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とても嫌な予感がする、俺。

「暇ね……ラス、さっさと試練を……」

「ダメだ」


 俺たちは崩れた塔の近くで、それが修復されるのを待っていた。

 門の中は、試練を含め、元の姿に戻ろうとする。

 ゆっくりと瓦礫が動いていく光景は、不気味だ。


「試練への入口はすぐそこなのに……」


 リュゼが悔しそうな声を漏らすが、俺は気にしない。

 今回は規模が規模だけに修復に時間がかかりそうだが、ランダムで現れる脱出地点を探す程でもない。

 だとすれば、第二段階の試練を乗り越え、一旦街へと帰るのが最速かつ確実だが、俺にはそれができない理由があった。


 待ってる存在が、いる……


 試練へと続く穴、そこから流れ出てくる濃密な魔力。

 それは決してボスのものではない。

 それよりも、もっと恐ろしい、怨念の(こも)ったなにかだった。



 *



 ラスがリュゼを抱え、門の中に入る少し前。

 ここは王都に近い、門の街。


 ギルドの一角に、全身をローブで隠した五人の男女がいた。


「先輩センパイせんぱいせんぱいせんぱい……」


 古い皮用紙に、乱雑に名前を書きなぐる乙女は姫騎士レーヴ。

 目を血走らせ、ブツブツと独り言を言っている。


「なあ、姫様やばくねーか。流石に止めた方がいいと思うんだが……」


 短く赤い髪をかき上げ、若干引き気味の男が提案した。


「私は知りません、全部あの方が悪いので」


 眼鏡をかけた茶髪の女が、ハッキリと返した。

 周りに居た他の男女も、うんうんと(うなず)いている。


 彼らはラス・フォートが所属している騎士団の騎士たちだ。

 丸机の奥でひたすら呪言を呟いているレーヴを、囲むように立っていた。


「ラスさん、まじでどこにいるんですか……帰ってきてくださいよ……」


 赤髪の騎士が遠い目をして言った。

 まるで今までの苦労が脳裏をよぎっているようだ。


「あの方の考えていることですから、意味があってのことでしょう。団長も言っていましたが、あの方は更なる高みへ昇ってしまわれたようで、もはや、我々には止められないのかもしれません」

