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騎士団に入る、俺。

 実家の屋敷を出て、もう半年が経っただろうか。

 俺は騎士養成学校内の書庫で、頭を悩ませていた。


 正確に言うと、俺はまだ、騎士養成学校に入れていない。

 その下部組織で、寮に住みながら、十四歳の正式入校まで基礎を学んでいる。

 それでも敷地は同じだ、身分証もある。

 だから、校内の書庫にも入ることが許されていた。


「魔導書、難しすぎだろ……」


 俺が読んでいたのは、閲覧の許可が下りた第一段階の魔導書。

 第一だ、だいいち……

 初級も初級で俺は(つまづ)いていた。


 魔導書の中身は、複雑な魔術式の羅列だ。

 それらを完璧に記憶し、脳内で一つの図式として再構成する。

 そうすれば、魔法を使えるというのだが……


「よし、諦めよう」


 本棚に魔導書を戻し、書庫を出る。

 そのまま建物を飛び出し、運動場まで走って行った。




 正直、座学は苦手だ。

 魔術式に関しては、頑張れば覚えられないことはないだろうが、効率が悪すぎる。

 結局半年で、第一段階魔法の一つも使うことができなかった。

 完璧で繊細な、針に糸を通すレベルの処理を大量に行わなければならない。

 俺は、もっと、こう、ドーンと派手に魔法を放てると思っていた。


 学内の運動場、俺はその一角で、鉄棒に片手でぶら下がりながら今後の方針を考える。

 ぶら下がりというのは、握力、つまり前腕を鍛えるのに良いトレーニングだ。


 こんなに筋トレをして、俺の身体は筋肉質になると思ったが、結論そうでもなかった。

 確かに引き締まった体に、浮き出た腹筋は、いかにも運動してます感がある。

 それでも、柔らかい所は柔らかいし、男勝りの体格になったという訳でもない。


 そこで俺は、一つの仮説を立てた。

 力は全て、同じ経験値。

 筋トレで得た力も、魔力として積み重ねることが可能。

 騎士の中には筋肥大が進んだ者もいることから、見た目には個人差があるようだ。

 魔力の器に多く記憶されるか、筋力の器に多く記憶されるか、その違いだろう。


 俺は、得た経験値の大部分が魔力として記憶されている分、見た目は少女だが、力は正式な騎士学生を超えていた。

 基礎体力授業に出る必要はなくなり、こうして勝手気ままな鍛錬を許されている。


 いくら強くなっても、魔法がダメだと分かった今、考えるべきは次の飛び道具だ。

 強大な敵を一撃で倒せる攻撃。


「魔導具、か……」


 魔法を強化する補助的な意味合いを持つ、杖。

 その中には、単体で魔法を発動できるものもあるらしい。


 杖以外にも、弓。

 槍や剣ですら俺にとっては飛び道具となる。

 できれば銃が欲しかったが、残念ながらここは剣と魔法の世界。

 前世の知識を使って作れ……るはずもなく、諦めるしかない。

 そこまで専門的な知識を、一般人だった俺が持つわけないのだ。


 俺の夢、トリックショットを決めるためには、複数の条件が存在する。

 飛び道具もそうだが、他にも必須の魔導具があった。

 それは、第一段階日用(にちよう)型魔導具”袋”、通称”アイテムポーチ”。

 簡単に多くの装備を持ち運びできる、便利なものだ。

 装備の高速変更は、視界内の動きの密度を高め、何か凄そうになる。

 一部のゲーマーが夢中になったのは、画面内の情報の多さに違いない。

 ちなみに、前世の俺はそうだった。


「騎士団に入れば、問題は解決だ」


 握っていた手を持ち替え、空を見上げる。

 どこまでも続く、綺麗な青い空。

 道は長いことを示唆しているようだ。


 ここを卒業した者は、騎士団へと入り、正式に騎士となる。

 俺は一応騎士の娘だったから、この学校に入ることができた。

 一般階級の人が、騎士になるのは至難の業だ。


 王国、そして各領主が(よう)する騎士団は、それぞれ独立している。

 有事の際は全て王国の所属となるが、この世界では国同士の戦争なんて、とっくの昔に消えていた。

 つまり、騎士の主な仕事は、領地内の治安維持だ。

 そんな騎士でも、この世界の上澄(うわず)みだと言っていい。

 それは、王国や領主が所持している魔導書、魔導具を使えるからだ。


 この世界は、いわば課金ゲー。

 金の力である程度どうにかなってしまう。

 それでも、聞いたことがある。

 この世界の試練、その第七段階を乗り越えた無課金勢がいる、と。


 考えてみれば、俺は遠回りをしている。

 本来ならば、ある程度強くなったらすぐに”門”へと向かい、実戦で学ぶべきだ。

 しかし、この世界は現実だ、リスポーンもコンティニューもない。

 初めての試練で、ゲームオーバーなんてごめんだ。

 利用できるものは利用して、つまり課金をしたうえで、本番へと望みたい。


 そんな奥手な俺でも、勇気ある英雄の存在は心強い。

 世の中には、まだ見ぬ猛者がたくさんいる。

 どうやって攻略したのか、疑問は興奮へと変わり、やる気へと昇華した。

 先人の挑戦に続くのだ……


 俺は鉄棒を握った手を離し、地面に落ちる。

 手を数回軽く叩き、校内で一番高い建物、時計塔を見た。


「今日もやるか」


 準備と努力はいくらしても足りない。

 俺は気合を入れ、塔へと向かった。



 *



 騎士養成学校の敷地を一人の男が歩いている。

 燃える様な紅の髪を短く切り揃え、(あふ)れる威圧感は周りの人々を畏縮(いしゅく)させた。


 男は騎士だった。

 今も騎士だが、本人が認めていない。

 世界の不条理に嫌気がさし、自ら騎士団を去った男は、個人で活動していた。


「おい、あそこに身を投げようとしてる奴がいるぞ」


 男は、隣を歩いていた学校の職員に声をかけた。

 彼の視線の先には時計塔の天辺、大きな鐘の(そば)に立つ少女の姿があった。


「あー、大丈夫です、いつものことなので」

 

