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共和国 2

 夜襲があるかもしれないと警戒していたが、夜は平穏のうちに過ぎ、日の出とともに全部隊は前進を再開した。

 とにかく捕捉しづらい敵を相手にいつでも最大火力で対応できるよう横隊陣形で前進する。

「偵察はまだ戻らないのか?」

 ガイエ少佐が副官にたずねる。朝から派遣した偵察の報告がまったくないのだ。

「深く入り過ぎたようです。こうも抵抗がないと……」

「別の偵察を出せ。もし、最初の偵察を見つけたら、すぐに戻ってくるよう命じろ」

 だが、二番目に出した偵察も戻ってこなかった。

 さすがにこれはおかしい。すでに斥候隊長のボルド少佐も予定の前進区域に騎兵を走らせているが、そこからもまったく報告が上がっていない。

 ガイエ少佐はここで一度進軍を停止すべきか考え始めた。地形は南が少し隆起し、北には森と数軒の家屋が見える。そして、道はそのあいだに通じている。

 高台と森に挟まれた道を偵察の報告もなく進むことのリスクを考え、ガイエ少佐は連隊長のドゥムースティエ大佐に伝令を出し、このまま前進するかどうかの判断を仰いだ。

 だが、大佐から来た返事は「貴殿がそう思うのであれば第一大隊はそこで休止し、第二大隊がを前進させる」と書いてあった。これではまるでガイエ少佐が臆病風に吹かれたような物言いだ。

 それに昨日からずっと最前を進んでいる意地もある。

 ガイエ少佐は前進を再開した。

 坂と森のあいだを抜けた先で敵の陣地らしいものを見つけたときはなぜか安堵したほどだ。

 ガイエ少佐の大隊が着いたのは刈り取りの終わったヌズ畑のそば、セイハ村の南の外れだった。

 浅い川沿いに畑がつながっていて、土地は川よりも高めに盛られている。土手に即席の木の柵が立てられ、逆茂木が小さな土塁のまわりを囲んでいた。

「あんな防御陣地があるのに偵察どもは報告に帰らず、このまま進んだのか?」

 隘路を出て、横隊を組み、後続の砲兵中隊が通れるよう道を開けた。

「砲兵に何発か撃たせろ。まさかとは思うが兵がいるかもしれん」

 青一色の軍服をつけた砲兵たちは十二ポンド砲二門に榴散弾を装填すると火門に導火線を押しつけた。耳元で鉄板をハンマーで叩いたような轟音がして、簡素な土塁の上で弾が弾け、土埃が立った。細かい鉄の破片が降り注いでいるのだ。五発も撃ち込むと、木柵も割れて、陣地は崩れ始めた。

 ガイエ少佐は前進を命じた。

 横隊陣形のまま第一大隊は前進し、膝まで浸かって小川を渡り、壊れた防塁柵のあいだから敵の陣地へと入った。隊の両翼も土塁を占領。守備兵はひとりもいなかった。

「何もねえぞ」

「大砲の撃ち損だぜ」

「おい、この箱はなんだ?」

 兵士たちが銃の台尻で見つけた箱の蓋を叩き破ると、金貨が出てきた。様々な国で流通している金貨はランカ族の傭兵が様々な国で稼いできた報酬だった。

「金貨だ!」

「おい、よこせ! おれのだぞ!」

「ふざけんな、おれのもんだ!」

「おい、こっちにももうひと箱あるぞ!」

 第一大隊の列が崩れ、みな我先にと金貨の箱へ駆け寄る。第一大隊だけでなく、後続の第二大隊の分遣隊、さらには砲兵まで大砲を置いて金貨を奪いにやってくる。金貨をめぐっての殴り合い、大隊長のガイエ少佐が軍法会議にかけるぞと脅しても士官や下士官、負傷者までがこの思わぬ賞与の奪い合いに参加してくる。

「その金貨は革命政府のものだ! わたしが管理する! 不当に所持するものはみな反革命だぞ!」

 見れば、なんと派遣議員のブロエまでがやってきていた。集まった兵たちは土塁の内外で塊のように押し合いへし合いしていている。

 ガイエ少佐が怒鳴る。

「隊列を崩すな! 貴様ら、それでも共和国軍人か!」

 斥候隊長のボルド少佐が単騎でやってきたのは金貨の奪い合いが最高潮に達したときだった。

「ああ、あなただったか」ガイエ少佐が言った。「なぜ、偵察の結果をよこさなかったんですか?」

 返答するかわりにボルド少佐は顔を蒼白にしたまま横倒れに落馬した――その背中には矢が三本刺さっていた。

 罠だ!とガイエ少佐が叫んだとき、土塁と木柵の周囲で雑草を縫いつけた覆い布の下に隠れていたランカの戦士たちがいっせいに身を起こし、金貨に集まったパナシェ兵たちに矢の雨を浴びせた。人が集まり過ぎて身動きが取れなくなった土塁から我先に逃げようとする兵士たちを逆茂木が邪魔をする。土塁につくられた防御柵は土塁に入らせないためではなく、土塁の外に逃がさないためのものだったのだ。たちまち十も二十も矢を食らって倒れるものがあらわれ、足を踏み外した軍曹は土塁の濠に埋められた尖らせた丸太に串刺しになった。兵士たちが逃げようと小川に足を踏み込むと腰まで浸かって身動きが取れなくなる。彼らが略奪に夢中になっているうちに堰が切られ、川は深くなっていた。この混乱のなか、無秩序な発砲で同士討ちが起き、大隊付き副官をはじめ、二十名あまりの兵士が倒れた。

 ガイエ少佐がサーベルを振り回し、逃げ惑う兵士たちにランカ兵を撃つよう命じた。砲兵軍曹を見つけると、少佐は怒りのあまり、その頭に二度サーベルを振り下ろした。軍曹は肩の上で崩れた血肉を震わせながら斃れた。

 数人の兵士は彼らを囲むランカ族への発砲を始めたが、ランカの戦士たちは同じ場所から矢を二度放つことはなく、前後左右に素早く動きながらマスケット銃の狙いを翻弄した。

 兵士たちは川を泳いで後方へ逃げ、残っているのは負傷して動けないものか死んだもの。顔を隠したランカの戦士たちがいっせいに包囲の輪を狭め、しなやかな太刀筋で次々とパナシェ兵を斬り倒していく。

 ガイエ少佐の脛を矢が貫き、馬の横腹にまで刺さった。矢が折れ落馬すると、ガイエ少佐は耐え難い激痛に襲われた。そのまま仰向けになった少佐はピストルの撃鉄を上げて、自分の顎の下に押しつけるとランカ勢の世話になる前に自分で命と名誉の始末をつけた。

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