「それはいいんだがよ。せめて、責任は取って欲しかったよな……」


 赤髪の騎士がレーヴの方を向いて愚痴を漏らす。

 それに対して、その場にいた姫以外全員の騎士が頷いた。


 いつ終わるか分からない姫の執念。

 待機中の騎士たちに、屈強な男女で形成された挑戦者の集団が近づく。


「いつからギルドは託児所になったんだ? ガキのおもりは家でやってな」


 先頭に立つリーダー的な男が、バカにした声を向けた。

 柄が悪そうな挑戦者たちには、ギルドの隅で少女がお絵描きでもしているかのように見えたのだろう。


 騎士たちはそんな彼らのことを気にせず、話を続ける。


「で、あの魔導具って、どれくらいの精度なんだ?」

「どうでしょうか、強い繋がりが精度を高めるとは聞いたことがあるのですが」

「なら問題なさそうだな……」

「おい! 無視すんじゃねーぞ!」


 挑戦者の男が怒り、声を荒げた。


「うっせんじゃボケ! こちとら集中しとんじゃ!」


 その声に何倍もの大きさで返したのは、意外な人物、レーヴだった。


「あー、やってしまいましたね……」


 騎士団の女がやれやれと首を振る。


 挑戦者の集団はというと、レーヴが出すあまりの迫力に固まっていた。


「さっさとギルドの皆さんに詫び入れんかい!」


 レーブは丸机に片足を乗せ、膝上に肘をつきながら怒鳴り声をあげていた。


「は、はい! 大声上げて申し訳ありませんでした!」

「「「申し訳ありませんでした!」」」


 挑戦者たちは背筋を伸ばし、ギルドの中心に向かって頭を下げる。


「ちっ……これに()りたら、もう人様に迷惑かけんじゃねーぞ」

「「「分かりました! 絶対に迷惑をかけません! 真っ当な挑戦者として、世に尽くすと誓います!」」」

「よし、帰れ」


 レーヴの許しを得て、逃げるようにギルドを出ていく集団。


「流石は姫様、凄みが違います」

「あんな雑魚共はどうでもいい。お前たち、先輩の居場所が分かったぞ」

「おっと、それはよかったです。で、どこに?」

袋小路(キュドサック)だ」

「あー、ここからじゃちょっと遠いですねー。諦めて帰り……」

「いや、門の中で待つ」

「まじですか……」

「そうだ。まだ街にいるということは、絶対に第二段階の試練を通ることになる」


 レーブの瞳が輝く。

 ずっと我慢していた楽しみに、やっとありつけるといった様子だ。


「絶対に逃がさない」


 とある国の第三王女は、ただ一人を想い、行動する。

 かつての国を思う姿はどこにもなく、彼女は特定の個人だけを愛する乙女になっていた。



 *



 第二段階の廃墟の中、朽ちかけている民家の屋根の上で、一人の挑戦者がぼやいていた。


「俺、なんでこんなことしてんだろうな……」


 男の名はテモワン、極度の怠け者だ。

 白髪交じりの髪に無精ひげといった風貌だが、まだ二十代後半である。


 テモワンは第三段階を攻略するパーティに”雇われて”いた。

 というのも、彼の実力は既に第四段階のレベルにまで達している。

 それでもリスクを取りたくない彼は、大金を出してまで自力攻略をしたい成金挑戦者を担いで(キャリーして)あげているのだ。


「この段階にも慣れてきた、そろそろ試練に進むぞ」

「リーダーさんよ、それはいいんだが、たぶん無理だぜ」


 テモワンは雇われていたパーティのリーダーに忠告をする。


「なにがだ?」

「いや、あんたらの実力じゃ、試練の地に無事降りられたとしても、魚に食い殺されるのがオチだ」

「なんだと!?」


 リーダーが顔を真っ赤にして怒り出す。

 周りに居た他のパーティメンバーも同じく苛立ちを見せていた。


「俺たちは第三段階の魔導具を使ってるんだぞ!? それでもダメだというのか!」

「いや、まあ……」


 テモワンは段々と面倒になってきた。

 前金は貰ってるし、こいつらが死のうとどうでもいい。

 ……だが、今後の仕事に関わってくるのは、これ以上に面倒だ。


 門の中または試練で死んだ者は、肉体が残っていれば、”入った門”の外に吐き出される。

 だからこそ、彼らに死なれたら、テモワンの監督不足だと思われてしまうのだ。


「はあ……最悪俺が倒しますよ。それでいいですね?」

「そのようなことは起きない。お前は俺たちのお(ぜん)立てをすればいいだけだ。ふっ、楽な仕事でよかったな」

「そうっすねー」


 テモワンは『もうどうにでもなれー』と気づかれないように呟き、街の中心、塔の元へ向かうパーティについていった。




 テモワンは道中、念のために周りを警戒する。

 第二段階の門の中は、とても平和だ。

 確かに挑戦者とかち合うことはあるが、彼らは同業者同士の争いを好まない。


 こんなに楽な仕事はないな。

 目の前のパーティが実力不足の甘ちゃんだということ以外は……


 テモワンがほんの少し油断した時、近くで爆発音がした。


「お前ら、対人戦闘の準備をしろ!」


 彼は焦って、声を張り上げる。


「なんでそんなに焦ってるんだ? どうせ魔物だろ。だったら試し斬りの機会が増えるだけだ」


 パーティのリーダーは、高価そうな装飾が施された剣をアイテムポーチから取り出し、構えた。


「違う! クソが!」


 テモワンがリーダーの頭を無理やり地面に押し付けた瞬間、背後の民家が消滅する。


「殺意を感じたけど、君?」


 いつの間にか進路上に居た、フードを深く被った人。

 高い声と体格から女だと分かった。

 

 こいつはやばい、別格だ。

 テモワンは即座に命令する。


「お前ら、逃げろ!」


 彼自身、なぜこう言ったのか分かっていなかった。

 身を挺してまで守るほどの相手ではないのに、体が勝手に動いた。

 それは、かつて夢見た存在によるもの、だったかもしれない。


「なに怖気(おじけ)づいているんだ? 俺がこの剣で……」


 パーティのリーダーが再び剣を構えようとした。

 しかし、自分の右腕がないことに気がついた。


「強化四段階、()!」


 テモワンは身体強化魔法を唱え、リーダーを抱えて駆け出す。

 その速さは風を切り裂き、彼らを屋根から屋根へと跳ばした。


 大丈夫だ、他のパーティメンバーは殺意を出す前に気絶した。

 あのイカれた奴らは、第一段階の試練と同じ、敵意に反応する。

 おそらくだが、見逃されるだろう。


「おい! なぜ逃げる!? あいつら、俺の腕を!」


 右わきで暴れるリーダーを無視して、テモワンは額に汗を浮かべながら、ただ必死に逃げる。


「なぜだ、なぜ奴らがここに居る……」


 リーダーの腕が消し飛ばされた時、女が少し動いた。

 テモワンは見てしまった、ローブに隠されていた特殊な色合いの鎧を。


「お前は元”騎士”だろ!? 高い金出して雇ったんだぞ!」


 リーダーの言う通り、テモワンは元騎士だ。

 だからこそ、あの”漆黒”の鎧の意味が分かっていた。

 彼が騎士を辞めた理由は、先程の”奴ら”だ。


「眠ってろ」


 テモワンは手刀を首元に当て、リーダーを気絶させる。

 そして走る、跳ぶ、駆ける。

 それはまるで、悪夢から逃げるように。


「”騎士狩り”が……くそっ、最悪だ」


 テモワンは自分の運命を呪った。

 彼はただ、カッコ良い騎士になりたかっただけだ。

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