本格ミステリを装った、孤独な愛情
※※※注意※※※
あとがき部分に、あるシーンの本当の姿を記しておきます。
本文を読み終える前にあとがきを読まないことをオススメします。
吹雪が吹き荒れる夜。男は手を、足を、体を震わせながら、激しい動悸が治まるのを待っていた。歓喜と恐怖を同時に感じつつ、自分の書斎の豪華な椅子に身をまかせていた。
「やった……! やったぞ! でもまだだ。落ち着け……落ち着け……」
彼は、いわゆる青年実業家といわれる人間だった。彼は事業で大成功を収め、若くして大きな富をなした。それには彼の凄まじいまでの努力と、信じられない幸運の涙の物語があるのだが、その話は次の機会にでもすることにしよう。
「落ち着け……早く落ち着かないと、時間が……」
端的に言えば、彼は数分前に、「彼自身が所有する雪山の別荘で、自身が主催したパーティの最中に、彼の妻を殺し、クローゼットに隠した」彼は今、自分の精神を落ち着かせよう努めているのだ。
彼はこの後、可能ならば今すぐにでも、何食わぬ顔でパーティ会場に戻り、楽しんでいる様を装わなければいけないのだから。
「よし。そろそろいいだろう。……戻ろう」
彼は、神にあたえられた才能と運で富に恵まれたが、女性には恵まれなかった。大きな富を得たことによって、彼に寄り付く人間は増えた。学生時代とはうってかわって女性にももてるようになった。しかし、どの女性も自分のことを好いているわけではないと彼は知っていた。ギラギラした目にはうんざりしていた。
だが、彼女はちがった、ちがったはずなのだ。彼女はどんなにお金のかかった宝石よりも、洋服よりも、料理よりも、忙しい仕事の合間をぬって彼女に会いに来てくれる彼と過ごす10分間の時間を好んだ。そんな幸せな時間を過ごし、積み重ねていった二人は、当然のごとく結婚した。
そんな彼女が変わってしまったのは結婚してからだった。彼女は高額な洋服、アクセサリー、家具やシャンデリアを買い漁り、お金を使わない日はなかった。彼女は別人のようにわがままになり、彼はいつしか彼女に逆らえなくなっていた。
「……これでよかったんだよな?」
彼はふと考えた、彼女はもともとあのような人間だったのか、それともお金の魔力が彼女を変えてしまったのか。「彼女を変えてしまったのが、自分のお金だったとしたら……」そう思うと彼の胸は痛んだ。
「もう結婚はこりごりだ、これ以上他人の人生を狂わせてはいけない。周りがなんと言おうと……再婚もするべきではないな」
と、その時。自分の部屋の扉のむこうに誰かの気配を感じた。
「だっ、誰だ!」
状況が状況である。いつもは冷静な彼だが、必要以上に大声を出してしまった。「しまった……。不審に思われたかもしれない」という思いが彼の頭をよぎった、そのとき! けたたましく電話のベルが鳴り響いた。
鳴り続けるベル、扉の向こうの誰か、彼はどちらをとるか悩んだ。しかし、時間は待ってはくれなかった。
ガチャリ。
「おいおい、電話を気にしている場合じゃないだろう、若き成功者君?」
「何だ……お前か、おどかすなよ」
相手は昔からの友人、ジャックだった。
「いつもの堂々とした態度はどうした? まるで上からお前を見下ろしている気分だぜ?」
「何だ? 言いたいことがあるなら言えよ」
彼は軽く握ったこぶしを右頬にあてるポーズを崩さずに訝しげに言った。
「そんなポーズ決めても無駄だぜ? 俺はお前が奥さんを殺したことを知っている。ついでに言えば、奥さんの死体がクローゼットの中にあることも、お前が使ったナイフが、中身をくり抜いたその分厚い本の中にあることも知ってるんだ」
「何だと……! 何故そんなことを!」
彼はポーズを崩しはしなかったが、明らかに動揺の色を見せた。
「さらに付け加えるなら、後日、彼女の死体の始末のためにまたここに来ることも知っている。何故だと思う? ……お前、気がついてないかもしれないけどよ、独り言が多すぎるぜ。まぁ気がついたのが俺だけでよかったけどな」
「そうか……、ああ、そうだな、行くのはちょうど一週間後だよ」
彼はいつもの落ち着きを取り戻し、つぶやいた。
「残念だ。俺は……彼女が好きだったんだ。もちろんお前のことも好きさ、一緒に長い時間を過ごして来たしな。だけどな、彼女も俺を好きだと言ってくれた。間違いなんかじゃない、俺が良いって言ってくれた。俺に決めたって言ってくれた……。本当に……残念だ……」
長い長い沈黙がその場を支配していた。彼は涙を我慢しているのか、何度も何度も頭を小刻みに揺らし、嗚咽のようなものを漏らしていた。
「ああ……ああ……、わかった、わかった、それは後で聞くよ! じゃあまたな」
ガチャン
彼は電話を切った。
「まったく、ジャックのヤツ破産する気かよ。ま、おかげで気がまぎれたな。よし、行くぞ!」
気合を入れるように両手で頬をたたき、彼はパーティ会場へ向かうべく扉を開けた。
ガチャッ
「おい! ちょっと待てよ!」
バタン
その声は彼には届かなかった、なぜなら声の主は彼の部屋のシャンデリアだったからだ。
そのシャンデリアは、人間が自分の言葉を理解しないことに腹を立ててこう言った。
「彼女に愛されていたのは、絶対にお前より俺のほうなんだからな」
<彼とジャック(以下J)の通話内容>
J:「よお! 俺だ、ジャックだ! パーティ楽しんでるか?」
彼:「何だ……お前か、おどかすなよ」
J:「あのさ、あのさ、……へへ、あのさぁ……」
彼:「何だ? 言いたいことがあるなら早く言えよ」
J:「実は、2000万もする外車買っちゃったぜ! おかげで貯金が、ほとんど無くなっちまったよ」
彼:「何だと……! 何故そんなことを!」
J:「今度、PKF社の社長の家でパーティ開くって言っただろ? お前の車と並んだら、今の俺の車じゃあ、あまりにみじめだからよ。たしか来週だったよな?」
彼:「そうか……、ああ、そうだな、予定では、ちょうど一週間後だ」
J:「OK! わかった! それとよ、さっき言ったとおり、金がなくてよ。今度のパーティで社長に渡すご祝儀、貸してくれえねえか?あんまり額が少ないとみっともないしよ。あと、うちの会社のことで相談があってさ……。ああ、あとそれから……」
彼:「ああ……ああ……、わかった、わかった、それは後で聞くよ! じゃあまたな」
「床」と「探偵」というキーワードから作りました。「床」→「シャンデリア」に変更しましたが、発想は「床の探偵」でした。イメージは、犯人を伝えられない「三毛○ホームズ」です。推理はしていませんが。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。一言でもご感想がいただけたら幸いです。