塔の下で、俺。
廃墟の街並み、その中をひたすらに走る。
石畳を蹴りながら、塔目指して先へ先へと進んだ。
「待ってよ……待ってってば!」
目の前で上がる火柱。
リュゼが放ったそれは、俺の進路を塞いだ。
「もういいわ、仲間にはなってあげる。でも、あなたの目的を教えてくれないと、私が何をすればいいのか分からないじゃない」
「確かにそうだ、申し訳ない」
俺は頭を下げ、素直に謝罪した。
塔の魅力に、体が勝手に動いていたのだ。
先走った行動は、パーティの崩壊を招く。
リュゼという大切な仲間を失いたくはない。
「う……やっぱり見た目だけは凛々しいわね……」
リュゼが引き気味で俺を見てきた。
「俺はあの塔から、トリックショット……と言っても分からないか。つまりだな、カッコよく試練を攻略したいんだ。第二段階の試練、その相手は”魚”。奴は魔力に食いつく。つまり、リュゼが何かしらの魔法をこれの先につけて……」
俺はアイテムポーチから取り出した長い糸を見せる。
とても細い糸だが、立派な魔導具だ。
「えーっと、まさかだけど、門の中で釣りをしようって言うの?」
「そうなるな」
俺は頷く。
第二段階の試練は、ボスの真上に落ち、始まる。
それに例外はない。
そもそも、着地に失敗したら死ぬというクソゲーだ。
「はあ……私も諦めるしかなわね。きっといつか、王子様に戻ってくれるはずよ……」
「いや待て、俺は女だ」
「こっちの話よ、こっちの話」
リュゼはやれやれといった様子で、首を振った。
「だけど、あなたほどの実力者なら自分でやったらいいじゃない」
もっともなことを言われてしまった。
俺は少し考える。
「どうしたの? 真剣な顔は私としても嬉しいのだけど……」
「リュゼ、俺はな……」
打ち明けるしかない。
これでダメだったら、また振り出しに戻るだけだ。
「魔法が使えなんだ」
俺は彼女の目をしっかり見て、包み隠さず打ち明けた。
「そういうことなのね……はは、分かっちゃったわ。あなた、勉強苦手でしょ」
リュゼはなぜか楽しそうに、俺に対して笑う。
「そうだ」
「……」
俺はじとーっとした目を向けられた。
「はあ……自信満々に言うことじゃないわよ、普通」
「で、どうなんだ。幻滅したか?」
少し緊張する。
六回目にならなければいいが……
「魔法なんてただの手段よ、どうでもいいわ。むしろあなたの弱みが分かって、少し嬉しいかも」
リュゼは俺の肩を叩き、塔へ向かって歩き出す。
「リュゼ……本当に成長したな……」
俺はそんな彼女の背中に、優しく語り掛けた。
ちなみに他意はない。
この流れで、このセリフはしっくりくると思っただけだ。
俺はこの”しっくり”というのを大切に生きている。
それは自己満足の言い換えだと言ってもいい。
「はあ……もう、はあ……完璧なのは見た目だけね……」
リュゼは大きな溜め息の後、小さく呟き、肩を落とした。
それから俺は、リュゼと話しながら街の中央に立つ塔を目指した。
塔の近くに試練へと続く穴があるはずだ。
「ラスって、元騎士だったの!?」
話の流れで、俺は自分の出自を明かした。
彼女は信用に値すると思ったからだ。
「そうだ。意外だったか?」
「いや、なんというか……見た目だけなら凛々しい騎士様って感じだから……納得するしかないわね」
なんとも腑に落ちないといった様子だが、リュゼは受け入れてくれた。
もちろん、真実を全て話したわけではない。
ところどころぼかしながら、必要な説明だけをした。
実際、俺はまだ騎士で、今はただ休暇中の身分だ。
とっくに除名されているかもしれないが……
「聞かないのか?」
俺の年齢で”元”騎士など、訳あり以外の何ものでもない。
「別にラスはラスだし。そもそも、私は身分とか、どうでもいいの……」
少しだけ遠い目をしたリュゼ。
「ありがとな」
そんな彼女の頭を、俺は撫でてあげるのだった。