 職員は少女を確認して、呆れたように言った。


「あの高さからだと、普通は死ぬと思うのだが。奴は魔法でも使えるのか?」


 浮遊系の魔法は、現在、第三段階以上しか確認されていない。

 それでも、彼女が使えるのなら大したものだ。


「いえ、ラスは、その……不思議な子なので」


 職員は説明をしようとしたが、言いよどんでしまった。

 ラス・フォートという少女の説明など、一般的な常識の中ではしようがない。


 男はラスという名前に少し聞き覚えがあった。

 記憶の欠片を拾い集めている時、視界の端で少女が飛ぶ。


 少女はくるくると回りながら、そのまま地面へと落ちて行った。

 魔法を使った痕跡はない。

 男は焦り、急いで落下地点へと向かった。




 時計塔の下で、少女が体を動かしている。

 時折頷き、先程の動きを確認しているようだ。


「大丈夫か?」


 男はその光景に驚きながら、声をかけた。


「ご心配には及びません」


 少女は男の顔をちらりと見ると、顔を引きつらせた。

 いつもと違う人からの声掛けに、体がこわばっている。


「そんなに畏まらなくていい。私はアルム、学校(ここ)には視察で来ただけだ」

「そうなんですね。私はラス、ラス・フォートと申します」


 少女は膝を少し曲げ、綺麗なお辞儀をしながら名乗った。


「フォート……ああ、フォートか。思い出した」


 男は少女の姓を聞き、納得がいったように頷いた。

 あの狂った騎士の娘なら、先程の行動も納得がいく。


「何のことでしょうか?」

「いや、こっちの話だ。一つ聞かせてくれ。君は何を求める」


 男の問いに、少女は少し考え、真剣な顔をして答える。


「夢、ですかね……自己満足みたいなものです」


 男は少女の意気込みに、思わず口角を上げてしまった。

 子供ができて丸くなったと聞いていたが、意思はしっかりと(つむ)がれていたみたいだ。


 塔から飛び降りる行為は、自分を”生と死”の狭間に置き、身体操作を完璧なものにするためだろう。

 両足を緩衝材とし、さらに地面に対しても力を加え、無傷で地面へと降りる。

 着地する一瞬に命をかけた、狂った鍛錬だ。


「私の元に来い。夢への道を示そう」

「そうですか……具体的に教えていただいてもいいですか?」


 騎士でさえたじろぐ男の圧を受けても、少女は淡々とした様子で聞いた。


「私は武器の扱いに精通している。その全てを君に教示する」

「条件がありそうですね」

「話が早いな、流石だ。私は今、新たな時代の騎士を探している……」


 男が話す内容は、国家の秘密だった。

 それでも彼は、少女が話に乗ると確信していた。


「我々が新設する騎士団は、イディル王国第三王女、レーヴ様の直属となる。役目は国家の治安維持。そして、各領地で私利私欲の限りを尽くす騎士どもの排除だ」


 騎士が騎士を狩る。

 腐敗した王国を憂いた王女が、一人で活動をしていた男に命じた。

 彼は目的が一致していたことから任を受け、創設する騎士団の特性から、既存の概念に染まっていない騎士見習いを探していた。


「どうだ? この世界の強者、騎士と本気で戦えるのだ。しかもそれが国の為になる。力を欲する君にとって、魅力的な提案だと思うが」


 少女は悩み、空を見上げながら男に対して確認をする。


「ここを卒業する必要はありますか?」

「無い。正式入団の時点で、レーヴ様から騎士の叙任をされる手はずだ。最初は騎士見習いとして、私の傍にいてもらうが、そもそもここに、君が学ぶものはないだろ」

「そうですね……魔導具の使用はどこまで認められますか?」


 少女の目が少し輝く。

 本題はこれだ。


「王国が所持している第四段階までの魔導具、それらの使用が認められている。力を求める貪欲(どんよく)な姿勢は評価するが、あまり焦る……」

「お受けします」

「なよ……いいのか? 家族との連絡も制限させてもらうのだぞ」


 あまりに食い気味な承諾に、男は念を押した。

 彼が提案したことだが、子供を戦いに送ることになる。

 彼自身、躊躇するところがあったのかもしれない。


「問題ありません。両親は両親で幸せそうですし、妹は私がいなくても立派に育つと信じています。では、私は退校の手続きをしてきますので」


 少女は再度お辞儀をして、背を向けた。


「そ、そうだな……」


 予想以上の展開の速さに、男は少し唖然としたが、確信が確実へと変わった。

 この少女は、世界を変える力となる。


「私が君を、最強の騎士に育ててみせよう」


 男はそう言い残し、置いてきた学校の職員の元に向かう。

 当面は、少女の鍛錬が最優先事項だ。

 並行して、他の騎士見習いも見つけなければならない。


 凛とした少女の姿を後ろ目に、男は未来への覚悟を決める。

 背後で『まさか、トリックショットを手伝ってくれる物好きがいるとはな……』と、小さな呟きがあったことを、彼は知らない。

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