英雄の子孫と、俺。
「いや、知らない」
俺は真顔で答えた。
以前どこかで見た気がするが、実質初対面だ。
リュゼという名の少女は、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「うう……私が馬鹿みたいじゃない……」
もじもじとしながら、ぶつぶつと独り言を呟いている。
「こ、これでも知らないの?」
そして顔を上げると、胸を突き出し、鎧に付けられた紋章のようなものを見せつけてきた。
俺は顔を近づけ、彼女の胸元を観察する。
「そんなに真剣に見られると、恥ずかしいわね……」
リュゼが身を揺らす。
「動かないで」
俺はそんな彼女の両肩を掴み、静止させた。
「なんかしっくりくるんだよな……」
目の前の紋章に、謎の親近感が湧いていた。
紋章に描かれているのは、丸い盾、その上で交差する二本の剣。
「あー、あれだ、クロスヘアだ」
交差された剣の中心には、謎の宝石が装飾されている。
まるで、そこを狙ってくださいと言わんばかりだ。
前世でよくやっていたシューティングゲーム。
その画面には、いつもそれがあった。
「いいセンスだな」
俺は手を離し、リュゼの顔を見る。
完全に固まっていた。
「大丈夫か?」
返答はない、気絶しているようだ。
ここでは他の挑戦者の目もある。
場所を移した方が賢明だろう。
俺は彼女を抱え、”門”の中に入った。
「そろそろ起きてくれないか?」
門の中、床に横たわるリュゼの肩を、俺は揺する。
「……わたしの、おうじしゃま……」
寝言と共に幸せそうな顔で寝る少女。
相当疲れていたのか、安心しきっている。
「まあ、いいか」
俺は諦めて、窓から空を見上げた。
いつも見る、青く澄んだ空だ。
ここは門内部、第二段階。
俺は廃墟にある民家の中に居た。
第二段階は巨大な都市となっている。
都市といっても、人は住んでいない。
ただそこに、朽ちかけた建造物が並び立っているだけだ。
荒廃した都市には、魔物が現れる。
その素材を求める挑戦者、そして本来ならば、その挑戦者を狩る者が多くいた。
迷路状に入り組んだ都市構造は、挑戦者狩りにとって好都合だったのだ。
俺にとっても、今まで行っていた仕事、つまり任務先と似通っていたことがあり、初見で馴染むことができた。
「市街戦、ね……定番だよな……」
街の中央にそびえる塔を、俺は眺める。
体がうずく。
あそこからトリックショ……
「ここはどこ!?」
俺の妄想は、驚いた声にかき消された。
「やっと起きたか。ここは門の中だ」
「え!? 門の中に入っちゃった、の?」
「そうだ」
「そ、そう……ここなら誰にも邪魔されないってわけね……」
自分で自分の身体を抱き、俺を睨みつけるリュゼは、なぜか頬を赤らめていた。
「周囲の偵察は済んでいる、警戒するな。俺はラス、よろしく」
不思議な行動をする彼女に、俺は右手を差し出した。
「くっ、殺せ!」
身を引き、拒絶される。
「待て、そのセリフは違う」
俺は首を横に振り、諭すように語り掛けた。
「え、え? どういうこと?」
「しっくりこないんだ。君が言うべきセリフではない」
「意味が分からないのだけど……」
「こっちの話だ、本題に移るぞ」
「今までの流れ、なかったことにするの!?」
リュゼは困惑しているようだが、俺には知りたいことが山ほどあった。
時間が惜しい。
最近は、悩みが多すぎて鍛錬すら身に入らない。
「それで、君の正体を教えてくれ。ただ者でないことは分かっている」
「はあ……本当に……はあ……英雄についてはどこまで知ってるの?」
リュゼは大きな溜め息をつき、会話を続けた。
「伝説の無課金勢だろ。第七段階の試練を乗り越えた、唯一の人間だ」
「むかきん、っていうのは分からないけど、合ってるわ。まあ、あれよ、その子孫が私ってわけ」
「そうだったのか……」