そんなこんなで塔の下まで辿り着いた俺たちだったが、そこで一つの問題が発生する。
塔の入口周り、建物がなく広場となっている場所。
「道を開けてはくれないかしら?」
リュゼが発した呆れ気味の声の先には、挑戦者狩りの集団がいた。
「アイテムポーチを置いていけ。殺して奪ってもいいんだぜ」
一番偉いであろう男が、ニヤリと笑いながら俺たちに言った。
根絶させたと思っていた第二段階の挑戦者狩り。
見慣れない奴ばかりだということを考えると……
「知らないようだな」
俺はアイテムポーチから、一本の棒を取り出す。
落ちている木の枝のような、心もとない見た目だ。
「ラス、それ……」
この場で気づいたのは、リュゼだけのようだ。
それもそうだろう。
なにせ、この”魔導具”は特別なのだ。
「なんだ? 挑戦者ごっこか? そんなおもちゃで俺たちを相手にしようなど、笑えるぜ」
挑戦者の集団が、こぞって笑い出す。
見たところ、第三段階の装備で身を固めたそこそこやり手の者たちだ。
ただ、彼らはその先を知らない。
だからこの棒が、ただの木の枝に見えるのだ。
「どいてはくれないんだな? 一応だが、殺意を確認しておく」
俺は木の棒を突き出し、確認する。
殺意を感じるには感じるのだが、とても薄い。
彼らは、自分たちが優位にあると思い込んでいる。
遊びでやっているような、そんな感覚なのだろう。
「二人とも上玉だな。お前たち、間違っても殺すなよ!」
男が声を張り上げる。
挑戦者狩りたちは、ニヤニヤと下卑た視線を俺たちに向けてきた。
「殺意、ないのか……」
俺は落ち込んだ声を漏らしてしまった。
「なによ。ラスにとってのそれって、そんなに重要なの? サクッとやっちゃいましょうよ」
リュゼが不思議そうに、俺の顔を覗き込んできた。
「俺はな、正直殺し合いの世界なんて、野蛮だと思ってるんだ……」
前世では、平和な世界、平和な国でのほほんと生きていた俺だ。
転生先のここは、そんな俺にとっては世紀末も同じ、無法地帯だ。
しかし、仕事をしなければ食っていけない。
だから俺は、一つのルールを自分に設けた。
目には目を、歯には歯を、死には死を、だ。
殺そうとしてくる存在には、殺しをもってお返しする。
そう自分を洗脳することで、今まで生きてきた。
「意外ね。ラスって、もっと容赦のない人だと思っていたわ」
「そうか? 俺の行動原理は単純だぞ」
リュゼはいったい俺に対してどんなイメージを持っているのか。
俺は別に、殺しに飢えてるとかではないのだが……
「おい、なにいちゃついているんだ」
挑戦者狩りの男が苛立ったように声を荒げた。
「待ってくれとは言ってない」
会話の間、律儀に待ってくれた男。
それも仕方があるまい。
俺が出す殺気に、動けなかったのだろう。
「実力差は分かっただろ。そこからどいてくれ」
殺意がない相手を、俺は仕留める気などない。
穏便に済ませられれば、それでいいのだ。
「お前ら、殺れ!」
男が叫んだ。
焦りのあまり、正常な思考が出来なくなっているようだ。
俺の殺意にそのまま気絶していればいいものを、下手に実力があるせいで自ら死を選ぶことになるとは……
奴らは俺を殺そうとしている。
なら、俺も当然の行動をしよう。
「残念だ……」
俺は本当にそう思っていた。
しかし、師匠から教わった殺意に対する向き合い方は、俺の身体を自然に動かす。
俺は手に持った棒を人間の首の高さに合わせ、横に振る。
斬撃が光の弧となり、俺の正面、全てを切り裂いた。
「あー、これは、あー、うん……」
やってしまった。
倒れゆく塔を見ながら、俺は自分の過ちに気づいた。
──複数の敵を一度に相手するときは、打ち漏らしを防ぐため、可能な限り一撃で全滅させよ。
師匠の教えだ。
「俺の塔がー」
「別にあなたのじゃないわよ……」
土煙立ち込める第二段階の街。
その象徴とも言える建物が今、消えた。