 俺はそれを駆け上がり、頂上へと向かう。


 塔を試練へ向かう目印とするならば、この階段に意味はない。

 だからこそ、この門の製作者は理解して(わかって)いる。

 『上から撃ってね』と言わんばかりの構造なのだ。


 塔のてっぺんに立ち、俺は心地良い風と清々しい景色を感じた。

 全ての建物は下にあり、地面までの落下時間は五秒程だと考えていいだろう。


「頼んだー」


 俺は下を向き、大きな声で合図を送る。

 声は街中に広がる。

 本来ならば、挑戦者として悪手になる行動だった。

 だが、すでにこの第二段階の門内部に俺たちを襲うような馬鹿はいない。


 塔の再建を待つ間には少しだけ気配を感じたが、襲ってくる獣型の魔物をリュゼと会話しながら片手間に処理していたら、それすら消えた。

 実力差を分かってくれるのは、こちらとしてもありがたいことだ。


 俺の視線の先では、小さく見えるリュゼが魔法で糸の先に炎を灯し、それを穴の中に落としていた。

 糸は彼女が持つ剣に巻き付けられていて、本当に釣りをしている風だった。


 しばらくして、リュゼが全力で剣を引き始めた。

 何かがかかったようだ。

 彼女は一瞬だけ体ごと持っていかれそうになったが、両足で踏ん張り、何とか耐えている。

 どうにかゆっくりと、それでいて着実に剣で糸を巻き上げていた。


 俺は覚悟を決める。

 あそこまで全力でトリックショットに向き合ってくれているのだから、俺も渾身の一撃を決めるしかない。


「やってやるさ」


 俺のやる気は今、最高潮に達していた。

 リュゼが剣に巻き付けた糸の長さから見て、もうすぐだ。


 俺はアイテムポーチに手を突っ込んで、中身を確認した。

 そして頬を二度叩き、脳内でシミュレーションをする。

 

 空中で剣による斬撃を発生させるが、これはフェイクで、やはりトドメは金属塊。

 ポーションを飲む動作も入れたい。

 十分な高さがあるが、今回は高い位置から決める。

 市街戦での長距離狙撃。

 それをトリックショットとして、成し遂げて見せる。


 しかし、リュゼには本当に迷惑をかけることになった。

 彼女には釣り上げた魚を所定位置まで戦闘しながら誘導し、なおかつ丁度のタイミングで足止めまでしてもらう。

 計画を話した時はできるか心配だったが、今では完全に信頼していた。


「リュゼ、今の君にならできるさ」


 口から漏れたのは、またしてもしっくりくるセリフ。

 今日仲間になったばかりの相手に、俺は呟く。


「引っ張り上げるわー!」


 リュゼが大声を上げて、穴とは反対方向を向いた。


 そして背負う形となった剣を、前面に全力で振り降ろす

 彼女の動作は、聖剣を抜く勇者のように綺麗だった。


 穴の中から飛び出てくる大きな魚。

 所々が食い荒らされて骨と内臓が()き出しになっているが、動いている。

 見た目はゾンビに近く、無臭であるのに鼻をつまみたくなった。


 魚は想定内。

 奴をトリックショットで倒すことが目的だ。

 しかし……


 『やばい』の一言しか出ない程に濃密な魔力を放つのは、魚の背に乗っていた一人の少女だった。

 俺は塔から覗かせていた顔を、急いで引っ込める。

 殺意や敵意など全ての気配を消すことも忘れない。


「せんぱーい! どこにいるんですかー!?」


 空を飛ぶ魚の上で、仁王立ちになり両手を広げる少女。

 

 とんでもない大物が釣れてしまったようだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