カシャギ 4
老若男女を問わず全ての戦士が動員され、主だったものがルンビエの社に集まった。イルククと兄のサヅタヤ、ターカ、サキリも参加し、本殿前の篝火を焚いた広場で影術士たちはあぐらを掻いて座り、今後の敵の出方について話し合った。
「やつらがあきらめるとは思えない。今日は小規模な騎兵だけだが、じき本隊も入れての侵攻があるだろう」
「大軍が通すのなら東はザンジャ、北はホマダリの谷だ。どう迎え撃つ?」
「里に引き込んでから挟撃すべきだ」レイェガが言った。セイハ村に住む今年二十九歳の若い影術士だが、頭が切れ、外征でもよく頭を任される知恵者として知られていた。「谷で守れば大軍の利点を殺せるが、やつらもそのくらいは気づいている。それを除くためにやつらは火砲を浴びせてくるだろう。それではこちらの被害が大きくなるだけだ。いったん里に引き込み、影術士を主力とする遊撃部隊が敵軍の東西南北で隠密行動を維持しながら動き、敵隊列のうち、本隊から離れ過ぎたものを襲い撤退する。休みを挟んで人を入れ替え、二十四時間休みなく襲い撤退し、こちらを把握できないまま敵を疲弊させるのだ」
「ケナク、どう思う?」
イルククは父の発言を緊張して待った。ケナクは腕組みをしたまま、「レイェガに賛成だ。偵察を送り、敵の総数を把握しよう。それで遊撃部隊の人数を決められる。偵察は特に優れる影術士から選んで編制する。あくまで偵察だけだ。攪乱はレイェガの言った通り、里に引き込んでからだ。やつらは恐らく見かけたものは全て略奪するし、家屋敷は焼く。だが、略奪に走れば、軍紀が緩む。やつらの戦い方は銃を持った兵士が肩と肩が触れ合うほどの近さで横に並び、士官の号令で銃を発射する。これは正面の火力は最強だが、側面が弱くなるし、また隊列を維持するために機動が犠牲になる。また兵は士官の命令に依存し過ぎている。よって士官から倒せば、敵兵はどう動けばよいか分からず、バラバラに動く。そこをつけばよい」
次に発言したのはカマン池のそばに住む女影術士のウースールだった。男に負けない働きをする勇猛な戦士として名高い彼女は敵輸送部隊を襲う専門の部隊をつくり、敵を兵糧の面から苦しめる策を出した。
地図を広げずとも、どこにどんな道があり、どのくらいの人数が隠れられるかをみな把握している。作戦は固まりつつあった。まず敵と正面からぶつからない。これが鉄則とされた。次に侵攻する敵を水際で防がず、里のなかに引き込み、一か所にとどまることのない遊撃戦で少しずつ敵を削る。木立や草むら、岩場や川などはランカの戦士にとって姿を隠せる大切な戦争資源だ。さらに敵の偵察を排除して軍を盲目にし、輸送部隊の襲撃で軍を飢えさせる。一部隊五名から七名の戦士たちが絶えず動き続け、数十人単位の敵を本隊からちぎって包囲し殲滅していく。誰が大将となるわけでもなく、自然と役割は決まり、ひとつの目的――侵略者の打倒へと力が収束した。
ホマルクメイ婆に戦勝祈願をしてもらい、隊分けが始まった。イルククにとっては嬉しいことにターカやサキリと同じ隊になれた。他の隊員はセイハ村の若い薬師ユレシとモロンカ山の猟師で口数の少ないルサフノ、それにサヤトだった。特に理由もなく何時間も雲を見上げたり、エージャの不思議な乗り物を乗りこなそうとして何度も転んだりとのんびりしたところがあるサヤトだが、影術士としての技量は円熟を迎え、困難な任務をあてられることも多い。初戦で緊張する若き影術士の当てとして、このどこか朗らかな男が任されたのだろう。
兄のサヅタヤは偵察を任され、早々に東の道をとって走り去った。父ケナクも隊をひとつ率いることになり、歳を取り過ぎて戦えないものや幼児はルンビエの社に集まり、さらに戦士たちが集り、難攻不落の要塞と化す。ガヴルナもこのルンビエの社にいることになっていた。
翌日、サヅタヤたちが戻ってきて、敵の全貌はほぼ明らかになった。
今回の敵は歩兵師団一個を核とした混成部隊で六個歩兵連隊と二個砲兵大隊、騎兵は軽騎兵と竜騎兵の連隊が一個ずつ。そのほか、野営地や野戦陣地の造成に欠かせない工兵隊と炊事部隊、それに食料や武器、怪我人を運ぶ輸送部隊がある。総勢一万二千。里に住むものの総数が二千を少し過ぎるくらいなので、数では相手が圧倒的に有利だ。
だが、興味深いのはその指揮系統だった。この全軍を指揮するのは師団長のサン=タンドレ将軍だが、同じ権限が派遣議員のブロエに与えられている。ブロエの役目は軍の監察であり、中央政府の代表だが、これではひとつの軍隊にふたりの司令官がいるという奇妙な部隊が出来上がったことになる。
「進軍開始は兵糧を確保した三日後。ザンジャ谷から侵攻の予定です」
サヅタヤが報告するが、サヅタヤはこの情報を敵陣に忍び込み、敵司令部が置かれた古い城の、地図が広がったその部屋でサン=タンドレ将軍がチェスの駒を動かしながら、幕僚に作戦を説明している場面を天井の梁に潜んでみてきたのだ。
「これは功一等だな。やつらが、どこを進むか、どこで休むかが分かるぞ」
みなの賛辞にイルククは胸がいっぱいになった。
(さすが兄上だ。僕も頑張らねば)
三日後。運命を決するのはそのときだ。