リュゼの前で片膝をつく俺。
騎士として、最高位の礼儀を持って相対する。
「ど、どうしたのよ!?」
リュゼの慌てた声が、小さな室内に響いた。
「勇気ある先人に敬意を示したい」
俺はそのまま、首を垂れた。
元ゲーマーの俺にとって、努力と実力で課金ゲーを攻略した相手には、尊敬以外の感情が湧かないのだ。
「ちょ、ちょっと……そこまで言われると、なんか嬉しいわね……」
「よし」
「よし?」
急に立ち上がった俺に、リュゼは首を傾げた。
「リュゼ、俺と共にゆこう」
彼女には俺と同じ、自己満足を求める心があるはずだ。
「展開が早すぎるわ! お互いのこと、まだ知らないのよ……」
「ダメなのか?」
「いや、ダメってわけじゃ……あなたは命の恩人だし、確かに変な動きはしてたけど、あれはきっと幻覚で、実際は白馬に乗った王子様が……」
リュゼは両手の人差し指を突っつき合わせながら、もごもごと俯いてしまった。
感情豊かな少女だ、見ているだけで飽きない。
「そうだな、これをあげよう」
俺は街で渡された指輪型の魔導具を、リュゼの左手薬指にはめる。
別にどの指でもよかった。
魔導具溢れるこの世界で、装飾品の位置など、用途によるとしか言えない。
一番はめやすそうな場所に、薬指があっただけだ。
「大丈夫か? 前金だとでも思ってくれ。今後の試練で得た報酬も譲るつもりだから、心配するな」
目をぐるぐるさせて頭上から湯気をだしている、リュゼ。
思考がショートしているようだ。
依頼のリスクと報酬の額を計算しているのかもしれない。
「あ、あなた……こ、これの意味が……」
「知っている。第一段階装飾型魔導具”壁”、だろ。緊急時に無条件で防御魔法を出せる良い代物だ。ただ、一回使うだけで壊れてしまうのが惜しいな」
俺は魔法はからっきしだが、魔導具についての知識は大いにある。
使えそうなものを必死で探した結果だ。
「不服そうだな。いらないのか?」
何とも言えない顔をしていたリュゼに、俺は聞いた。
ここで仲間を見つけなければ、拠点を変えることになる。
俺も必死だ。
「別の魔導具でも……」
リュゼの左手に俺が手を伸ばすと、彼女は手を引き、指輪を両手で大切そうに握り締めた。
「どっちなんだ……」
やっぱり不思議な子だ。
……いや、違う。
これに関しては俺が悪い。
「ふっ……」
俺は少し笑ってしまった。
「なによ」
リュゼに睨まれてしまう。
「嫌よ嫌よも好きのうち、か。すまない、俺が勘違いしていたみたいだ」
彼女は『英雄を継ぐ』と言っていた。
使えるものは使う、そのぐらいの覚悟はできているはずだ。
「ああそうだ、俺を使え。良心の呵責があったのだろうが、お互い利用し合っていこう」
「なに言ってるの……」
「皆まで言うな」
俺は何か話しかけたリュゼの口に人差し指を当て、セリフを止める。
「正直になれない性格なんだろ。本当は心優しい少女なんだろ。分かっているさ」
ツンデレというのも難儀なものだ。
きっと、その性格のせいで今まで苦労してきたのだろう。
会ってからずっと俺に向けていた、ちぐはぐな言動も仕方のないことだ。
「よし。じゃあ行くぞ、リュゼ」
「よし、じゃないわよ! ってどこに行くの!? あとこの指輪は、第一段階の試練で……」
窓から出ようとする俺に、リュゼは急いで説明してきた。
「ああ、知っているさ。全て思い出した」
「え、本当に?」
「成長したな、リュゼ」
俺はにこりと微笑むと、窓から外に飛び出した。
「そのセリフは、絶対にちがーう!」
背後から聞こえる元気な声。
文句を言いながらも、彼女はついて来ている。
俺の目指す先は、塔。
ここでの目的は決まっていた。
今までのパーティ活動で、第二段階試練の新たな仕様を見つけたのだ。
俺はこの街に”ボス”を引きずり出し、塔の上からトリックショットを決める。
妄想を現実に……
それができれば、最高だ。